<長期独裁政権の不正選挙にベラルーシ国民の怒りが爆発──退陣は秒読みだが、勢いのあるチハノフスカヤはあくまで「暫定指導者」。権力の空白につけ込む存在とは> あいつは終わりだ! この状態から復活するのは誰であっても不可能だろう──。 暗号化チャットアプリで、そんなメッセージが筆者の元に届くようになったのは、8月9日のベラルーシ大統領選の約1週間後のこと。「あいつ」とは、今回6選を決めたとされるアレクサンドル・ルカシェンコ大統領のことだ。 選挙は、逮捕された反体制活動家の夫の代わりに出馬した英語教師のスベトラーナ・チハノフスカヤ(37)と、ルカシェンコの一騎打ちだった。10日午前に選挙管理当局がルカシェンコの勝利を発表すると、多くの市民が不正選挙だと抗議してデモを始めた。 治安部隊が出動して沈静化が図られたが、抗議の声は大きくなるばかり。そこで16日、ルカシェンコは数百人規模の集会を開いて、自らの人気を証明することにした。だがその光景は、どこか現実離れした滑稽なものだった。 「自由が欲しいか?」 「ノー!」 「変化が欲しいか?」 「ノー!」 「改革が欲しいか?」 「ノー!」 独裁体制は、はたから見ると滑稽なことが多い。恐怖政治によって覆い隠されているが、人々が恐れるのをやめると、滑稽さだけが残る。そのときが終わりの始まりだ。 ルカシェンコは、17日にも首都ミンスクのトラクター工場で演説をしたが、逆に労働者の激しいやじを浴びた。ごく最近まで「ヨーロッパ最後の独裁体制」と呼ばれ、難攻不落に見えた政権に、いったい何が起きたのか。 ソ連解体により独立国家となったベラルーシで、ルカシェンコが初代大統領に就任したのは1994年のこと。以後、ベラルーシでは今回を含め計5回の大統領選が行われてきたが、いずれもルカシェンコが勝利を収めた。 ただし、これまでは比較的難なく勝利を収めてきたルカシェンコだが、今回は違った。それは、チハノフスカヤが従来の候補者とは大きく異なる公約を掲げたから、そして国民が26年に及ぶルカシェンコ体制に辟易していたからだ。 選挙監視員を閉め出し 投票日が近づくにつれて、チハノフスカヤ旋風が勢いを増していることは、誰の目にも明らかだった。それなのに当日、投票時間が終了するや否や、ルカシェンコが得票率80%で「当確」とする出口調査が発表された。チハノフスカヤの得票率はわずか10%だという。 このあからさまな不正が、市民の不満を爆発させた。ルカシェンコの得票率が55%とか45%とされていたら、状況は違っていたかもしれない。 【関連記事】ロシアがベラルーシに軍事介入するこれだけの理由 【関連記事】ベラルーシ独裁の終わりの始まり──新型コロナがもたらす革命の機運 ===== 「欧州最後の独裁者」ルカシェンコは退陣を免れないとみられるが REUTERS 「インチキ選挙だ。誰もが分かっていた」と、35歳の企業経営者イナは16日、チャットアプリで筆者に書いてきた。 イナは今回の選挙で独立選挙監視員に選ばれていた。当然、投票日は地元の投票所で投票や集計を監視するものと思っていた。ところが当日、会場の小学校に行ってみると、中には入れないと言われた。 「腹立たしかった」と、イナは振り返る。「仕方がないので、私たちは小学校の外に立って、投票所に入っていく人たちを数えた。その多くが、チハノフスカヤに投票したと言っていた」 誰に投票したかは言わないが、現体制に反対であることを示す白いブレスレットを着けている有権者もいた。「全部合わせると、少なくとも投票に来た人の45%以上がチハノフスカヤに投票したと思う。もちろん誰に投票したか悟られないようにして、チハノフスカヤにした人もいるだろう。それなのに、ルカシェンコの得票率が70%だなんて、明らかに嘘だ。私はこの目で見たんだから」 「ルカシェンコが敗北したことは明らかだ」と、イナは続けた。「あらゆる選挙区で同じことが起きた。私のような目撃者が何千人もいる」 だから人々は声を上げた。ベラルーシの人々が、これほどまでに結束して、政府に反対の声を上げたのは初めてだ。そして政府は、その声を力で抑え込むことに決めた。 ニキータ(24)はメッセージアプリのバイバーを通じて、自分は週に6日働く普通の市民だと自己紹介をした。 筆者が話を聞いた人の大半と同じように、彼も今回の選挙までは、政治に積極的ではなかった。しかし、チハノフスカヤは彼の心を捉えた。彼女は若く、カリスマ性があり、変化への切なる思いを明快に訴え掛けてくる。 ニキータたち数百万人が1票に希望を託し、息をのんでその時を待った。 開票速報を聞いて、ニキータは到底、信じられなかった。