<金正日のボディガードを務めた脱北者の難民申請がカナダに却下され、韓国に送還されれば命が危ないと訴えている> 北朝鮮の最高指導者・金正恩の父で、2011年に死去した金正日(キム・ジョンイル)の身辺警護をしていた人物がカナダ政府に難民認定を却下され、韓国に送還されれば、殺される危険性があると訴えている。 「カナダが私を韓国に送り返せば、死ぬのは確実だ」 問題の人物は57歳の李英國(イ・ヨングク)は通訳を介してカナダのトロント・スター紙の取材に応じ、脱北して韓国で暮らしていた当時、北朝鮮当局者に誘拐されそうになったと話した。 李が2度目の試みで、中国との故郷を越え、ようやく脱北に成功したのは2000年。その後、韓国に向かい、首都ソウルで暮らしていたが、2016年にカナダで難民申請をするため、妻と2人の子供と共にカナダ最大の都市トロントに渡った。 若き日の李が当時の北朝鮮の最高指導者だった金正日の警護官に抜擢されたのは1978年のこと。10年間その任務に就いた後、1988年から1991年まで軍の顧問を務めた。その後脱北を試みるも、1回目は当局に見つかって、政治犯収容所に送られたと、李はスター紙に語った。 著書で北朝鮮の実態を暴く 「耀徳(ヨドク)収容所では、与えられる食事はわずかで、生き延びるために自力で食料を確保する必要があった。そこで亡くなった囚人仲間を山に運んで埋める作業をやります、と申し出た。囚人たちは身元が分かるようなメモを薬瓶に入れ、自分が死んだらその瓶も一緒に埋めるよう仲間に頼んでいた。私が埋めた遺体だけでも300体を超えた」 韓国にいる間、李は脱北者の人権擁護活動に携わり、そのために北朝鮮指導に目をつけられ、たびたび脅迫や嫌がらせを受けたという。にもかかわらず、カナダの移民難民委員会は7月31日、「不認定」の判断を示した。脱北を試みた後の行動の説明に信憑性がなく、北朝鮮で軍の顧問をしていた時の金正日との関係を実際より小さく見せようとした節があるからだという。 「李は脱北を試みたことと脱北後に2冊の著書を発表したことで狙われるようになったと主張しているが、それにしては(活動を裏付ける)記録がほとんど存在しない」と、移民難民委員会のブレンダ・ロイド審査官はスター紙に述べている。 著書の1冊『私は金正日の極私警護官だった』で、李は金王朝の独裁体制の異常さと政治犯収容所の恐るべき実態を暴いている。 <参考記事>韓国で脱北者母子が餓死、文在寅政権に厳しい批判が <参考記事>「クラスで一番の美人は金正恩の性奴隷になった」 ===== 李はソウルに移ってからも2004年と2007年の2度誘拐されそうになったというが、警察に被害を届け出たのは2014年で、韓国の法律で5年の時効が過ぎた後だったため、事件は捜査されなかったと話している。 移民難民委員会が疑問視したのは、李がすぐに警察に知らせなかった点だ。「誘拐されそうになり、命の危険があると感じたとすれば、事件後何年も警察に届けなかったのはおかしい」と、ロイドはスター紙に語った。 こうした状況から、李が「韓国で迫害されるか、拷問や命の危険、あるいは残酷な仕打ちや異常な扱い、罰を受ける危険」にさらされるような「重大なリスク」はないと、委員会は判断したと、ロイドは説明した。 人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア支部副部長、フィル・ロバートソンは本誌宛のメールで、「李英國は北朝鮮の政治犯収容所で生死に関わる状況を生き延びた。カナダ政府はどういうわけかその証言の信憑性を疑っている。これには驚くほかない」と述べた。 北朝鮮に引き渡されることも 「韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、北朝鮮指導部の態度に振り回されつつも、何とか南北和解を達成しようと躍起になっており、そのために自国にいる脱北者への締め付けを強化している」と、ロバートソンは指摘する。 「韓国に送還されたら、どんな扱いを受けるか分からないと、李が不安に思うのは当然だ。とりわけ危惧されるのは、金正恩が李の身柄引き渡しを要求することだ。いかなる状況下でも李の身柄を北朝鮮に引き渡すことはないと文書で確約されない限り、どこの国に対しても、カナダは李の送還を検討すべきではない」 報道によるとここ数年、カナダは脱北者の難民認定に厳しくなり、いったん難民として受け入れた後も国外追放にする例が増えている。実際は韓国に定着し安全に暮らしていたことが明らかになったり、すでに韓国籍を取得しながらそのことを隠して難民申請をする場合もあったからだという。李の場合もそのような疑いがあった可能性もある。 本誌はカナダの移民難民委員会にこの件についてコメントを求めたが、現時点では回答はない。 【話題の記事】 ・中国からの「謎の種」、播いたら生えてきたのは......? ・地下5キロメートルで「巨大な生物圏」が発見される ・ロシアが北朝鮮の核を恐れない理由 ・ハチに舌を刺された男性、自分の舌で窒息死 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年9月8日号(9月1日発売)は「イアン・ブレマーが説く アフターコロナの世界」特集。主導国なき「Gゼロ」の世界を予見した国際政治学者が読み解く、米中・経済・テクノロジー・日本の行方。PLUS 安倍晋三の遺産――世界は長期政権をこう評価する。