<昨年1月に続き今回も女性が実行犯。未然に防げなかった理由にはイスラム教の教義も関係するという> フィリピン南部スールー州ホロ島のホロ市中心部で8月24日に発生した連続自爆テロ事件。犯行への関与が濃厚とされるフィリピンのイスラム教テロ組織「アブ・サヤフ」の爆弾製造専門家で、今回自爆テロ犯が使用した爆弾の製造にも関わったとされるムンディ・サワジャン容疑者は、仲間のインドネシア人爆弾専門家2人とともにすでにホロ島から脱出している可能性が高いことが分かった。 サワジャン容疑者は「アブ・サヤフ」のメンバーの中でも最重要指名手配の1人。24日の事件発生後に陸軍、国家警察などがホロ市周辺をはじめとするホロ島全域に敷いた特別警戒・捜査網をかいくぐって、インドネシア人の仲間2人と一緒にすでに脱出したか、事件発生直前にすでにホロ島から移動していた可能性が国家情報調整庁(NICA)によって指摘されている。 NICAがミンダナオ島のスールー州に近いサンボアンガ州のサンボアンガ市長などにおこなった説明によると、サワジャン容疑者の逃亡先としてホロ島北東のバシラン島やサンボアンガ市方面などが考えられるとしている。 24日の自爆テロ発生を受けてフィリピンと海を隔てるマレーシアはボルネオ島周辺海域での警戒監視を強化して、フィリピンから海路密航や脱出を試みる「アブ・サヤフ」関係者の入国阻止に全力を挙げていることなどから、マレーシア領への逃亡は現時点では可能性は低いと治安当局ではみているという。 マラウィ市武装占拠残党リーダーの甥 フィリピン治安当局や情報機関によるとサワジャン容疑者は、2017年5月から10月までミンダナオ島南ラナオ州マラウィ市を武装占拠した中東のテロ組織「イスラム国(IS)」シンパや地元反政府武装勢力などの残党を率いてフィリピン南部で活動中とされるハティブ・ハジャン・サワジャン容疑者の甥とされる人物である。 2019年1月にホロ市内で起きたインドネシア人夫妻によるキリスト教会での連続自爆テロの際に使用された爆弾製造にも関与するなど「アブ・サヤフ」の活動拠点を転々としながら爆弾の製造とテロ支援をしてきたといわれる。 24日に発生した連続自爆テロで最初の現場となった食料品店兼食堂「パダイス」の表通りに面した場所に爆発後クレーターができていたことから、その場所で容疑者が自爆したとみられ、使用された爆弾の強い威力から治安当局は事件発生直後から「このような強力な爆弾を製造できる人物はこの地域ではサワジャン容疑者以外には考えられない」としてその身柄を確保するために捜査網が敷かれていた。 サワジャン容疑者に関しては6月29日にその身柄確保を目指して捜査に向かおうとしていた陸軍の私服諜報部員4人が、ホロ市内の路上で「テロリストと誤認」したとされる警察官9人によって一方的に射殺される事件も起きている。 ===== さらなる自爆テロへの警戒強化 フィリピン捜査当局によると、今回の連続自爆テロは2件とも女性テロリストが実行犯との見方が強まっている。「アブ・サヤフ」などのイスラム教テロ組織が自爆テロ、それも女性の自爆テロ犯による犯行を画策する背景には「イスラム教徒の女性の身体検索、ボディチェックがイスラムの教義上難しい」という宗教上の課題がある、と指摘する。 イスラム教徒は犬を嫌悪するため、爆弾探知や麻薬探知のために特別な訓練を受けた犬が身体や荷物を接近して嗅ぎまわることすら「教義上好ましくない」とされている。ましてイスラム教徒の女性の体を男性が手で触れて身体検査をしたり、服装を脱がせたりまくり上げたりすることを命じることは「拒否されてもやむを得ない」と解釈されているのだ。 こうした宗教上の理由を逆手にとってイスラム教徒の女性を自爆テロ犯に仕立てるやり方は「姑息で卑怯な方法」と部外者には映る。しかしイスラム教組織の中では、いずれも身内が自爆テロや軍との交戦で死亡した「テロ未亡人」が選抜されていることから、単に「女性」であることに加えて「報復」や「聖戦」というイスラム教的な重い意味づけを与えられたうえでの納得した犯行とされている。 こうした事態を受けてルソン島のマニラ首都圏でも24日の事件以後、コロナウイルスの感染予防のための防疫地区の警戒に加えて、テロへの特別警戒も始まるなどフィリピン国内にはテロ警戒ムードが広がっている。 事件が発生したスールー州全域に関して陸軍のソベハナ司令官は「地域限定の戒厳令を発令するべきだ」との考えを明らかにし、大統領府によるとドゥテルテ大統領も「スールー州への戒厳令」を前向きに検討していることを明らかにしている。 爆弾専門家3人で潜伏行動、テロ準備か すでにホロ島を脱出したとみられているサワジャン容疑者と行動を共にしている2人の爆弾専門家はNICAなどによるといずれもインドネシア人で、アンディ・バソ容疑者(推定年齢17~25歳)と女性のレスキ・ファンタシャ容疑者(同17~22歳)とみられている。2人は夫婦で、レスキ容疑者は2019年1月のホロ市内教会で自爆したインドネシア人夫妻の娘という。 この3人は一応爆弾製造専門家とはされているが、レスキ容疑者はそうした自爆テロ犯の娘という立場から「次の自爆テロ実行予備軍」との見方も強く、テロが実行される前にいかなる手段を講じてもその居場所を特定して拘束、逮捕あるいは殺害することが「さらなる自爆テロを未然に防ぐ最善策」として、必死の捜索が続いているという。 このため戒厳令布告も視野に入れた徹底的な対テロ作戦が、マレーシアにも通じるスールー海やインドネシア領海につながるセレベス海、さらにサンボアンガ半島があるミンダナオ島など各地において厳戒態勢の中で現在も続いている。一般市民も不審者、不審物などの情報提供に協力を要請されるなどフィリピン南部地域ではテロへの警戒感が一層高まっているという。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など 【話題の記事】 ・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・韓国、新型コロナ第2波突入 大規模クラスターの元凶「サラン第一教会」とは何者か ・韓国、ユーチューブが大炎上 芸能人の「ステマ」、「悪魔編集」がはびこる   ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年9月8日号(9月1日発売)は「イアン・ブレマーが説く アフターコロナの世界」特集。主導国なき「Gゼロ」の世界を予見した国際政治学者が読み解く、米中・経済・テクノロジー・日本の行方。PLUS 安倍晋三の遺産――世界は長期政権をこう評価する。 ===== 監視カメラが捕らえた爆発の瞬間 フィリピン南部スールー州ホロ島のホロ市中心部で8月24日に発生した連続自爆テロ事件のようす ABS-CBN NEWS/ YouTube