<壇蜜さん、あなたの5冊を教えてください――。すると彼女は、さくらももこ『マリア様がみている』に今野緒雪『マリア様がみてる』、浅田次郎『蒼穹の昴』と、本に彩られた半生を綴ってくれた。本誌「人生を変えた55冊」特集より> とても人様に自慢できるような半生を送ってはいないが、さまざまな本に「これまで」をつくってもらった自覚はしている。今からご紹介する本がなければ、今頃どうなっていたか分からない......と言っても過言ではない。 幼い頃から大人ばかりの環境で過保護気味に育てられ、共働きの両親に代わり祖父母が私のしつけをしてくれた。なかでも祖母チョイスの絵本、『なしうりと せんにん』は当時から私に因果応報の仕組みをシビアに刷り込んでいたと思う。中国の昔話で、梨を売り歩く男が老人(実は妖術を使う仙人)を邪険に扱ったせいで商品の梨を妖術で没収されてしまうストーリーに震えた。読み終わってから祖母が「人には親切にしなさい」と締めくくるのも、なかなかの圧があった。 『なしうりと せんにん』 小沢正[著](中国の昔話) チャイルド本社 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) こうして人には親切にしようと心掛けるようになるが、一人っ子ゆえの頼りなさにおせっかいのような親切心がアンバランスに配合されてしまう。親切とおせっかいの区別が付かぬままクラスメイトに接したので、小学校時代はとにかく「うざい」と言われてつまはじきにされる。 強制的に一人になった私の側には『もものかんづめ』があった。父がエッセー好きで薦めてくれたのだった。漫画家さくらももこ氏の幼少期や青年期に体験した理不尽な出来事や思い出深い体験を悲喜こもごもにつづったそれを読み、世の中は親切だけでは生きていけない現実を知る。 『もものかんづめ』 さくらももこ[著] 集英社 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 嫌われ者として孤独なローティーンを過ごした私も中高生になると周囲に気の合う仲間もできて、学校生活の張り合いが出てくる。しかし舞台は女子校、おまけに思春期真っ盛りなので何かと耽美な世界にのめり込む。おとぎ話のような、でも実際にあってもおかしくないような世界観を求めて本を探し、『ウォーレスの人魚』(岩井俊二)と出会う。 『ウォーレスの人魚』 岩井俊二[著] KADOKAWA (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 海の中で進化を遂げた人間......人魚が存在し、人魚の血を引く人間がいるかもしれないというストーリーはロマンチックで少し臨場感があった。退屈な箱庭のような学園生活から逃避するための手段として、私は人魚のことをよく考えるようになった。今でもいると信じている節はある。 そんな箱庭の子羊も大学を経て社会に出ていく準備をしなくてはいけない時間が来た。そろそろ現実と向き合わなくてはいけないが、どうにもこうにも逃避の癖が抜けない。 【関連記事】太田光を変えた5冊──藤村、太宰からヴォネガットまで「笑い」の原点に哲学あり ===== 女子校は退屈でも善き場所だった記憶を引きずるあまり、『マリア様がみてる』シリーズを読みふけるようになる。 『マリア様がみてる』 今野緒雪[著] 集英社 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) 学内での姉妹制度に青春を傾ける女生徒たちの美しくみずみずしいストーリーは、自分自身が女性同士のプラトニックな敬愛関係に萌える人種であることを教えてくれた。いわゆる「百合萌え」の要素がここで確立される。 現実から目を背けてだらだら生きてきた20代が終わり、両親も諦めムードだったそのときに、壇蜜として生きる運命が回り始める。言われるがまま、求められるがまま脱いだり着たりする日々に抵抗はなかったが、両親はますます落胆するようになる。 しかし、新人時代に付き合っていた男が教えてくれた『蒼穹の昴』(浅田次郎)は私に天命という言葉を教えてくれた。今が天命を知る機会であり、今していることが天命であると勝手に考えた私は壇蜜としての天命を受け入れる。結果として今がある。当時の男は酒癖が悪くトンデモな者だったが、感謝している。 『蒼穹の昴』 浅田次郎[著] 講談社 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます) <2020年8月11日/18日号「人生を変えた55冊」特集より> 【関連記事】 ・NEWS・加藤シゲアキが愛する『ライ麦畑』と希望をもらった『火花』 ・日本初のアフリカ人学長が「価値観」を揺さぶられた5冊の本 ・大ヒット中国SF『三体』を生んだ劉慈欣「私の人生を変えた5冊の本」 ・「私は恵まれていたが、ディケンズで社会の不平等を知った」哲学者マーサ・ヌスバウム ※画像をクリックすると楽天ブックスに飛びます2020年8月11日/18日号(8月4日発売)は「人生を変えた55冊」特集。「自粛」の夏休みは読書のチャンス。SFから古典、ビジネス書まで、11人が価値観を揺さぶられた5冊を紹介する。加藤シゲアキ/劉慈欣/ROLAND/エディー・ジョーンズ/壇蜜/ウスビ・サコ/中満泉ほか