<友達が1人もできなかった高校時代、いつもポケットに文庫本を入れていた。悶々とした日々から現在の笑いが生まれるまで、爆笑問題の太田光を変えた厳選5冊を聞く。特集「人生を変えた55冊」より> 7月下旬、東京・阿佐ヶ谷駅にほど近い、芸能プロダクション「タイタン」事務所。大の読書家として知られ、これまでメディアでも多くの愛読書について語ってきたお笑いコンビ「爆笑問題」の太田光に、事務所の一室で「自分を変えた5冊」について本誌・小暮聡子が聞いた。 ◇ ◇ ◇ まず、最近読んだ本は? 「物理学の本。あっちじゃないほうの、NHKをぶっ壊さないほうのタチバナタカシね。僕は立花隆さんの本が好きで。彼は脳死の本とか熱力学の法則の本とか、たくさん出していて、そういうところから入って、本の中に出てきた専門書を読んだりもする」 物理学の本の何が面白かったのかと聞くと、エントロピーや核物質について熱く語り出す。太田は何か知りたいことがあるなど目的を持って読書するというより、興味の赴くまま、好奇心を熱量にどんどん読み進めていくそうだ。 そんな太田が、自分の人生を変えた本として1冊目に挙げたのは、小学校2、3年生のときに読んだ『トム・ソーヤーの冒険』(マーク・トウェイン)だ。 『トム・ソーヤーの冒険』 マーク・トウェイン[著] 邦訳/岩波書店ほか (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 「うちの母親はもともと演劇をやっていた人で、地域の公民館などに劇団『ひまわり』などを呼んで子供たちにお芝居を見せる親子劇場という活動をしていた。そこで『トム・ソーヤーの冒険』のお芝居を見て、楽しいなぁって思って、子供向けの名作全集みたいなものを何度も読むようになった。当時はみんな、ウルトラマンごっことか仮面ライダーごっことかをやりたがるんだけど、俺は友達にトム・ソーヤーごっこやろうよって言って、勝手に役を割り振っていたりして......」 読書に本格的にのめりこんでいったのは、中学3年生くらいのとき。当時、フォークグループ「アリス」の大ファンだったという太田は、谷村新司の深夜放送のラジオ『セイ!ヤング』を熱心に聴いていた。谷村が自分の尊敬する作家は亀井勝一郎だとよく言っていたことから、亀井勝一郎の『青春について』(旺文社、絶版)を手に取ったという。 「それが、すごい衝撃的で。評論とか哲学みたいな内容で、中学生の自分にはよく分からない部分もあるんだけど、いわゆる『偽善』という概念について書かれていた。例えば、友人がカネを貸してくれと言ったときにどういう心持ちで貸すべきか。お金を貸すことで友人との関係性は崩れてしまうので、自分が上に立ってしまうことを意識するならば、貸す側が『申し訳ない』という気持ちで貸すべきだと。それまで自分が考えてきたこととは全く違う考えだったから、衝撃を受けた」 それまでは募金活動などを何の疑いもなく素晴らしいことだと思っていたのに、そういう自分はもしかしたら嘘なんじゃないか、偽善者なんじゃないかと、その本を読んで気付いてしまった。自分は、ただ単に悦に入っているだけなのではないか......。太田にとって、自分とは何かと、初めて考えさせられた経験であり、いわゆる「自我の目覚め」に火をつけたのが亀井勝一郎の本だった。 ===== 「で、亀井さんが尊敬していたのが島崎藤村なんですよ。初めて読んだ藤村の小説は、『破戒』。高校に入って、ちょうど友達がいなかった時期だった」 『破戒』 島崎藤村[著] 新潮社ほか (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 太田はこれまでもたびたび、高校時代の3年間を通して一人も友達が出来なかったと語っている。