<3歳で『ぞうのババール』、6歳で『ライド・フォー・フリーダム』、そして10歳頃にディケンズに出合う。哲学者マーサ・ヌスバウムの土台になった5冊とは。本誌「人生を変えた55冊」特集より> 「大きなもりのくにで、ちいさなぞうがうまれた。なまえはババール。かあさんはこの子がかわいくてたまらない」――ジャン・ド・ブリュノフ著『ぞうのババール』は、3歳の頃からずっとお気に入りの一冊だ。 『ぞうのババール』 ジャン・ド・ブリュノフ[著] 邦訳/評論社 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 私はこの本を通して野生動物の世界をのぞき、彼らがいかに賢く感情豊かなのかを知った。人間が野生動物を残酷に攻撃することも(ババールの母親は狩人に撃たれる)、逆に彼らの友になり、幸せ探しを手助けできることも。 どれも、哲学者としての私の思想の土台になっている。 パリでババールと友達になる女性は、象にとっての幸せが何かを十分に理解していない。彼女はババールに財布を渡してデパートに行かせ、靴や服を買ってやるのだ! でも少なくとも、おしゃれとは言えない緑色のスーツというババールの選択を尊重するし、最後には仲間と自由に暮らせるよう森に帰してやる。 6歳頃に好きだったのは、ジャンヌ・スプリエールとジュディ・ホミニックの『ライド・フォー・フリーダム/シビル・ルディントンの物語』(邦訳なし)。16歳の少女の実話だ。 少女はアメリカ独立戦争の時、馬に乗って険しい丘陵を越え、人々にイギリス軍の進軍を警告した。有名なポール・リビアの騎行と同じくらい長距離を走ったものの、女性だったため有名にはならなかった。 女性の英雄的行為を描いたこの物語に私は大きな感銘を受け、よく両親と一緒に自宅の地下室にあったのこぎり台を馬に見立てて、物語を演じた(もちろんシビル役は私だ)。あの頃から私は、人生にはどんな可能性も開かれていることを知っていた。 10歳頃に出会ったチャールズ・ディケンズの作品は、社会の不平等について理解するきっかけをくれた。幸運なことにとても恵まれた生活をしていた私はディケンズの作品を通して、社会に思いやりが欠けているために、多くの子供たちが貧困や飢えに苦しんでいることを学んだ。 最初に読んだのは『クリスマス・キャロル』。人間の再生を描くこの物語は、何度読んでも感動する。主人公のスクルージは、道徳に鈍感だと惨めな思いをする羽目になることや、他者への思いやりが人生に充実感と喜びをもたらすことを私たちに教えてくれる。 『クリスマス・キャロル』 チャールズ・ディケンズ[著] 邦訳/新潮社ほか (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 【関連記事】大ヒット中国SF『三体』を生んだ劉慈欣「私の人生を変えた5冊の本」 ===== 12歳の頃は長編に夢中だった。特に好きだったのが『デイヴィッド・コパフィールド』と『ニコラス・ニクルビー』(邦訳/こびあん書房)。どちらも貧しく腹をすかせた子供の物語だ。1人は工場で働くことを強いられ、もう1人は「学校」に送られるが搾取やいじめに遭う。 『デイヴィッド・コパフィールド』 チャールズ・ディケンズ[著] 邦訳/新潮社ほか (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) ディケンズは、法律や社会構造を変えなくても、個人の道徳的な気付きだけで正義は達成できると、間違った示唆をしている。だが、心を改めるだけでは不十分だとしても、それが必要なことも確かだ。 彼の小説は、自分がいかに恵まれているかを改めて考えさせ、ほかの人々に目を向けるよう促してくれた。 <2020年8月11日/18日号「人生を変えた55冊」特集より> 【関連記事】 ・民主主義が嫌悪と恐怖に脅かされる現代を、哲学で乗り越えよ(マーサ・ヌスバウム・インタビュー) ・ハチに舌を刺された男性、自分の舌で窒息死 ・太田光を変えた5冊──藤村、太宰からヴォネガットまで「笑い」の原点に哲学あり ・日本人の「集団主義」「同調圧力」には良い面も悪い面もある ※画像をクリックすると楽天ブックスに飛びます2020年8月11日/18日号(8月4日発売)は「人生を変えた55冊」特集。「自粛」の夏休みは読書のチャンス。SFから古典、ビジネス書まで、11人が価値観を揺さぶられた5冊を紹介する。加藤シゲアキ/劉慈欣/ROLAND/エディー・ジョーンズ/壇蜜/ウスビ・サコ/中満泉ほか