<2015年にヒューゴー賞を受賞し、世界的なベストセラーとなった『三体』の著者、劉慈欣が綴る「自分をSF作家の道へ歩ませた5冊の書物」。意外にも、その1冊はSFではない。本誌「人生を変えた55冊」特集より> 書籍が各人に与える影響はさまざまだが、自分の人生の道を決定する本こそ最も重要である。一人のSF作家として、私は自分をSFの道へ歩ませた書物を紹介したい。 まずジュール・ベルヌの大機械小説。ベルヌのSF小説はその対象から大きく2つに分類できる。1つは科学探検小説、もう1つは大きな機械を描写する小説。後者はよりSF的内容を備えており、私に最も大きな影響を与えたのが『海底二万里』である。 『海底二万里』 ジュール・ベルヌ[著] 邦訳/岩波書店ほか (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) このタイプの小説に現れる大機械は、等しく18〜19世紀の蒸気技術と初期の電気技術を基礎としている。お粗末で不器用で、現代の科学技術がまだ子供だった時代の象徴で、ある種の清純稚拙な美的感覚を有している。ベルヌの時代、科学は技術へと変わり、社会生活に全面的に影響を与えるプロセスが始まった。大機械が表現するところの、人類が初めて見た科学技術の奇跡と天真爛漫な驚き。この種の感覚こそがSF小説を生み、育てる土壌となった。 今に至るまで、19世紀の大機械の美感は消失していない。その具体的な表現がSF文学に近年出現している「スチームパンク」だ。このスチームパンクはベルヌ作品の大機械時代の想像力を引き継いだものであり、大機械の美しさ以外に、ある種の懐古趣味的な温かい香りを有している。 アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』は同じく技術型SFだが、ベルヌの大機械小説の対極に位置する。後者は現実から一歩進んだ技術を描写し、前者は変幻自在の時間・空間上の究極的世界への旅を描く。私がこの本を読んだのは1980年代初めだった。それほど長くない紙幅の中、人類の誕生から消滅(あるいは昇華)までの全プロセスを生き生きと描いた小説で、SFの魅力がその中で意を尽くして表現され、私は神の視覚に例えようもないほどの震えを覚えた。 『2001年宇宙の旅』 アーサー・C・クラーク[著] 邦訳/早川書房 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 同時に、『2001年宇宙の旅』はある種の独特な文章のスタイルと、哲学性を備えた抽象的な超脱、そして文学的細やかさを備えていた。それだけでなく、宇宙の中のわれわれが感覚的に想像しているけれども把握することのできない巨大な存在も描写した。 クラークの『宇宙のランデヴー』はSF小説が想像の世界をつくり出す力を体現している。作品全体が造物主の壮大な設計図のようで、想像の中の異星の世界と、その中の一つ一つのピースが精緻に積み上げられている。『2001年宇宙の旅』と同様に異星人は終始出現しないが、この想像の世界そのものに人々は魅せられる。もしベルヌの小説によって私がSFを愛するようになったのなら、クラークの作品は私がSFの創作に身を投じる最初の原動力と言うことができる。 『宇宙のランデヴー』 アーサー・C・クラーク[著] 邦訳/早川書房 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 【関連記事】東野圭吾や村上春樹だけじゃない、中国人が好きな日本の本 ===== SFを超える「GNR」 『一九八四年』(ジョージ・オーウェル)、『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー)、『われら』(エブゲーニイ・ザミャーチン) の「ディストピア3部作」はSFの定義を広げた作品だ。最も影響を受けたのは『一九八四年』で、この作品からSF小説のある種の能力、現実主義の文学では不可能な角度から現実に干渉する能力を発見した。 『一九八四年』 ジョージ・オーウェル[著] 邦訳/早川書房 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 『一九八四年』は文学では必ずしも高い地位になく、主に政治と社会学の領域に影響を与えている。『一九八四年』の出現こそが本当の1984年を『一九八四年』たらしめなかったと考えている人もいるほどである。これはもちろん大げさだが、SF文学は想像する楽しみを人々に与えること以外、そのほかの文学ジャンルが到達できない現実の力を有してもいる。 「3部作」の中で最も暗い『一九八四年』は、実際には最も光に満ちた作品でもある。その中の人間性は抑圧されてはいるが、少なくとも存在しているからである。『すばらしい新世界』と『われら』の描く世界では、人間性は技術の中に消えうせている。この種の暗黒は、現実主義の文学で表現するのがとても難しい。 レイ・カーツワイルの『シンギュラリティは近い』(『ポスト・ヒューマン誕生』の邦題もあり)はSF小説ではない。だが、その中の人工知能(AI)やナノ技術、遺伝子テクノロジーに対する予測ははるかにSFの想像力を超え、SFを書く人間に深い衝撃を与える。 『シンギュラリティは近い』 レイ・カーツワイル[著] 邦訳/NHK出版 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 2つ例を挙げよう。1個のレンガ大の計算機が1時間に行う計算量は、人類の有史以来のあらゆる思考量を超える。宇宙では粒子一つ一つが知能システムを取り入れ、知的な宇宙を成り立たせているかもしれない――SF小説からではなく、現在の技術理論に基づいて予測した結果である。 【関連記事】中国ではSF大作の成功も共産党のお陰 ===== シンギュラリティ学は次のように言う。人類の科学技術の発展の勢いは指数曲線にとても似ている。初めの頃は比較的緩やかで、それはわれわれが今いる段階でもある。しかし1つのターニングポイントを経た後は急激に上昇し、ほとんど垂直になり、速度は無限に接近する。これがシンギュラリティ時代である。 シンギュラリティが到来するかどうかは主にGNRと呼ばれる3項目の技術による。遺伝子テクノロジー(G)、ナノ技術(N)、AIが核のロボット技術(R)で、この3つの技術が加わると指数曲線が超高速に発展し、人類の文明にもごく短期間で徹底的な変化が生まれるという。 作者は2030年頃、AIが人類の知力をはるかに超越し、全く新しい世界が誕生するだろうと予言している。この予測はそれほど深刻なものではない。だが、未来に向き合うわれわれの線形思考にとっては巨大な衝撃だ。 (筆者は99年デビュー。15年に『三体』でヒューゴー賞受賞。本稿の翻訳は立原透耶) <2020年8月11日/18日号「人生を変えた55冊」特集より> 【関連記事】今年のネビュラ賞受賞作は、現在のパンデミックと隔離生活を予言したかのような近未来SF ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年8月11日/18日号(8月4日発売)は「人生を変えた55冊」特集。「自粛」の夏休みは読書のチャンス。SFから古典、ビジネス書まで、11人が価値観を揺さぶられた5冊を紹介する。加藤シゲアキ/劉慈欣/ROLAND/エディー・ジョーンズ/壇蜜/ウスビ・サコ/中満泉ほか