安倍晋三首相の後継者選びの行方は、自民党総裁選の投票前に決まりつつあるようにみえる。安倍首相が辞任を発表する数カ月前から、すでに自民党の重鎮の間で駆け引きは始まっていた。 9月14日の総裁選は菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長の3人が戦う構図となったが、安倍政権をずっと支えてきた菅氏は、出馬を正式表明する前から党内7派閥のうち5派から支持を得ていた。 議院内閣制の日本は通常、与党第一党の党首が首相となる。菅氏が総裁選に勝利すれば、首相になるのは確実だ。 菅氏が次期首相の最有力に浮上するまでの一連の動きは、総裁選びが政策論争よりも派閥の力関係、議員と議員の人間関係、さらには党の資金を握る実力者とのつながりで決まるという、古い政治が今も生きていることの表れだとの声が、党内から聞こえる。 「密室」で決まったというイメージは、次の総選挙に向けて自民党を引っ張る菅氏にはマイナスに作用するかもしれない。 「政策論争は党首を決めることとは関係ない」と、自民党の政調会長だった亀井静香氏は言う。83歳になる亀井氏は今から20年前、小渕恵三首相が脳梗塞で倒れた後、ホテルの1室に集まった自民党の重鎮5人のうちの1人だ。5人は、その部屋の中にいた森喜朗幹事長を次の総裁とした。 保守政党の自民党は、長く派閥政治に支配されていた。派閥の領袖は選挙資金を集め、配下の議員に分配、選挙を支援する。そうして確保した数の力で、派閥内から党総裁を送り出す。 各選挙区1人しか当選しない小選挙区制度を導入した1990年代半ばの選挙制度改革で、派閥の影響力は弱まった。しかし、党内や閣僚ポストの配分や、総裁選の勝敗を決める上で、派閥の領袖は今も重要な役割を果たしている。 党内からも異論 自民党内では珍しく菅氏はどの派閥にも属していないだけに、今回の動きは際立つ。党関係者は、実力者である二階俊博幹事長との接近が菅氏の立場を押し上げたと指摘する。菅氏と二階氏は6月以降、3回食事をともにしている。 このころ安倍首相は支持率が低迷、辞任するかもしれないという見方が出ていた。持病が悪化したとの報道が、その観測に拍車をかけた。 81歳になる二階氏の党内における影響力は絶大で、選挙制度改革前は各派閥の領袖が決めていた選挙資金の配分を、幹事長として一手に引き受けている。 「古い政治をやる二階さんが出てきた。二階さんは国民の世論だとか関係ない」と、東洋大学の薬師寺克行教授は言う。「菅さんと組んで、党内で根回しをして、短期間でポスト安倍は菅という流れを作ってしまった」と、薬師寺教授は話す。 二階氏にとっては菅官房長官と組むことで、幹事長職にとどまる可能性が高まるメリットがある。ロイターは二階氏のコメントを得られていない。 ===== 選出方法は「石破潰し」 自民党は1日に開いた総務会で、総裁の選出方法について、全国の党員が投票する通常のやり方をやめ、国会議員と各地方支部の代表3人に限定することを決めた。地方の党員や議員から人気の高い石破氏に有利なやり方ではなく、菅氏に有利な方式を選択した。 旧態依然としたこうしたやり方に対し、党内、とりわけ若手の国会議員や地方の議員からは異論の声が挙がる。 自民党神奈川県連の土井隆典幹事長は「密室で決める形もちろんだめ。幹事長として言えることじゃないけど、石破さんつぶしでしょう」と話す。 安倍政権7年8カ月の中で、石破氏は党内で珍しく安倍首相に批判的な立場を取ってきた。世論調査では、次の首相にふさわしい人物としてトップに立ってきた。 石破氏は、簡易式の総裁選になったことについて「党員に対する侮辱だ」と、ロイターのインタビューなどで語っている。 石破氏の派閥に所属する議員はわずか19人。安倍氏が所属する清和研は98人、麻生太郎副総理が率いる志公会は54人で、いずれも菅氏を支持する。 これまでとの違いは? 安倍首相は自身の後継者として、もう1人の総裁選立候補者である岸田文雄政調会長に期待していると考えられてきた。しかし岸田氏は世論調査で支持率が低いこともあり、最終的に安倍氏の支援を得られなかった。これで菅氏に道が開いた。 そして菅氏が勢いを得たと見るや、他の派閥の領袖らはこの流れに乗ったと、複数の関係者は言う。新政権で所属議員を閣僚ポストや党の要職につけるためだ。 総裁選を巡って起きたあらゆることが、古き自民党の政治と似ているものの、一つ重要な違いがある。菅氏自身が派閥の領袖どころか、派閥に属していないということだ。 「派閥は今でも重要だが、昔のように強力な派閥のリーダーがいて、みんなが首相になりたいと思っていた時代とは違う」と、日本の政治に詳しいコロンビア大学のジェリー・カーティス名誉教授は言う。「菅氏は最も強力な人物であり、どの派閥にも属していない」 (Linda Sieg、村上さくら 取材協力:宮崎亜巳、竹本能文 日本語記事編集:久保信博、青山敦子)[ロイター]Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます 【関連記事】 ・風雲急を告げるポスト安倍レース 後継候補の顔ぶれは? ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・「アベノミクスは買い」だったのか その功罪を識者はこうみる ・韓国、ユーチューブが大炎上 芸能人の「ステマ」、「悪魔編集」がはびこる   ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます2020年9月8日号(9月1日発売)は「イアン・ブレマーが説く アフターコロナの世界」特集。主導国なき「Gゼロ」の世界を予見した国際政治学者が読み解く、米中・経済・テクノロジー・日本の行方。PLUS 安倍晋三の遺産――世界は長期政権をこう評価する。