三浦春馬さんの訃報が伝えられた7月18日から、早くも1カ月あまりが過ぎました。しかし、現在も三浦さんに関する記事や書き込みは多く、むしろこの1週間はかなり増えた印象があります。 8月26日発売のシングル「Night Diver」がオリコン25日付デイリーランキングで初登場2位にランクイン。歌声を称賛する声のほか、完売で入荷待ちのショップも多く、「待ちきれない」などの声が上がっている。 8月26日夜に放送された「2020FNS歌謡祭 夏」(フジテレビ系)でOfficial髭男dismが映画「コンフィデンスマンJP プリンセス編」の主題歌「Laughter」を歌唱するシーンに三浦さんの映像が登場。劇中で主演の長澤まさみさんと踊るシーンは、同番組の瞬間最高視聴率13.5%を記録した。 8月25日夜、9月15日スタートのドラマ「おカネの切れ目が恋のはじまり」(TBS系)の予告映像が地上波で放送開始。無邪気な笑顔を連発する三浦さんの姿が反響を呼び、YouTubeではアッという間に再生回数200万回を突破した。 8月27日夜、レギュラー番組『世界はほしいモノにあふれてる』(NHK)が放送。最後の収録分だったため、悲しみの声が上がったほか、NHKには再放送を望む多くの声が寄せられ、9月3日には総集編の放送が決定した。 三浦さんの訃報を知ったあとにファンになった人 そのほかでも、各種動画配信サービスで三浦さんの出演作が人気を集めているほか、共演歴のある俳優たちがSNSにコメントするなど、注目度が下がる気配はまったくありません。それどころか、驚かされるのは、三浦さんの訃報を知ったあとにファンになった人の多さ。 「亡くなってから春馬さんの素晴らしさを知りました。でも直接会えないのは寂しい」 「できれば生前から応援したかった。『何でちゃんと見ていなかったのか』と後悔しています」 「(出演番組を)亡くなってから見るようになりましたが、とてもいい番組で、あらためてファンになりました」 「生前は特別ファンではなかったのですが、亡くなったことを知ったときにすごいショックを受けて気になりはじめ、春馬くんのことを知れば知るほど好きになっていきました」 ===== 三浦さんが亡くなったことでファンが増え、ネット上には称賛の声が続出......しかし、これらの声は決して三浦さん本人に届くことはありません。喪失感を抱き、後悔している人がいることからわかるように、どう考えても遅すぎたのです。 「恩送り」と「ペイ・フォワード」 もちろん新たなファンだけでなく、長年応援し続けてきた熱心なファンもたくさんいるでしょう。しかし、反響の大きさを見る限り、「この人ちょっと好きかも」「どちらかというと好印象」くらいの人々も、三浦さんに称賛の声を上げているのは間違いありません。 亡くなったあとではなく、平常時にも称賛の声を上げていたら、三浦さんの人生が変わったかどうかはわからないものの、「いくらかの救いになったかもしれない」ことは想像できるのではないでしょうか。これは三浦さんのような有名人に限らず、自分の周りにいる人々に対して、称賛だけでなく、尊敬、憧れ、愛情。あるいは、感謝、共感、ねぎらい、いたわりなどのポジティブな言葉をかけることで、良い影響を与えられるものです。 ポイントは「本当に大事な人」だけでなく、「ちょっと好き」というレベルの人にも、前述したようなポジティブな言葉をかけること。基本的に人間は、家族や親友などの本当に大事な人ではない人からポジティブな言葉をかけられると、その意外性や距離が縮まるうれしさから心が軽くなり、視野が広がります。 そんな「ちょっと好きな人」にポジティブな声をかけることの大切さを表しているのが、「恩送り」という考え方。「恩送り」は誰かから善意を受けたら、それを相手に返す「恩返し」ではなく、ほかの誰かに渡していくものです。 「恩返し」のように直接その人に返せればいいのですが、現実的には「適切な機会や方法がなくて、恩返しできない」というケースも少なくありません。そんなときに何もしないのではなく、ほかの誰かに「恩送り」することで社会に恩=善意が広がっていくため、間接的な「恩返し」にもなります。その「恩送り」の最も簡単なものが、前述した"ポジティブな言葉を伝えること"なのです。 