<中国の南シナ海進出に警戒するフィリピン。だが九段線の南にも問題が──> フィリピン南部ミンダナオ島やスールー諸島を主な活動拠点とするイスラム系テロ組織「アブ・サヤフ」が一時中断していた誘拐や海賊行為による活動資金調達を目的とする活動を近く再開する可能性があることが分かった。テロ問題の専門家などが参加してオンラインで開かれたフォーラムで指摘されたもので、周辺国の海上治安当局や船員、漁民に対して警戒を強めるように呼びかけている。 これは新型コロナウイルスの感染防止の観点からオンラインで開催されたフォーラムの模様を「ブナールニュース」が7月29日に伝えたもので、2020年の1月に発生したインドネシア人の海上での誘拐事件以降、「アブ・サヤフ」は活動地域周辺の陸上でフィリピン軍や警察との衝突は繰り返しているものの、海上での目立った活動は報告されていないという。 ところが「アブ・サヤフはその活動資金が枯渇してきており、このままでは一般のフィリピン人からの支持を繋ぎとめることが難しくなっている」として、活動資金目的の誘拐、特に外国人の誘拐と海賊行為を早ければ8月から再開するのではないか、との観測が強まっているという。 テロ組織から犯罪組織化へ フォーラムに参加したインドネシアのシンクタンク「紛争政策分析研究所(IPAC)」のイスラムテロ組織専門家であるシドニー・ジョーンズ代表は「アブ・サヤフによる誘拐は今後増えることが予想されている。その誘拐の対象は主にインドネシア人船員、漁民とみられ、フィリピンとインドネシアの間に横たわるスールー海やセレベス海などが危険対象海域となる可能性が高い」との見方を示した。 その上で「アブ・サヤフ」はかつての「イスラム系テロ組織」から現在は「単なる犯罪集団」に変容しており、誘拐や海賊行為で身代金や運搬物資を奪うことで活動資金の調達に躍起となっている、との分析を示した。 また、フォーラムに参加したフィリピンの「平和の輪財団」の代表で、フィリピンのイスラム系反政府武装組織「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」の元メンバーだったアリ・ファウジ氏は「ブナールニュース」に対して「アブ・サヤフは自らの活動資金と同時に活動地域に住む一般住民の生活支援のための財源が必要で、そのためにも誘拐や海賊行為での資金調達が必要不可欠な状態になっている」と指摘する。 それはどういうことかというと、「アブ・サヤフ」のメンバーが治安当局の追及を受けて逃走した場合などに「周辺の一般住民に紛れて身を隠し、住民もそれを支援して擁護するという相互依存のいわばもちつもたれつの関係を維持するために資金が必要となる」というわけだ。 【話題の記事】 ・新型コロナウイルス、患者の耳から見つかる ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・がんを発症の4年前に発見する血液検査 ・韓国、コロナショック下でなぜかレギンスが大ヒット 一方で「TPOをわきまえろ」と論争に   ===== 誘拐被害者の多くはインドネシア人 2020年1月にインドネシア人の未成年1人を含む5人が誘拐されて以降、新たな誘拐事案は発生していないとインドネシア外務省はしているが、2016年以降フィリピン南部の海域ではインドネシア人船員や漁民がターゲットとなった誘拐事件がこれまで16件発生し、合計で54人がその被害に遭っていることを明らかにしている。 フォーラムにオンラインで参加したインドネシア外務省のユダ・ヌグラハ在外国民保護担当官は「誘拐被害に遭った多くのインドネシア人は南スラウェシ州ワカトビ地区出身者である。同地域は深刻な経済低迷から若者の失業者が多く、貨物船や漁船に乗り組んでフィリピン海域で活動するケースが多い」としている。このため中央政府や州政府に対して「地域の貧困、失業問題という根本的な課題を解決することも誘拐、海賊の被害軽減につながる」とも指摘している。 その上でこれまで何回か身代金の支払いに応じてインドネシア国民の解放に当たってきた経緯があることを認めながらも「インドネシア政府としていつまでも無制限に人質解放のために身代金の支払いに応じるわけにはいかない」として今後の身代金支払に関して消極的な立場を示した。 IPACのデカ・アンワル研究員によると、2010年ごろから「アブ・サヤフ」によるインドネシア人をターゲットにした誘拐、海賊行為が増加したという。原因の一つはインドネシアからフィリピンに輸出する石炭が増加し、その石炭を運搬するインドネシアの荷船の大半が老朽船で極めて船足が遅く、海上で容易に海賊の標的になることが挙げられるとしている。 その後2016年から2017年にかけて誘拐や海賊行為という海上での「アブ・サヤフ」の犯罪行為は小康状態になった。この時期フィリピン海軍や海上保安組織などによる警戒監視が強化されたことに加え、中東のテロ組織「イスラム国(IS)」から「アブ・サヤフ」に対する資金提供があったためと分析されている。 しかし2018年にはインドネシア人を人質にとると身代金が支払われるケースが比較的よくあることから再び誘拐、海賊が増加傾向をみせたものの、2020年1月以降原因は判然としないものの再び下火傾向をみせていたという。 【話題の記事】 ・新型コロナウイルス、患者の耳から見つかる ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・がんを発症の4年前に発見する血液検査 ・韓国、コロナショック下でなぜかレギンスが大ヒット 一方で「TPOをわきまえろ」と論争に   ===== 具体的な海賊情報をフィリピンが警告 マレーシア領ボルネオ島サバ州の「デイリー・エクスプレス」紙電子版は7月上旬にフィリピン海上保安当局からマレーシア当局に対して「サバ海やセレベス海において誘拐事案が発生する危険がある」との警告があった、と報じている。 またシンガポールの海上犯罪に関する情報センターも同じくフィリピン海上保安当局経由で7月2日に「アブ・サヤフ」の武装メンバー5人を乗せたスピードボートが「南シナ海などの周辺海域で活動している」という具体的な海賊に関する情報提供があったとしている。 こうした情報などを基にフィリピン、インドネシア、マレーシア、シンガポールの海軍、海上保安庁などの海上法執行当局は周辺海域での警戒監視活動を強化するとともに自国船籍の漁船や貨物船などに対して、誘拐や海賊に特段の注意を払うよう警告を発する状況となっている。 南シナ海は中国の一方的な権益主張による領有権争いが過熱しており、米やオーストラリアも巻き込んで「波高し」の状態が続いているが、フィリピン南部のインドネシア、マレーシアと繋がる海域も今後、「アブ・サヤフ」による誘拐や海賊行為再開により「危険な海」になる懸念が高まっている。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など 【話題の記事】 ・新型コロナウイルス、患者の耳から見つかる ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・がんを発症の4年前に発見する血液検査 ・韓国、コロナショック下でなぜかレギンスが大ヒット 一方で「TPOをわきまえろ」と論争に   ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年8月4日号(7月28日発売)は「ルポ新宿歌舞伎町 『夜の街』のリアル」特集。コロナでやり玉に挙がるホストクラブは本当に「けしからん」存在なのか――(ルポ執筆:石戸 諭) PLUS 押谷教授独占インタビュー「全国民PCRが感染の制御に役立たない理由」 ===== 今年1月に起きたアブ・サヤフによるインドネシア船乗組員の誘拐 今年1月、アブ・サヤフによってインドネシア人の未成年1人を含む5人が海上で誘拐された。 CNA / YouTube