自著『爆笑問題 太田光自伝』(小学館、2001年)によると、いじめられていたわけではなく、入学式の日に誰とも話さず、そのまま友達を作るきっかけをなくしてしまった。同書には、暗い日々の心境が「The Black High School Days」として語られているが、友達と話さない分、太田は本の世界に没頭するという3年間を手に入れた。 「時間をつぶすには本を読むしかなかった。今もそういう子っていると思うんだけど、休み時間というのがどうしていいか分からない。他の子たちが動き回っているときに自分だけ机のところに座っていて、目立っちゃうことが嫌なのね。何にもしていない状態だと時間がもたないので、常にポケットに文庫本を入れていた。本でも読んでないともう、いられない。たまに話しかけられると、うるせぇって拒否する。いま俺、読書中だからって」 最初に読んだ藤村の『破戒』では、長野の被差別部落に生まれた主人公が身分を隠して生きていく悩みが切々と語られていた。 「島崎藤村の作品って、『破戒』はちょっと別なんだけど、長編の『春』『新生』『家』あたりは自分の告白文学というか、私小説なんですよ。だから話が全部つながっているし、どんどん読めた。友達がいなくて一人で悶々と考えているときだったから、あぁ昔こういう人がいたんだ、と。いろんなことで悩んだりするのは別に間違いじゃない、そういう人間がいてもいいんだって、読んでいるときに思えた。だからのめりこんで、藤村は高校生の時に読破した」 太田は藤村の作品を読んで、「仲間のように思えた」という。そこから今度は、亀井勝一郎の親友だったという太宰治の世界に入っていく。当時はどんな小説があるのか知識がないので、作家つながりで読んでいった。亀井勝一郎が太宰治のことを書いていると、興味がわく。藤村を読み終わって太宰に突入すると、太田は両者が「劇的に違う」ことに気付く。 「面白いんですよ、太宰治の文章っていうのは。島崎藤村の地味~な、悶々とどうでもいいようなことに悩んでいるのとは違う。太宰も『晩年』や『人間失格』は私小説的なんだけど、藤村とは違って、もっとかっこいいんだよね。ニヒリズムというか、滅びの美学がある。太宰は嫌らしくて、悩んでいる自分はどうなんだろう、みたいなことを延々と言っている。 悩んでいる自分のことも好きなナルシストなんだけど、俺も当時はそんな気分になっていたから。偽善って何だろうというところからきて、自分ってものすごい醜いんじゃないかとか、汚いんじゃないかとか。そういう風に思っている人が俺より前にいたんだと思った。太宰治を読んでのめりこむ人って大抵、これは俺にしか分からないって思うんじゃないかな。何でこの人は自分の悩みを知ってるんだろう、分かるこの気持ち、と」 【関連記事】爆笑問題・太田光が語る六代目神田伯山「いずれ人間国宝に」「若い子も感動していた」 ===== 太宰の世界にも私小説から入っていったが、読み進めていくうちに、太宰の別のジャンルに目覚めていく。 「太宰治には2つの路線があって、生まれてすみません(『二十世紀旗手』)というように悩みを延々と書き連ねているものと、全くのフィクション、創作ものがある。読んでいくうちにフィクションのほうが面白いって思うようになるんだよね。 太宰が得意なのは、パロディーなんですよ。『新ハムレット』はハムレットのパロディーで、『お伽草紙』ではカチカチ山や舌切り雀、浦島太郎などをパロディーとして書き直している。『右大臣実朝』もパロディー路線というか、源実朝が暗殺されたことを書いた歴史書の『吾妻鑑』を現代語訳して、どういう背景があってこの人が暗殺されたのかを物語としてすごく引き込む感じで書いている。 『右大臣実朝』(太宰治全集) 太宰 治[著] 筑摩書房ほか (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 最初に原文が載っていて、その後に太宰の言葉で物語化して、っていうのが繰り返される。