<妹・金与正らに一部権限を委譲したと報じられ、健康不安説も付きまとう最高指導者・金正恩の真の狙いはどこに> 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が権限の一部を最高幹部5人に委譲した──来年1月に5年ぶりとなる第8回党大会の開催が予定され、国外で健康不安説が根強くささやかれる金をめぐって、そんな報道が浮上している。 国内外でいくつもの困難に直面する強硬な核保有国、北朝鮮において問題の5人は今後、より大きく、より独立した役割を担うことになるかもしれない。 金の「昏睡状態」説が、韓国の金大中(キム・デジュン)元大統領の政治顧問だった張誠珉(チャン・ソンミン)によって広まったのは8月21日のことだ。その主張は韓国の情報機関、国家情報院が前日に非公開で報告した内容とは一致していなかった。報告では金の体調に異常な点があるとはされていないと、その内容に精通する韓国議員らは言う。 とはいえ張と国家情報院の見方が一致する点が、少なくとも1つある。すなわち、金の妹である金与正(キム・ヨジョン)の存在感と権力が増している、と。 国家情報院はその報告で、新たに権限を付与された者として、金与正に加えて4人の人物を挙げた。一方で来年1月の党大会開催を前に、国際社会の経済制裁、洪水被害や飢饉、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)による打撃を克服すべく、金は新たな経済5カ年計画の策定を進めている。 初の女性指導者誕生か 専門家によれば、こうした動きは金の早期の退任を示唆するわけではない。国家情報院の報告では、金与正が「国務全般」の運営を任されたとみる。北朝鮮が歴史的な転換を行い、現在は停滞する対米・対韓政策もその一環だ。この数カ月、金与正は兄の代理として、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領やドナルド・トランプ米大統領に向けた公式声明を発表している。 金きょうだいの末っ子である金与正は父親の金正日(キム・ジョンイル)の下で活動し、2011年の父の死後に兄が後継者に就任して以来、着実に地位を上げてきた。現在は朝鮮労働党中央委員会第1副部長を務め、その血統を理由に次期指導者候補と見なす向きもある。それが現実になれば、伝統的に男性中心の軍事的国家である北朝鮮にとって抜本的な変化となるだろう。 金与正は朝鮮労働党の中核的機関、組織指導部で大きな権力を握っていると考えられると、韓国の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防相は8月25日に語った。 ===== 左から李炳鉄、朴奉珠、金正恩、崔竜海、金徳訓 KCNA-REUTERS また報道によれば、閉鎖的な北朝鮮経済については、朴奉珠(パク・ポンジュ)国務委員会副委員長と、首相に新任した金徳訓(キム・ドクフン)がより大きな発言権を与えられた。 過去に首相を2度務めた朴は、崔竜海(チェ・リョンヘ)最高人民会議常任委員会委員長に次ぐ序列3位とされる。金銭をめぐる不正行為や、金正恩の処刑された叔父、張成沢(チャン・ソンテク)との親密な関係を理由に懲戒処分を受けたと噂されたこともあるものの、産業界や労働部門で長らく経験を積んできた人物だ。 国家的重要度の高い職場の現地視察など、今や朴は目に見える役割を担っている。8月25日には「共同現地指導」を行うべく、石炭ガス化事業であるC1化学工業の建設現場を金徳訓と訪れた。 議会予算の監督を担当したこともある金徳訓の主な役目は、内閣の長として経済を運営することだ。最高意思決定機関である朝鮮労働党中央委員会政治局常務委員会の一員にも選ばれ、朴、崔、李炳鉄(リ・ビョンチョル)朝鮮労働党中央軍事委員会副委員長、最高指導者の金と肩を並べることになった。 国家情報院の報告によれば、より広範な軍事権限を手にしたのが李と崔富日(チェ・ブイル)党中央委員会軍事部長だ。 近年の李の昇格は兵器実験の成功と密接な関係にあり、過去の重要な発射実験では金と抱き合う李の姿が確認されている。北朝鮮が2018年初めに韓国やアメリカとの交渉路線に舵を切って以来、元空軍司令官の李の存在感は薄くなる一方だったが、朝鮮半島の緊張状態復活で第一線に復帰し、その勲章の数はさらに増えたように見受けられる。 別の強みもあるようだ。大方の見方では、李は金の妻、李雪主(リ・ソルジュ)の父親か祖父、またはおじだという。一方、北朝鮮の警察を管轄する社会安全省(旧・人民保安省)を率いた崔富日は、金のバスケコーチだったと報じられている。 韓国の国家情報院が非公開で行った報告には、韓国の各党議員が参加した。彼らはメディアに対して、あらゆる点から考えて金は今も絶対権力者として盤石な地位を保ち、正式な後継者の存在は確認されていないと強調している。 父とも祖父とも違う男 36歳の若き指導者である金は珍しいことに、「予想外かつ不可避な課題」に直面し、現行の経済5カ年戦略には「至らない点」があると、8月19日に開催された党中央委員会総会の演説で認めた。 しかし、この率直な姿勢は金への個人崇拝の衰えを示す兆候ではなく、妹をはじめとする最高幹部らに権力を譲る意向の表れですらない。 ===== 歴史を振り返れば、独裁的な支配者の座を側近や肉親に継がせる試みはどう見ても、成功例ばかりとは言い難い。 中国では1976年の毛沢東の死を受けて、毛の妻をはじめとする「4人組」が後を継ごうとした。だが毛の死後1カ月もたたないうちに全員が逮捕され、文化大革命がもたらした混乱と流血の責任を問われることになった。 ただし、北朝鮮独自の歴史を考えると、金の行動の受け止め方には別の「根本的な問題点」がある。北朝鮮の情報分析サイト、38ノースのアナリストであるマイケル・マッデンはそう指摘する。 「この10年間、北朝鮮の指導者は金正日でも金日成(キム・イルソン)でもないことに、数多くの北朝鮮ウオッチャーが気付いていない」と、マッデンは本誌に語った。「彼は先任者らと異なるやり方をするのだ」 それでも金が第8回党大会に向けた準備を進めるなか、最高幹部の役割の変化に注目が集まる可能性は高い。北朝鮮で党大会が開かれるのは、2016年5月以来のこと。この年まで、党大会の開催は1980年を最後に途絶えていた。 困難には慣れっこの北朝鮮にとっても、次回の党大会は経済的苦境や公衆衛生上の懸念、自然災害が重なったとりわけ厳しい状況下で開かれるものになる。そうした現状を受けて、北朝鮮では自主独立を説く主体(チュチェ)思想に忠実であることが重要だと強調されている。 朝鮮労働党機関紙、労働新聞は8月24日に掲載した記事で、第8回党大会についてこう宣言した。「わが国の発展が直面する厳しい挑戦や障害に打ち勝ち、われわれの革命が新たなレベルに到達する上で記念すべき行事だ」と。 <本誌2020年9月8日号掲載> 【関連記事】金与正に与えられた兄をしのぐ強硬派の役割 【関連記事】文在寅が金与正からぶつけられた罵詈雑言の「言葉爆弾」 【話題の記事】 ・12歳の少年が6歳の妹をレイプ「ゲームと同じにしたかった」 ・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず ・異例の熱波と水不足が続くインドで、女性が水を飲まない理由が悲しすぎる ・介護施設で寝たきりの女性を妊娠させた看護師の男を逮捕 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年9月8日号(9月1日発売)は「イアン・ブレマーが説く アフターコロナの世界」特集。主導国なき「Gゼロ」の世界を予見した国際政治学者が読み解く、米中・経済・テクノロジー・日本の行方。PLUS 安倍晋三の遺産――世界は長期政権をこう評価する。