<自分はジャニーズでありながら本を書いて、時々「それでいいのかな」と考えたりするんです――そんな彼に『火花』は希望をくれた。小説を読む感動の原体験、「結局、好き」な1冊......。加藤シゲアキの価値観を揺さぶった5冊を紹介する。本誌「人生を変えた55冊」特集より> 僕にとっての人生の一冊、小説を読む感動の原体験となっているのが『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(J・D・サリンジャー、『ライ麦畑でつかまえて』の邦題もあり)。そこで描かれているのが自分のことのように感じられ、共感し、とにかく没入してしまった。高校生の主人公ホールデンと同じ10代の終わり頃に読んだのも大きいかもしれない。彼のほうが少し年下ですが、当時は自分も社会との関係に息詰まる......じゃないですけど、悩んでいて。 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』 J・D・サリンジャー[著] 邦訳/白水社 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) ホールデンはわがままでひねくれているわりには、真っすぐな愛情もある。そういうバランスに共鳴したんでしょうね。村上春樹さんの翻訳版だったので、リズムや文体の読みやすさもあったかなあと思う。 それまで海外文学を読んでいなかったわけではないが、全く違う文化の中にいてもこんなに共鳴することがあるんだ、と衝撃を受けたという意味で、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』は確実に僕の人生に影響を与えた。ニューヨークに行って作品に出てくる場所を巡ったりもしたし、単行本と文庫と英語のペーパーバック......というように何冊も持っている。訳語がどうなっているんだろうと確認したりするほど、はまった。 あまりにポピュラーですが、作家として似たようなものを書こうとすら思わないほど特別な一冊です。 2冊目は、又吉直樹さんの『火花』。僕の小説デビュー作(『ピンクとグレー』)は芸能界の話で、又吉さんもお笑い芸人の話を書かれている。これを読んだとき、僕はもう何作か書いていて、この先何を書いていくべきだろうと考えていたんですけど、やっぱりその人しか知らない世界を書くことの強さ、そのリアリティーは作品に対して誠実だなと、改めて思った。 『火花』 又吉直樹[著] 文藝春秋 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 自分はジャニーズでありながら本を書いて、時々「それでいいのかな」と考えたりするんです。「いっちょかみ」している感じに映るのではないだろうか、と。でも、そんな自分にしか書けないものがあると、『火花』はある意味で希望をくれた。今年のアカデミー賞を受賞(作品賞、監督賞ほか)したポン・ジュノ監督ではないですが、「最も個人的なことが最もクリエーティブだ」と思えた。 もちろん作品としても面白くて、芥川賞を取り、今の人に届く文学性と同時にエンターテインメント性もある。コンビの話でもあるので、僕としてはいろんな意味で感情移入しやすかった。 【関連記事】大ヒット中国SF『三体』を生んだ劉慈欣「私の人生を変えた5冊の本」 ===== 「臭い」なかでの心地よさ 次は全く系統が違うのですが、内田樹さんの『寝ながら学べる構造主義』。哲学書っていうのかな。寝ながら学べるっていうくらいなので非常に分かりやすい構造主義の入門書です。僕は哲学や思想にすごく詳しいわけではないですが、そこと文学は切り離せない。やはり構造主義を理解しておくと、いろんな物や人のことを理解できると思った。 『寝ながら学べる構造主義』 内田樹[著] 文藝春秋 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 小説を読む理由も結局、他者を理解することだと思うんです。それで最終的には優しさとか思いやりとか、言葉にすると照れるようなことかもしれないが、そういうものを得られる。構造主義を知るのもまさにそういうことかな、とこの本を読んで感じた。 構造主義がどこから来ていて、何が自分と他者の違いを生んでいるのかを文化人類学的な視点などから分かりやすく書いている。自分たちが当たり前と思っている思考方法が、構造主義という近年の考え方だということも、僕には目からうろこだった。そこからまた別の思想や哲学にも広がっていくので、入り口としてこの本を読めてよかった。 4冊目は川上未映子さんの『ヘヴン』。川上さんは独特な文体で、女性的な目線が強い作家だと思うのですが、『ヘヴン』ではそのあたりは封印している。斜視の中学生のいじめの話で、いじめる者といじめられる者がいる。ちょっと構造主義的なところもあり、ニーチェっぽかったりもする。 『ヘヴン』 川上未映子[著] 講談社 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 読んだときはまあまあ面白いと思ったけど、すごく評価されていることには付いていけなかった。でも結果的に、読み直すことが非常に多い。結局、好きなんですよ。でもその好きとか、良さがうまく言葉にできない。 子供たちを描いているので文体は分かりやすいのですが、内側では不条理なものだったり、善と悪が混然とするような奇妙さがうごめいている。読者としては楽しんで読むけど、「そんな自分はどうなんだろう」とも考えてしまう。 時間がたてばたつほど好きになっていく。そういう本はいくつかあるが、小説を書いていて、「あれ、なんだっけな」と手に取る確率が高いのは『ヘヴン』。読んだ当時はそうでもなかったが、今になって人に薦めるし、定期的にページを開く本なんですよね。 今回選んだ本はどれも、何度か読み直す本。それは自分が本当に好きなものなんだろうな、と思うからです。 【関連記事】太田光を変えた5冊──藤村、太宰からヴォネガットまで「笑い」の原点に哲学あり ===== 最後の一冊は車谷長吉さんの『赤目四十八瀧心中未遂』で、これも数年前に読んで今も好きなもの。すごく「臭い」小説で、直木賞になって映画化もされた。お金がなくなって、安アパートに住みホルモンを串に刺すような生活をしている主人公と近隣の人たちの話で、そこに現れるのがやくざだったり、かなり個性が強くて本当に「匂い立つ」ような人たちばかり。 『赤目四十八瀧心中未遂』 車谷長吉[著] 文藝春秋 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) たばこから香水から、ホルモンから汗から......と、本当にこんなに臭い小説はないだろうっていうくらいだが、そこがまさに作家の表現手腕でとても面白いし、流れていく物語からも目が離せない。私小説なので描かれているのは、むちゃくちゃとまでは言わなくても、車谷さんの激動の人生。『火花』とも通じるが、彼にしか書けない経験と視点です。 読み終わった後ですぐ読み返し、ずっと心に残っている。展開自体はややドラマチックになっていくんですよ、ロマンチックっていうくらいに。でも、それも最後にはすとんと消えてしまう。 どこに行くのか分からない物に乗っているような人生、臭いことが悪いわけじゃなく、この「匂い」の中での心地よさがある......そんな見たことのない世界を疑似体験できる、小説の醍醐味が凝縮されている。小説の面白さって本当にいろいろあるなって、この本を読んで改めて思った。 (構成・大橋希) <2020年8月11日/18日号「人生を変えた55冊」特集より> ※画像をクリックすると楽天ブックスに飛びます2020年8月11日/18日号(8月4日発売)は「人生を変えた55冊」特集。「自粛」の夏休みは読書のチャンス。SFから古典、ビジネス書まで、11人が価値観を揺さぶられた5冊を紹介する。加藤シゲアキ/劉慈欣/ROLAND/エディー・ジョーンズ/壇蜜/ウスビ・サコ/中満泉ほか