<命がけで韓国に渡ったはずなのに何が彼を出戻らせたのか?> 今年、ネットフリックスの配信がきっかけで、世界的大ブームにまで発展した韓国ドラマ『愛の不時着』。このドラマでは韓国と北朝鮮を越える男女の愛を描いているが、現実にはあり得ない両国を行ったり来たりするアイデアが新鮮で、分断国家だからこそ描けるストーリーだと感じてしまう。 韓国の国家行政機関・統一部によると、朝鮮戦争休戦協定が締結された1953年より去年末までで、北朝鮮から脱北し韓国に定住している脱北者数は、3万3500人に上るという。その数は2008年~2009年が最も多く、1年で3000人弱の人が北朝鮮から亡命し韓国での生活を始めている。 逮捕恐れて出戻った脱北者 そんな脱北者達だが、中にはせっかく韓国にやってきたのにもかかわらず、また北朝鮮に戻る「越北者(월북자)」と呼ばれる人たちも存在する。理由は様々だが、7月にはある20代の男性脱北者が北朝鮮に「越北」し、今その事件が波紋を広げている。 2017年韓国へ脱北したキム氏は、今年6月中旬、知り合いの女性を性的暴行したとして刑事事件で立件されていた。7月4日には、被害者女性の体内から検出された精液が、DNA鑑定によってキム氏の物と一致したということで、容疑がかけられていた。しかし、その15日後の19日午前1時に、キム氏の知人が警察へ「キム氏が有り金を全部ドルに換金していた。越北の可能性がある」通報し、翌日警察がキム氏の自宅に確認に向かったところ、そこはもぬけの殻だった。 警察の捜査で、キム氏は18日の午前2時20分に仁川市のある街でタクシーを下車していたことが判明。周辺にキム氏の物と思われる鞄が発見され、その中には銀行から500万ウォンを引き出し、480万ウォンを米ドルに換金したとみられる両替領収書が入っていたという。 ===== ゆるゆるだった韓国軍の警戒 この事件について、韓国国民からは脱北者管理システムの甘さを指摘する声が上がっている。7月末、韓国陸海空軍を統合指揮する合同參謀本部は、キム氏が北朝鮮側に到着するまで合計7回も軍監視装置に姿が捉えられていたことを明らかにした。 キム氏の越北を発見し防ぐことが出来たのにも関わらず、見逃してしまったこの事件に対し、合同參謀本部は海兵隊司令官と各軍団長を厳重注意し、さらに海兵2師団長を補職解任するなど厳しい処置を与えた。 それというのも、調査結果によりキム氏が北朝鮮に帰るのに利用したとされる国境線近くの排水路は、軍部隊の規定により、1日2回排水路侵入防止装置を点検することとなっていたが、それをまったく行っていなかったことが発覚したからだ。 さらに、この報道の翌日、8月1日には脱北者の管理について、警察官1名につき30-60名にも上る人数を担当していることが明るみになり波紋を呼んだ。あまりにも多い人数に脱北者担当官と脱北者との信頼関係を気付くことは難しく、管理といってもたまに警察署から電話をする程度だという。さらに、脱北者のうち約10%が電話番号を勝手に変更して連絡もしないため、実質的に管理ができていない脱北者もいる状態だ。 越北を幇助? 警察が怠慢? またキム氏の越北問題は、あるユーチューバーが関与していた疑惑がもちあがっている。彼女も同じく脱北者であり、アルバイトをしながらユーチューバーとして動画投稿をしていた。キム氏とは車を貸し借りする仲であり、キム氏逃亡の前日に車を貸していたが、他の友人からキム氏が越北の恐れがあるという噂を聞いて、警察署を訪ね通報した。 しかし、警察に取り合ってもらえなかったという。これについて警察側は「訪ねてはきたが、越北のことではなく車両窃盗申告のみ行った」と反論した。 今、この脱北ユーチューバーが、キム氏の越北を「知っていたのにも関わらず通報しなかった。」「いや、通報したのに取り合ってもらえなかった」と意見が対立し論争にまでなっている。 ===== 映画ではサスペンスや悲劇の主人公だが...... 脱北者とは、韓国人にとってどのような存在なのだろうか?