<本音ではイスラエルと手を組みたい理由が山ほどあるが、「イスラム教徒の擁護者」の地位をかなぐり捨てるにはリスクが伴う> アラブ首長国連邦(UAE)とイスラエルの国交正常化はある程度予想されていたこととは言え、アラブ・イスラエル関係における新時代の到来を告げる出来事だった。これにより、アラブ諸国とイスラエルはパレスチナ問題よりも経済発展やイラン封じ込めを優先し、協力関係を強化していくという長期的なトレンドは固まったと言える。 イスラエルとUAEの国交正常化に対する期待は以前からあったが、今回、アメリカのトランプ政権が仲介して実現した。今後、他の湾岸諸国もドミノ倒し的にかつての「仇敵」イスラエルとの国交正常化に走る可能性があり、湾岸諸国の新世代の指導者たちの下で中東におけるイスラエルの役割に対する見方が変わるかも知れない。一方で、パレスチナ人のパレスチナ国家樹立の夢は泡と消えそうだ。 UAEは他に先んじてイスラエルとの国交正常化に動いたわけだが、バーレーンやオマーンといった国々もそう遠くない未来に追随する可能性がある。イスラエルとアメリカは最終的には、中東の2つの超大国の1つであるサウジアラビアがこの動きに加わることを期待している。 サウジアラビアはイスラム教の聖地を擁し、膨大な富と石油資源、そして装備の整った軍隊を持つ国だが、それゆえにすぐに方針転換するのは難しいだろう。例え若きムハンマド・ビン・サルマン皇太子がパレスチナ問題の優先度を下げ、湾岸地域でイラン包囲網(トランプ政権が必死で構築を目指してきたものだ)を強化したいと望んでいたとしてもだ。 盟主ゆえのサウジの「難しい立場」 シンクタンク「国際危機グループ」のタレク・バコニ上級アナリストは本誌に対し、サウジアラビアの置かれた状況はUAEより複雑だと語る。詳細はまだ明らかになっていないものの、今回の合意は「(エルサレムにある)イスラム教の聖地に対するイスラエルの主権をほぼ認めたということだ」と彼は言う。 だがサウジアラビアの国王は聖地メッカとメディナにある「2つの聖なるモスク(イスラム教礼拝所)の守護者」と呼ばれている。そんなサウジアラビアがエルサレムに対するイスラエルの支配を受け入れるようなことがあれば、すべてのイスラム教徒の擁護者であるはずのサウジアラビアの建前が揺らぎかねない。「事情は(UAEとは)まったく異なると思う」とバコニは言う。 ムハンマド皇太子も自らに批判的な人々の暗殺を(直接、殺害実行を指示したかどうかはともかく)図ったとして世界から非難を浴びている身であり、政治的に配慮しなければならない問題をいろいろと抱えている。 人権活動家や女性の権利拡大を求める人々、他の王族や富裕な実業家らを投獄するなど、彼の強権的な統治手法は世界的に知られている。イエメン内戦への軍事介入は、深刻な人道的危機を引き起こしてもいる。 <参考記事>UAE・イスラエル和平合意の実現──捨て去られた「アラブの大義」 <参考記事>パレスチナ人を見殺しにするアラブ諸国 歴史が示す次の展開は... ===== 恐ろしい権力を手中に収めた皇太子を、事実上のサウジアラビアの統治者と見る向きは多い。それでも立場はあくまでも「皇太子」であり、国家元首になるには年老いた父のサルマン国王が死去するのを待たなければならない。 「まだ(権力の)代替わりは完了していない」と語るのは、アトランティック・カウンシルのウィリアム・ウェクスラーだ。「ムハンマド皇太子が王位に就いて初めて完了する」 「ムハンマド皇太子にとっても彼の周辺の人々にとっても、またサウジアラビア王室をウォッチしている人々にとっても、君主制における代替わりというものはそもそも、存在に関わる脅威をはらんでいる」とウェクスラーは言う。これまでサウジアラビアの歴代国王はすべて初代国王アブドル・アジズ・イブン・サウドの息子たちだったが、皇太子は孫の世代だ。そして彼は、伝統的な王子たちの分散統治を廃し、権力の中央集中化を進めている。 パレスチナ問題はもう古い? 一方でムハンマド皇太子はサウジアラビアの社会や経済の自由化も進めており、伝統を重んじる国内勢力の懸念を招いている。つまりさまざまな問題を背負い込んでいる皇太子にとって、イスラエルとの国交正常化はさらなる厄介な重荷になりかねないわけだ。 「この問題に関し、サウジアラビアが湾岸諸国のリーダーとなる可能性は低いと思える」とウェクスラーは言う。「周辺諸国の対応に表立って異議を唱えたりはしないくらいがせいぜいではないか」 無事に次期国王となったあかつきには、ムハンマドもイスラエルとの国交正常化にもっと前向きになるかも知れない。イギリスの王立国際問題研究所のヨッシ・メケルバーグは本誌に対し、湾岸諸国にとってUAEは一種の観測気球だと語る。 「事態の推移を(サウジは)見守っていくことになるだろう」とメケルバーグは言う。2002年のアラブ和平イニシアティブにおいて、サウジアラビアはパレスチナ問題での進展がイスラエルとの国交正常化の前提だとの立場を明確にしていた過去があるからだ。 とはいえ、それから18年の時がすぎた。「18年の歳月はとても長い。国民も代替わりして、大半はパレスチナ問題に飽き飽きしている。パレスチナ問題はもはや重要ではなくなったのだ」と、メケルバーグは言う。 長期的に、アラブ諸国はパレスチナよりイスラエル寄りになっていく。少なくとも、パレスチナ国家の設立をめぐる歴史的な対立からは遠ざかっていくだろう。「アラブ諸国の優先順位は進歩であり、技術革新であり、グローバル化だ。そのための支援をしてくれられるは、パレスチナではなくイスラエルだ」と、メケルバーグは言う。 「医療や先端技術、サイバーセキュリティーなどはすべて、パレスチナのためにイスラエルとの国交正常化を拒絶するよりはるかに重要なものだ」 <参考記事>UAE・イスラエル和平合意の実現──捨て去られた「アラブの大義」 <参考記事>パレスチナ人を見殺しにするアラブ諸国 歴史が示す次の展開は... ===== イランの脅威も重要だ。トランプ政権は、イスラエルと中東のアラブ同盟国を反イランで一つにまとめようとしてきた。 イランの台頭、ひょっとしたら核を保有しているかもしれないイランの台頭は、アラブ諸国にイスラエルとの共存を選ばせるのに十分なように見えた。イスラエルは豊かで、強大な軍事力を誇り、イラン嫌いで親米だ。「イランからのいわゆる脅威は、中東の地政学を動かしてきた」と、バコニは言う。 ムハンマド皇太子も当然、イスラエルと組んでイランと対抗することは考えるだろうと、メケルバーグは言う。「ひょっとしたら、王になるまで待たないかもしれない」 ・2117年までに火星都市を建設:UAEが計画発表 ・銀河系には36のエイリアン文明が存在する? ・カナダで「童貞テロ」を初訴追──過激化した非モテ男の「インセル」思想とは ・セックスドールに中国男性は夢中 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年8月25日号(8月18日発売)は「コロナストレス 長期化への処方箋」特集。仕事・育児・学習・睡眠......。コロナ禍の長期化で拡大するメンタルヘルス危機。世界と日本の処方箋は? 日本独自のコロナ鬱も取り上げる。