海外でも「ペイ・フォワード」という同じような概念があり、2000年には「ペイ・フォワード 可能の王国」というタイトルで映画化もされました。そのストーリーは、「11歳の少年が受けた善意を別の3人に渡すことで社会を変えていく」というものだったのです。 ===== 三浦さんが何を思い悩んでいたのか、今となってはわかりませんが、「恩送り」や「ペイ・フォワード」が浸透していけば、少なからず人々の笑顔は増え、ストレスは減っていくでしょう。 今年1月、三浦さんは自身のツイッターに、「明るみになる事が清いのか、明るみにならない事が清いのか...どの業界、職種でも、叩くだけ叩き、本人達の気力を奪っていく。皆んなが間違いを犯さない訳じゃないと思う。国力を高めるために、少しだけ戒める為に憤りだけじゃなく、立ち直る言葉を国民全員で紡ぎ出せないのか...」と書き込みました。 当時は東出昌大さんの不倫疑惑が報じられていたときであり、三浦さんの言葉に賛同する人がいる一方、「不倫を擁護した」とみなして厳しい言葉を浴びせる人も多く、意を決して書いた分、心を痛めていたであろうことは想像に難くありません。その後、3月の出演ミュージカル開催に批判が殺到したことも、三浦さんにとってはつらい経験だったのではないでしょうか。 匿名で悪意が増幅し、批判を超えた誹謗中傷に 批判そのものは悪いこととは言えませんが、悪意をもって個人を責めるのは大問題。とりわけネット上は匿名をいいことに悪意が増幅し、批判を超えた誹謗中傷につながりやすく、それが蔓延すると「恩送り」とは真逆の危うい社会になっていきます。 三浦さんが亡くなった今、誹謗中傷の言葉を浴びせていた人は何を思っているのでしょうか。直接やり取りを交わしたわけでもなく、悪意が飛び交うのが当然の現状を踏まえると、「心を痛めることはなく、今は別の人を攻撃している」のかもしれません。 悪意というウイルスはある意味、新型コロナウイルスと同等にやっかいなもので、何度侵されても抗体はできず、免疫も得られず、効果的なワクチンもありません。現在の社会では人々の悪意を完全に消し去ることは難しいだけに、「悪意というやっかいなウイルスが生まれてしまう」という前提を共有し、多くの善意をかぶせることで薄めていきたいところです。 ===== あらためて、みなさんにすすめたいのは、「有名人や周囲の人々への称賛は倍に、批判は半分に、誹謗中傷はゼロに」というコミュニケーションスタンス。ネットが発達した今、有名になるほど、あるいは接触頻度の高いコミュニティほど、本人に厳しい声が伝わりやすいため、これくらいの割合がちょうどいいのです。 今もネット上には、「春馬くんを見られるとうれしいけど、心が苦しくなる」「春馬くんを見られる番組が減っていくのが本当に寂しい」「春馬くんを思わない日はないし、日に日に愛しさが強くなっている」「毎日、春馬くんの情報を探してコメントもたくさん読んでしまう」「このドラマが終わったあと本当にお別れのような気がして怖い」などの悲痛な声が上がっています。 いつ大切な人がいなくなるかは予測できない 「1人の俳優が亡くなっただけ」と他人事の人もいるでしょうが、いつ自分の大切な人がいなくなってしまうのか、予測できないのが人生。家族、友人、知人、恩師、有名人......いずれにしても、喪失感や後悔の念に苦しめられないために、日ごろのコミュニケーションが重要なのです。 最後にふれておきたいのは、人々の悪意を増幅させるメディアの報道について。多くのメディアが部数やページビューを伸ばすために、人々の悪意を引き出すような記事で興味を引き、有名人たちを悩ませ続けてきました。しかし、そんな報道姿勢が人を深く傷つけ、ときに命を奪うことにつながりかねません。さらに、「さんざん悪意むき出しでたたいておきながら、いなくなったとたん悪意の矛先を別の誰かに変える」というイジメのような報道も見かけます。 ネットメディアが一斉に報じ、SNSで一気に拡散されるなど、1つの記事が個人の人生を左右しやすい時代になりました。だからこそメディアは、人々の悪意を引き出すのではなく、凶悪犯以外は性善説をベースにした報道をしてほしいところです。 ※当記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら。