<職場の道具や歯車にならないために、偉大な哲学者たちから学ぶ「善の基準」> 職場で自分が「会社の単なる道具」「他人のために機能する歯車のひとつ」だと感じたことはないだろうか。本書『よきリーダーは哲学に学ぶ』(石井ひろみ訳、CCCメディアハウス)は、そんな問いかけから始まっている。 19世紀半ば、若きジャーナリストだったカール・マルクスは、労働者の悲惨な状況に憤慨していた。当時のヨーロッパは経済の効率化を推し進めようと躍起になっていた。多くの富を生み出すために、労働者は近代的な工場で精緻な設計図に基づいた単純作業を繰り返していた。仕事を通して自己実現どころか自己否定をするようになり、幸せを感じることもなく、頭も体も疲れていた。マルクスは、職場に人間らしさが欠けていると感じていたのだ。この問題を哲学の世界では、「疎外」と呼んでいる。 マルクスと同様に、現代の職場に人間らしさが失われていると危機感を抱いているのが、本書の4人の著者、アリソン・レイノルズ氏、ドミニク・ホウルダー氏、ジュールス・ゴダード氏、デイヴィット・ルイス氏である。それぞれロンドン・ビジネススクールなど一流のビジネススクールに所属している。 通常ビジネススクールでは、経済学やファイナンスに重きが置かれてきた。近年は心理学も取り入れられるようになっているが、哲学をビジネススクールのプログラムに伝統的に取り入れてきたのが、名門ロンドン・ビジネススクールだ。設立者のひとりであるチャールズ・ハンディが哲学を取り入れたのが始まりで、その教え子であり、本書の著者のひとりであるジュールス・ゴダード氏に引き継がれてきた。 本書では、哲学者たちの声に耳を傾け、現代の職場でだれもがぶつかるであろう問題と向き合う方法を提唱している。職場の「道具」や「歯車」にならないためにはどうしたらいいのだろうか。 哲学が教えるよい人生とは 心理学者は、「よい人生を送ること」は「いい気分になること」だと考えている。しかし、著者は、「いい気分」になることと「良い人生」を送ることが一致するとは限らないという。従業員が「自分は職場で充実している」と感じ、「従業員エンゲージメント調査」で数値化し、それを裏付けていたとしても、「真に職場で充実しているかどうか」は別の話なのだ。 ポジティブ心理学の創始者であるマーティン・セリグマンは、「よい人生」の概念を主観的な判断や個人の感情から切り離し、キャリアの成功や友情、芸術的センスの向上、哲学の修士号の取得など、価値ある探求に向けさせている。しかし、著者によると、どのように優先順位づけをすべきなのかは明らかではないという。より充実した人生を送りたいなら、より価値がある探求に取り組むべきなのだ。つまり順位づけをする客観的な基準、いわば「善の基準」が必要になる。 その「善の基準」を見つけるためのヒントが、哲学にあると著者はいっている。哲学者たちは千年以上ものあいだ、「よい人生」とはどんな人生か、そして「自分にとっての善」とは何かを問い続けてきた。それにより、誰もが自分の強みや可能性を最大限に発揮できるようにするためだ。「よい人生」について考えるとき、哲学は感情だけにとらわれず、その先にあるものに目を向けるべきだと教えてくれる。 人間中心の組織をデザインする 紀元前に存在したアリストテレスにとって、理性が「善の基準」だ。「真に人間らしく生きる」ことは、理性的に生きると同時に、他人もそうできるように手助けをすることである。「よい人生」を生み出す美徳とは、友情、寛大さ、勇気、粘り強さであり、このような「徳」はそれが発揮されるコンテキストと関連づけて考えることが大切になる。そうした場合に、「やりすぎ(過剰)」でもなく「やらなさすぎ(不足)」でもない、ちょうどいいアプローチ「中庸」を見つけるべきだという。そのためには学ぶことで理性を研鑽することが必要だ。 アリストテレスの時代も現代と同様に、きわめて不安定で先が見えず複雑であいまいだった。