<禁固17年を求刑された被告が、実質2カ月で刑期を終えられたウラ事情とは?> インドネシア・カリマンタン島のバリクパパンにある刑務所から8月12日、パプア人の人権・独立活動家のアグス・コサイ氏が国家反逆罪による禁固11カ月の刑期を終えて釈放された。同様の罪で服役していた独立運動活動家のブフタル・タブニ氏ら6人も7、8月に相次いで釈放されており、これで共に裁判を受けていたパプア人活動家と学生の7人は12日のアグス氏を最後に全員が刑期を終えて釈放された。 アグス氏ら7人は2019年にパプア州、西パプア州で発生した反政府抵抗運動を組織・指導したことで国家反逆罪に問われ、同年末までに相次いで逮捕された。公判はパプア地方を遠く離れたバリクパパンの裁判所で行われ、2020年6月17日の判決公判で刑が確定し、現地の刑務所で服役していた。 求刑17年が禁固11カ月の異例判決 このパプア人7人に対する裁判は異例の展開をたどり、インドネシアだけでなく、国際的な人権団体などからも大きな注目を浴びていた。 異例の展開はまず「公判維持のためという治安上の理由」(司法当局)で逮捕されたパプア地方から約2400キロも西に離れたバリクパパンの裁判所で公判がはじめられたこと。 さらに検察側の7人への求刑が禁固5年から最大で禁固17年という長期刑だったのに対し、判決公判で裁判官は「禁固10カ月から11カ月」という検察側の求刑を大幅に下回る実刑判決を下したことである。 こうした異例の展開の背景には、治安上の理由を盾に遠隔地で厳罰を求める治安当局と、新型コロナウイルス対策に全力を挙げている最中に独立運動など他の深刻な問題を抱えたくないというジョコ・ウィドド政権の思惑などの交錯があったと指摘されている。 7人のパプア人はそれぞれ禁固10カ月から11カ月の判決に未決拘留期間を算入した結果、逮捕時期の違いから7月から順次、刑期を満了して釈放された。著名な独立解放組織の指導者で検察側が最も重い禁固17年を求刑していたブフタル・タブニ氏も禁固11カ月を終えて8月の第1週に釈放され、アグス氏が最後の1人となっていた。(関連記事:「インドネシア、国家反逆容疑パプア人に禁固11カ月の判決 求刑17年がなぜ?」) ===== 独立記念日の差別発言がきっかけ 2020年4月には首都ジャカルタの地方裁判所で同じような国家反逆罪に問われた別のパプア人活動家など6人に対する有罪判決が下されたがいずれも軽い刑期で5月には全員が釈放されている。 バリクパパン裁判所での7人、ジャカルタ地裁での6人のいずれもが問われた国家反逆罪は、2019年8月17日に東ジャワ州の州都スラバヤで発生したパプア人への「差別発言」がその端緒となっている。 8月17日はインドネシアの独立記念日で、その重要な国民の祭日にスラバヤ市内にあるパプア人大学生寮で国旗が側溝に投げ捨てられたとの偽情報に基づき警察部隊が寮に踏み込み、パプア人学生を連行する事態が起きた。 この際、連行されるパプア人学生に対して警察官や周辺の住民が「ブタ」「イヌ」「サル」などという差別発言を繰り返し発したことがインターネット経由でたちまち全国に拡散し、各地でパプア人による「差別発言撤回」のデモや集会が連続して発生する事態に発展したのだった。 ジャカルタ地裁で有罪判決を受けた6人は大統領官邸前でのデモの際、掲揚・所持が禁止されているパプア独立の象徴の「モーニングスター(明けの明星)旗」を掲げて、パプア独立の是非を問う住民投票の実施を呼びかけたことが国家反逆罪に問われた。バリクパパンの7人は、パプア地方での反政府、独立要求などのデモや集会を組織したことが国家反逆罪に問われていた。 差別発言に端を発した抗議運動はパプア州の一部都市では尖鋭化して暴動にまで発展、約40人が死亡して多数が負傷する騒乱にまで悪化した。事態を重視した治安当局は軍、警察から約3000人をパプア地方に増派して治安維持に当たらざるを得なくなった。 今後の活動継続を釈放直後に表明 12日にバリクパパンで釈放されたアグス氏はメディアの取材に対して「刑務所も私の独立と自由を求める闘争心を挫けさせることはできなかった。そういう意味で刑務所は無料のホテルのようなものだった」としたうえで「これからもパプア人として自由を求める闘いを続けていきたい」と今後も運動を継続する強い意志を表明した。 アグス氏によるとバリクパパンで服役した7人のパプア人活動家と学生は「全員が独立運動のために有罪判決を受けて服役したことを喜んで受け入れており、我々の自由と独立を求める意思は変わらない。 パプアには金などの豊かな地下資源や自然にあふれた森林があり、十分に独り立ちできる環境にある」として最終的には住民投票によるインドネシアからの分離独立を目指すことを改めて表明した。 アグス氏をはじめとするパプアの各種人権団体、学生組織はまず現地に増派された約3000人の治安部隊の即時撤収を求めている。しかし軍や警察は「独立組織の治安攪乱で現地住民や非パプア人の安全が脅かされている」として撤収どころか、中部山間部などで武装組織の掃討作戦を継続中であり、武力衝突によるパプア人殺害やパプア人住民への人権侵害が相次いで報告されているという。 新型コロナウイルスの感染者、死者が一向に減少しないインドネシアだけに、ジョコ・ウィドド大統領は現在感染防止策で手一杯の状況にある。その隙に乗じた独立組織の活動活発化や治安当局による掃討作戦強化の懸念も高まっており、広大なインドネシアの東端では緊張が増しているという。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など 【話題の記事】 ・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・新たな「パンデミックウイルス」感染増加 中国研究者がブタから発見 ・韓国、ユーチューブが大炎上 芸能人の「ステマ」、「悪魔編集」がはびこる   ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年8月25日号(8月18日発売)は「コロナストレス 長期化への処方箋」特集。仕事・育児・学習・睡眠......。コロナ禍の長期化で拡大するメンタルヘルス危機。世界と日本の処方箋は? 日本独自のコロナ鬱も取り上げる。 ===== 釈放されたアグス氏の声明 釈放されたアグス氏は今後も運動を継続する強い意志を表明した。 Nayak Papua / YouTube 【話題の記事】 ・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・新たな「パンデミックウイルス」感染増加 中国研究者がブタから発見 ・韓国、ユーチューブが大炎上 芸能人の「ステマ」、「悪魔編集」がはびこる