<2008年の経済危機後、英語使用は減少したが、「グローバル化が進み、ますます英語を使う機会が増える!」という声一色だった。おそらく今回も「英語熱」の感染拡大は続くが、それでいいのか。本誌「コロナと脱グローバル化 11の予測」特集より> 英語使用・英語教育の観点から、グローバル化の行方を考えたい。英語使用ニーズを研究してきた筆者からすると、コロナ禍は英語関連業界への逆風となるだろう(英語嫌いの人には福音かもしれないが)。ニーズが減るのはほぼ確実だからだ。 仕事で英語が必要になるか否かはさまざまな要因に左右される。注目されがちなのは、英語学習に対する各人の意欲や英語力などだろう。一方で社会的条件も重要で、その代表選手が訪日外国人と国際貿易の状況である。外国人を接客する機会や海外顧客との取引が増えるほど、英語でやりとりすることになるからだ。 興味深い例が2008年の経済危機による意外な影響である。世界的不況の結果、日本の貿易額・訪日外国人数が急減し、日本人の英語使用を減少させたのだ。06年と10年の英語使用率の統計を比較すると、10年のほうが有意に低い(拙著『「日本人と英語」の社会学』第9章参照)。 減った記憶などないと言う人もいるだろうが、全体では5%程度の減少だったので、正確にそれを感知できないのは無理もない。当時も今も「グローバル化が進み、ますます英語を使う機会が増える!」という(データの裏付けのない)声一色なので、むしろ年々英語使用が増えていると錯覚しやすいのだ。 現在のコロナ禍には、英語使用を減らす条件にあふれている。まず、周知のとおり、訪日外国人数は、「急減」という表現では足りないくらい大きく減った。貿易額も大きく減少しており、今後、00年代終盤を超える貿易低迷が待っているかもしれない。以上を踏まえると、少なくとも数年間、日本人が英語を使う機会はほぼ確実に減少する。 「わが国も遅れまい」の意識 だが英語を熱心に使ってきた人や英語教育を生業にしている人が過度に悲観する必要はないだろう。海外の取引相手が突然消滅したり、英語学習者が急減したりするわけでもない。たまたま英語を使っていた、いわば「浮動層」の英語使用率が大幅に下がるのであり、「英語コア層」への影響は小さいと考えられる。 コア層にとってもう1つ福音がある。情報技術の進展が海外の人々とのコミュニケーションをいっそう促進する可能性があることである。にわかに脚光を浴びたオンライン会議システムがその代表例である。むしろこれまで接触できなかった海外顧客にもアクセスできるようにさえなるかもしれない。 【関連記事】日本人の英語が上手くならない理由 『日本人の英語』著者が斬る30年間の変遷 ===== とはいえ、技術の目覚ましい発展は、同時に革新的な機械翻訳を生みつつある。そのため、中長期的にはむしろ個人の英語習得が(少なくとも単純事務作業レベルでは)あまり意味のないものになる可能性すらあり、今後の動向は未知数である。 グローバル化時代に英語は不可欠だという掛け声のもと英語教育が推進されているが、実は英語の必要性と英語教育は完全には連動していない。00年代終盤、英語使用ニーズは世界的に大きく落ち込んだはずだが、英語教育にブレーキを踏む国は現れなかった。また、早期英語教育を始めるだけでは英語力が向上しないことは研究者の間では定説化しているが、そうした知見に耳を貸した国はほぼ皆無だ。日本も今年4月から、小学校で教科の英語が始まっている。 日本を含む多くの国が、英語使用ニーズや研究知見に基づき早期英語教育を推進しているのではなく、むしろ「わが国も遅れまい」とばかりに、他国をまねているだけの面が強い。ある国の政策が国境を越えて伝播するという意味で、これも教育のグローバル化の一種である。 実際のニーズがどうであれ、官民共に英語熱が冷めることは当分の間ないだろう。とはいえ、「隣の芝は青い」とばかりに英語熱が世界中に広がるのは、いかにも皮肉な「グローバル化」であるが。 <2020年9月1日号「コロナと脱グローバル化 11の予測」特集より> 【話題の記事】 ・日本人が知らない「品格の英語」──英語は3語で伝わりません ・コロナでグローバル化は衰退しないが、より困難な時代に突入する(細谷雄一) ・「Be Careful to Passage Trains」日本の駅で見つけた妙な英語 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年9月1日号(8月25日発売)は「コロナと脱グローバル化 11の予測」特集。人と物の往来が止まり、このまま世界は閉じるのか――。11人の識者が占うグローバリズムの未来。デービッド・アトキンソン/細谷雄一/ウィリアム・ジェーンウェイ/河野真太郎...他