すぅごい面白いって思った。自分も読書に慣れてきて、太宰治を知った上で島崎藤村を振り返ると、太宰のほうがずっとサービス精神旺盛だし、エンターテインメントだし、面白い。なおかつ、太宰の作品の中でも、私小説よりも物語のほうが上手いと思うようになる。文章のテクニックも本当にすごいから、太宰治の本当はこっちなんじゃないかなと。 太宰は最後、『グッド・バイ』っていう書きかけの小説を残して死んじゃうんだけど、あの作品はまさに自分のパロディーを書いていた。もうこんな自分はいらない、と生まれ変わろうとして、過去の女とかにグッド・バイを言いに行くという話で、コメディーなんだよね。あれがもし完成していたら、太宰治が死なずに生きていたら、もっと面白い名作が生まれたんじゃないか。高校生のときに太宰は相当読んだけど、1冊挙げるとしたら、やっぱり『右大臣実朝』だな」 今では『マボロシの鳥』(新潮社、2010年)や『文明の子』(ダイヤモンド社、2012年)といった小説も発表し、文筆家としても活動する太田だが、高校生のときに既に自分でも書いてみたいという思いはあったのだろうか。そう聞いてみたところ、「高校生のときは映画監督になりたかった」そうだ。 「小説を書くというのは敷居が高かったんだけど、創作できる人に対するあこがれがあった。そのころ俺はチャップリンにはまっていて、彼は自分で脚本も書いて主人公を演じて音楽や美術までやる人ですから。すごいな~と思っていたので、なんとか自分も人を笑わせるようなストーリーが書けないかなとは思っていた。作る人になりたい、と。 高校に入ってすぐの頃から自分で脚本を書いたり、漫画を描いたりしていた。コメディーを書こうとしていたんだけどそのときはやっぱりまだ難しくて。『宇宙戦艦ヤマト』からかなり影響を受けていて、似たような漫画を描いていた。宇宙が狭くなるっていう話。すんごいスケールで書きたいって思ってね。宇宙戦艦ヤマトは別の星の人が攻めてくるという話だけど、俺はそれを超えなきゃいけないと思っていた。松本零士を超えなきゃって。で、宇宙全体が狭くなる、これは大変な危機だ!と」 【関連記事】大ヒット中国SF『三体』を生んだ劉慈欣「私の人生を変えた5冊の本」 ===== 5冊目について聞く前に、太田光の「未発表作」にがぜん興味がわいた。宇宙が狭くなる......? そのストーリーはこうだ。 「まずは地球防衛軍の会議のシーンから始まる。『木星と金星の間の距離が近づいてきているぞ、これは一体何なんだ?』と。よくよく調べてみると、他の星々もどんどん互いの間隔が狭くなっている。これはきっと宇宙が全体的に縮小しているってことだ、じゃあ宇宙の外側に一体何があるんだと。宇宙の外にまた別の宇宙が広がっていて、そこに人がいる。そいつらが攻めてくるという話。最後のオチは......」 ノート1冊分、夢中になって書いて、大長編が完成したという(今も探せばどこかにあるというので、いつか発表されることを願って、オチのネタバレはここでは控える)。 自らも創作するようになった太田が「人生を変えた本」の5冊目として挙げたのは、現代アメリカ文学を代表する作家カート・ヴォネガットの『タイタンの妖女』だった。現在の事務所の名前「タイタン」の由来となった小説だ。 『タイタンの妖女』 カート・ヴォネガット[著] 邦訳/早川書房 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 大学に入ると、高校時代に比べれば解放されてはいたが、それでもまだ「悶々」は続いていた。演劇学科に入った当時は「小劇場ブーム」が起きていて、自分もなんとか世に出たいともがいていた。『タイタンの妖女』は、そんなときに読んだ1冊だった。 「読んだのはおそらく1年か2年のときだけど、すごく衝撃的で。