<民主党は党大会で姑息な選挙戦略を否定し、アメリカの理念と社会正義を真っ向から訴えた> 前回の大統領選で、なぜ民主党は惨敗したのか。いわゆる激戦州で、伝統的な民主党支持層(工場労働者など)から見放されたのが直接の敗因だったことは間違いない。 では、なぜ彼らは民主党を見限ったのか。よく言われた解釈はこうだ。彼らは経済的にすっかり疲弊していた。そして白人キリスト教徒で異性愛の男性が享受する権利を歴史的にも社会的にも享受できなかった人たちを擁護すべきだという、いわゆる「アイデンティティー政治」にもうんざりしていた。その不満のはけ口を求めて、彼らはあの救い難い詐欺師に一票を投じたのだと。 しかし民主党は8月後半の全国大会で、この種の解釈をきっぱり拒否した。大統領選に勝ちたければ、民主党は「公正さ」へのこだわりを捨てるべきだという誤った主張にくみしなかった。そして特定の層におもねることなく、全てのアメリカ人の立場を代弁する道を選んだ。 およそ一貫性を欠くドナルド・トランプの政治に唯一変わらぬものがあるとしたら、それは白人ナショナリズムと金権政治の融合だ。トランプ政権と議会共和党は、誰かを悪者に仕立てるというポピュリズム(大衆迎合主義)の使い古された手法で国民の目をそらし、ひたすら大企業と超富裕層の目先の利益を追求するために連邦政府を利用してきた。結果として経済的な格差は一段と広がり、この国の未来は暗くなった。 こうした手法の邪悪さは、今さら言うまでもない。しかもトランプと共和党はモラルなき道を進むことを選び、道徳的に堕落している。 民主党はそこを突いた。今度の全国大会では、雇用の創出や農家・中小企業の支援、医療や教育における機会均等といった家計に直結する問題が大きく取り上げられた。正式に民主党の大統領候補となったジョー・バイデンも、コロナ危機とその経済的打撃からの復興を掲げ、「一歩進んだ再建」の必要性を訴えた。 オバマが訴えたこと 一方、外交政策や安全保障の問題に関しては、民主党のメッセージは明確で予想どおりだった。トランプは国内外で統治責任を放棄してきたと非難しつつ、バイデンは自身の長い政治経験と豊富な人脈を強調し、アメリカの繁栄と安全を約束した。 やや意外だったのは、民主党が人種、社会、環境問題における正義の実現を今まで以上に強調したことだ。演説者の誰もがアメリカ社会の分断を指摘し、団結が必要だと訴えていた。 【関連記事】トランプはもう負けている?共和党大会 【関連記事】副大統領候補ハリスが歩み始めた大統領への道 バイデンが期待する次世代政治家の「力」 ===== しかし、大同団結のために人種や社会的正義に関わる諸問題を後回しにするという妥協策は取らなかった。ビデオを通じてスピーチした各州の代表たちは、人種的・経済的な正義の実現に取り組むことこそアメリカ社会の団結を回復する唯一の道であり、そうしてこそ未来に希望を持てると主張した。 そして人種差別の撤廃や銃規制の必要、気候変動問題の重要性、家庭内の育児や介護労働に正当な報酬が支払われるべきことを再確認し、こうした進歩的な政策課題をアメリカ社会の再生という大きな約束に合体させた。 アメリカ社会の再生。それは壮大な約束だが、優れて保守的な主張でもある。その証拠が、バラク・オバマ前大統領のビデオ演説だ。 憲法発祥の地であるペンシルベニア州フィラデルフィアから中継で演説したオバマは、冒頭で憲法を引き合いに出し、アメリカの建国時の価値観と民主主義の可能性を賛美して弱者を鼓舞する一方、無関心な人々を断罪した。そして分断を終わらせるという公約をいま一度信じてほしいと、最高に愛国的なメッセージを送った。 つまり民主党が選んだのは激戦州の有権者向けのアピールではなく、アメリカの現実を理想に一致させるという約束だった。それは工場を解雇された中西部の白人失業者にも沿岸部の底辺で働く黒人労働者にも、アメリカ建国の道徳的大義と恩恵をもたらすという約束だ。 トランプはアメリカ社会の制度とイメージを大きく損ねた。今こそ建国の精神に立ち返り、誰にとっても公平な国を築こう。そうすれば明るい未来と国際社会の支持を得られる──民主党はそう訴える。 世界から尊敬され、不本意ながらも一目置かれるアメリカは、もともとそんな国だった。独裁者やポピュリストが最も恐れるのは、アメリカが民主的な諸制度を尊重し、伝統的な価値観で困難に立ち向かう姿を見せ、結果として世界中で多元的な民主主義への期待が高まる事態だ。 お株を奪われた共和党 民主党全国大会で最も印象的だったのは、この党が一貫して移民・難民の受け入れ支持を打ち出したことだ。 トランプが自身の強みと考えている公約の柱は移民規制だ。トランプは前回の大統領選で人種差別的な反移民路線を表明して以来、国民の反移民感情を利用してきた。 対して今年の民主党は、移民受け入れの姿勢を鮮明に打ち出した。中小企業の支援や医療問題に関する公約の解説動画にも多くの移民が登場した。大統領候補指名の際も、多くの州で移民2世、3世が予備選の結果を読み上げ、雄弁にスピーチした。真打ちはバイデンの副大統領候補に正式指名されたカマラ・ハリス上院議員で、自分は移民の両親の下に生まれた黒人女性だと語り掛けた。 【関連記事】トランプはもう負けている?共和党大会 【関連記事】副大統領候補ハリスが歩み始めた大統領への道 バイデンが期待する次世代政治家の「力」 ===== 民主党は、トランプがモンスター扱いしてきた移民たちの人間性を伝え、建国時の理想の実現に取り組むという約束と移民・難民の受け入れを結び付けた。 1989年、ロナルド・レーガンは大統領として最後の演説で、植民地時代のマサチューセッツの初代総督ジョン・ウィンスロップがアメリカの理想を示した「光り輝く丘の上の街」というスピーチを引用した。「今年の冬の夜、この街はどうなっているだろう。......200年の歳月を経ても、街はいまだ堅固な岩の尾根に揺るぎなく立ち、いかなる嵐の中でも輝き続けている。そして今なお灯台となり、自由を求める全ての人々、失われた場所の暗闇を走り抜けながら安住の地へと向かう旅人たちを引き寄せている」 この理想を、いま掲げているのは共和党ではない。生まれ変わった民主党だ。 From Foreign Policy Magazine <本誌2020年9月1日号掲載> 【関連記事】トランプはもう負けている?共和党大会 【関連記事】副大統領候補ハリスが歩み始めた大統領への道 バイデンが期待する次世代政治家の「力」 【話題の記事】 ・12歳の少年が6歳の妹をレイプ「ゲームと同じにしたかった」 ・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず ・異例の熱波と水不足が続くインドで、女性が水を飲まない理由が悲しすぎる ・介護施設で寝たきりの女性を妊娠させた看護師の男を逮捕 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年9月1日号(8月25日発売)は「コロナと脱グローバル化 11の予測」特集。人と物の往来が止まり、このまま世界は閉じるのか――。11人の識者が占うグローバリズムの未来。デービッド・アトキンソン/細谷雄一/ウィリアム・ジェーンウェイ/河野真太郎...他