8月9日の夜、彼は数千人の市民と共に街頭で抗議の声を上げた。2昼夜にわたり、閃光手榴弾やゴム弾に耐えた。「彼らはデモ隊を制圧しようとした。市民社会に対する露骨な攻撃だった」 クリミア半島併合の悪夢 8月11日の夜、ミンスク中心部のクンチェフスカヤ駅に向かって歩いていたニキータは、民警特殊部隊(OMON)のトラックに押し込まれた。オクレスティナ通りの拘置所に到着するまで、彼らはニキータを殴打した。拘置所に入ると、約60人の拘留者と共に、ひざまずいたまま30分間、警棒で殴られ続けた。 ニキータはいかさまの裁判で13日間の禁錮刑を言い渡され、刑務所に移送されて、結局1日後に釈放された。 外に出ると、刑務所の周囲に群衆が集まっていた。食べ物や毛布を持ち寄り、釈放される仲間を待っていたのだ。ニキータは拍手で迎えられ、英雄とたたえられた。 「ベラルーシ社会の連帯を示していた。このとき、勝利を確信した。私たちが実現できることに限界はない!」 【関連記事】ロシアがベラルーシに軍事介入するこれだけの理由 【関連記事】ベラルーシ独裁の終わりの始まり──新型コロナがもたらす革命の機運 ===== この1週間余りで話を聞いた人の大半が、自分たちの勝利を確信していた。そして、ニキータのような人たちが拷問の傷痕も生々しく釈放され始めると、人々は決意を固めた。6700人以上が逮捕された。行方が分からない人もいる。ルカシェンコは退陣するしかなさそうだ。 ただし、油断はできない。今から約6年前、筆者はウクライナの首都キエフの独立広場で起きた抗議活動の余波を取材した。親モスクワ派の指導者を退陣させた国に、ロシアが軍隊を投入する様をこの目で見た。 クレムリンは裏庭の警戒を怠らない。ロシア連邦には数多くの共和国があり、それぞれが分離主義者の野望を抱えている。キエフの次はミンスクか? チェチェンか? ダゲスタンか? もっとも、ベラルーシとウクライナは事情が異なる。ウクライナでは、モスクワが代理政党や役人、経済界、メディアに勢力を築いていた。 ウラジーミル・プーチン大統領がウクライナ南部のクリミア半島を併合して東部に進出した際は、親ロシア派のネットワークを頼りにできた。さらに、ウクライナ、特にクリミアを分断している民族対立も利用できたが、そのような要素はベラルーシにはない。 ベラルーシの反体制活動家フラナク・ビアチョルカは、ロシアの侵攻はいかなる形でも、多くの抵抗を招くだろうと語る。「ロシアの完全な支配を支持する人はいない。ルカシェンコもそれを理解していて、ロシアによる統合のプロセスを遅らせてきた」 とはいえ、状況は依然として緊迫している。チハノフスカヤは治安部隊から圧力を受けて隣国リトアニアに逃れたが、少なくとも言葉では、革命の機運を率いている。 危険過ぎる政治的停滞 ルカシェンコが現実に失脚しつつあるとしたら、権力の空白が生まれようとしている。その空白を反体制派が掌握できなければ、ロシアに奪われるか(軍事侵攻抜きの政治的な影響力だけでも、十分に可能だ)、ベラルーシの暴力的なエリート層、おそらく治安部隊が制するだろう。 チハノフスカヤには勢いがあるが、彼女は政治家ではない。自分は暫定的な指導者として、新たに行う公正な選挙を監督するだけだと明言しており、現在は国外にいる。 ここに危険な政治的停滞が生まれつつある。それを解決するには、抗議活動が新たな選挙を実現させるか、ロシアが介入するしかないだろう。 「この状況が何週間、何カ月と続く可能性がある」とビアチョルカは言う。「時間がたつほど、ロシアが支配権を奪いやすくなって、誰も望んでいない状況になる」 From Foreign Policy Magazine <2020年9月1日号掲載> 【関連記事】ロシアがベラルーシに軍事介入するこれだけの理由 【関連記事】ベラルーシ独裁の終わりの始まり──新型コロナがもたらす革命の機運 【話題の記事】 ・12歳の少年が6歳の妹をレイプ「ゲームと同じにしたかった」 ・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず ・異例の熱波と水不足が続くインドで、女性が水を飲まない理由が悲しすぎる ・介護施設で寝たきりの女性を妊娠させた看護師の男を逮捕 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年9月1日号(8月25日発売)は「コロナと脱グローバル化 11の予測」特集。人と物の往来が止まり、このまま世界は閉じるのか――。11人の識者が占うグローバリズムの未来。デービッド・アトキンソン/細谷雄一/ウィリアム・ジェーンウェイ/河野真太郎...他