これまでに、韓国では脱北者を描いた映画やドラマはたくさん存在する。第81回米国アカデミー賞外国語映画賞の韓国代表作品に選ばれた『クロッシング』、南北軍事境界線専門の危ない運び屋を描いた『プンサンケ』、妻子を殺された男が脱北し犯人を追い詰めるも自ら殺人の容疑者となってしまう『サスペクト 哀しき容疑者』、韓国への亡命によって離れ離れになってしまった男女の物語『約束』などが有名だろう。日本でもリメイクされたドラマ『カインとアベル』では、主人公が記憶喪失になった後脱北者に助けられ、その後自身も脱北者として生活する設定だ。 同じく北朝鮮がらみと言えば、韓国へ送り込まれてきたスパイ映画も多いが、こちらはギャグや南北のカルチャーショックなどのコメディー要素が入っているものが多い。しかし、脱北者となると、やはりサスペンスや悲劇的な要素が含まれる作品が多いようだ。 秘密のベールを脱ぎバラエティに出演する者も ところが、テレビのバラエティ番組では、北朝鮮出身という秘密のベールを容赦なくひっぺがす、楽しく笑いに満ちた脱北者が登場するものがたくさん存在する。以前、脱北者の女性たちを集め、北朝鮮の知られざる日常生活にスポットを当てたトーク番組『いま会いに行きます(이제만나러갑니다)』が韓国で大ヒットした。 以前、友人の韓国男性が「北朝鮮女子はきれいな人が多い」と言っていたが、そのイメージも後押しして出演女性たちもお茶の間の人気者になった。その後、韓国男子と脱北女子の仮想恋愛バラエティ『愛情統一 南男北女(애정통일 남남북녀)』も北朝鮮出身女子人気に拍車をかけた。さらに、2015年から現在も放送中の脱北男女を交えたトークショー『モランボンクラブ(모란봉 클럽)』も脱北者を身近な存在として親しみがもてるように構成されている。 脱北系ユーチューバーも存在するが、脱北をテーマにしたユーチューブ番組『(ベナ)배나TV』も注目の的だ。その内容は、『脱北2世のVlog』『韓国入国2ヶ月、入国したての青年とトークショー』『韓国から送られる物資ではこれは人気!』など、ユーチューブらしくもあり独特な配信内容が人気の理由だ。 筆者も以前、韓国のこのような番組の存在を知らなかった頃は、脱北者は身を隠すように、ひっそりと周りに溶け込みながら暮らしているのかと思っていたが、脱北者がバラエティ番組に登場している姿を見てから、すっかり印象が変わってしまった。 しかし、今後もキム氏のような越北者が現れると、スパイの可能性を疑われたり、韓国で何かトラブルを起こしても北に戻ればいいと考えている印象が付いてしまい、本当に助けを求めて脱北しようとしている人たちをさぽーつすることが難しくなる可能性がある。そうなってしまわないように今後、より一層調査やケアするシステムを改良してほしいものだ。 【関連記事】 ・コロナ危機で、日本企業の意外な「打たれ強さ」が見えてきた ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・がんを発症の4年前に発見する血液検査 ・インドネシア、地元TV局スタッフが殴打・刺殺され遺体放置 謎だらけの事件にメディア騒然   ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年7月28日号(7月21日発売)は「コロナで変わる日本的経営」特集。永遠のテーマ「生産性の低さ」の原因は何か? 危機下で露呈した日本企業の成長を妨げる7大問題とは? 克服すべき課題と、その先にある復活への道筋を探る。 ===== ゆるゆるだった韓国軍の警戒 脱北者のキム氏が北朝鮮に越北する場面が軍の監視装置に7回捕捉されていたものの、軍が初動対応に失敗。警備の甘さを露呈してしまった。 연합뉴스TV / YouTube 脱北者がゲストというトークショー『モランボンクラブ 脱北男女を交えたトークショー『モランボンクラブ(모란봉 클럽)』。この男性は地雷原のあるDMZを越えて脱北してきたという TV CHOSUN / YouTube