あの頃、ジョン・アーヴィングの『ガープの世界』という小説がちょっと流行ってたんですよ。ロビン・ウィリアムズ主演で映画にもなって。『ガープの世界』が面白くて、それをまず読んで、アーヴィングが好きな作家として挙げていたのがカート・ヴォネガットだった。 ヴォネガットを読み始めて何作目かで『タイタンの妖女』に出会って、まぁ、こんなに面白い小説があるのかって思った。まず、読んでて笑っちゃう。アーヴィングもそうなんだけど、声を出して笑っちゃうんだよね。小説を読んでいてそこまで笑うことってなかったから、すごいなって思うのと、『タイタンの妖女』は本当にスケールの大きい話で、主人公が時空や空間をどんどん飛び越えていく。なぜそんな運命なのかというと、(土星の衛星)タイタンに宇宙船で不時着した異星人がいて、そいつに<これから助けに行くから心配するな>という仲間がいるから。最終的にタイタンから地球を見ると、万里の長城なんかが<これから行くよ>というメッセージになっている。つまり、人類の歴史は全て、実はそのたったひとつのメッセージを伝えるために行われてきたことだった、という話。 壮大な話なのに、オチがくっだらないんですよ(笑)。われわれが生きて悩んでっていうのが、彼らの単なるメッセージのために使われていたのかと。これは、びっくりしましたね。価値観が変わった。生きているということは結局その程度のことなんだって。若い頃ってやたらと自分の人生に意味を持たせようとするじゃないですか。でも本当は、大したことじゃないんだと感じた。それでも生きていていんだよって言われたようで。 【関連記事】東野圭吾や村上春樹だけじゃない、中国人が好きな日本の本 ===== すっと気持ちが軽くなるようなオチで、そういうものを作りたいって思った。太宰なんかは暗くなっちゃうけど、そうじゃなくて、人が読んで明るくなるような楽しいもの、だけどちゃんとそこに哲学があるようなものが書けたらなって。到底及ばないけどって、思った」 * 今はもう、悶々とすることはあまりない。ネタがウケないとか、いいネタができないな、など現実的な課題に向き合ったりはするが、「自分とは何か」というようなことはもう考えない。 「(立川)談志師匠がずっとそれを考え続けていて、お前もいずれこうなるぞって言われていたんだけど、とてもじゃないけど、こんなに悩んじゃ駄目だと思った。考えてもしょうがない」 最後に、太田に「携帯を持たない主義というのは本当か」と聞いた。本当だとしたら、なぜなのか。人とつながることが、嫌なのだろうか――。 太田は本当に携帯を持っていなかった。スマートフォンどころか、ガラケーの頃から1台も持ったことがないという。「だって面倒くさいじゃない。だいたいいつも仕事か家にいるかどちらかで、マネージャーがいるから、俺に連絡を取ろうとすれば必ず捕まる。だから必要ない。友達と遊びに行くこともないんで」 友達は「いないっちゃ、いない」と言うので、(相方の)田中さんとご飯に行ったりすることは?と恐る恐る聞くと、「行かなくてもしょっちゅう、ネタ作りで家にいるからね、あいつ」と苦笑する。「じゃあお友達みたいなもんですね」と言ってみたところ、「オトモダチっちゃあ、オトモダチかな」と、つぶやくような答えが返ってきた。太田光に、携帯は必要ない。その生き方にも、哲学を感じた。 ※本記事は2020年8月11日/18日号「人生を変えた55冊」特集掲載の記事の拡大版です。 【関連記事】大ヒット中国SF『三体』を生んだ劉慈欣「私の人生を変えた5冊の本」 ※画像をクリックすると楽天ブックスに飛びます2020年8月11日/18日号(8月4日発売)は「人生を変えた55冊」特集。「自粛」の夏休みは読書のチャンス。SFから古典、ビジネス書まで、11人が価値観を揺さぶられた5冊を紹介する。加藤シゲアキ/劉慈欣/ROLAND/エディー・ジョーンズ/壇蜜/ウスビ・サコ/中満泉ほか