彼にとっての理想の職場は、おそらく理性を養い発揮する機会が豊富にあり、それを通して自らの人間性を高められる環境だったと著者は考えている。 <関連記事:部下の話を聞かない人は本当のリーダーではない> ===== 一方で、19世紀後半に活躍したフリードリヒ・ニーチェの「善の基準」は、なんらかの面で卓越し、その才能を開花させることである。彼が提唱した哲学のテーマの中心は、人間らしさを封印された「群れ」から抜け出して高みに達することで、いかに人として繁栄するかというものだ。自らの人格と行動に責任を負うことで、自らの人生と価値観を創造していけると考えたのだ。 著者は、「アリストテレスの冷徹な理性とニーチェの情熱のどちらに魅力を感じるか」と問うている。どんな組織であれ、ニーチェリアン的精神である「情熱や大胆な試みが大きな意味をもつ機会」もあれば、アリストテレス派のように協力し合って徐々に改善するほうがいい場合もある。どちらにせよ大切なのは、人間中心の組織をデザインすることだと言っている。 リーダーとしての成功の秘訣 一般的にリーダーの役割は「指示を出し、ルールを定めることで、部下が集中して仕事に打ち込めるようにすること」と言われている。しかし著者は「リーダーとは自ら模範を示す人物であり、部下が成果を上げるためには公平さが必要だ」と考えている。 「お手本を示すことは、他人に影響をおよぼす主要な方法ではない。唯一の方法である」 (154ページ) 著者はこの格言を、リーダーとしての成功の秘訣をみごとに言い表していると言っている。力の行使は、その力の権威を利用しないほうが有益な結果をもたらすことになる。真のリーダーは本能的にそのことを心得ているので、権威の代わりに模範を示すのだ。人間は社会的な動物であるがゆえに、その振る舞いは、仲間に強く影響される。人は一緒にいる相手に似るものだ。常に他者をお手本とみなしてまねをし、自らを測る基準にしようとする。これを用いたテクニックははるか昔から使われ、「範例(模範とすべき例)」と呼ばれている。 この「範例」を用いたもっとも名高い人物が、1世紀ごろにギリシアにいた哲学者で神官、歴史家でもあるプルタルコスである。それぞれの人となりは理性、感情、習慣の組み合わせであり、人は激励されれば、自らの習慣を理性の力で変えようとするはずだと考えたのだ。お手本にするのは誰でもかまわない。その人の基準にかなうように振る舞えばいいのだ。たとえば、勇気が必要な状況に直面したら、勇気ある人物は同じ状況でどうするかを想像し、その通りに行動する。その人物のふりをすることにより、やがてその人物に近づくことができる。意識的に範例を使うことにより、人を良い方向に導こうとしていたのだ。 もし、自分が感じている「疎外」を追い払い、自分のエネルギーと影響力を誰もが輝ける環境づくりに役立てたいなら、自らの行動を変化させ、「この組織は、どんなふうにすれば人の役に立つのだろう」と考えてみることを著者はすすめている。自分がどんなお手本を示しているかに敏感になり、相手の立場に立つことが必要なのだ。 成果を求め、効率化や生産性を優先させた結果、「人間らしさ」は後まわしにされがちになる。しかし、成果と人間らしさの両立は決して不可能ではない。紀元前から近年の幅広い時代に活躍した偉大なる哲学者から、そのヒントを得ることができるだろう。 『よきリーダーは哲学に学ぶ』 アリソン・レイノルズ、ドミニク・ホウルダー、 ジュールス・ゴダード、デイヴィッド・ルイス著 石井ひろみ訳 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) <関連記事:部下の話を聞かない人は本当のリーダーではない> 【話題の記事】 ・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・新たな「パンデミックウイルス」感染増加 中国研究者がブタから発見 ・韓国、ユーチューブが大炎上 芸能人の「ステマ」、「悪魔編集」がはびこる