<極端なグローバル化への反動と新型コロナの流行、そして米中対立によってサプライチェーンが壊滅しつつある。この危機への世界の反応は態勢を整えるための撤退か、退却を余儀なくされた敗走か。本誌「コロナと脱グローバル化 11の予測」より> 18世紀後半に産業革命が始まって以来、世界経済は2つの大きなグローバル化の波を経験してきた。そして今、明らかに第2の波からの後退が進んでいる。これは、防御しやすい態勢を整えるための秩序ある後退なのか。それとも退却を余儀なくされた敗走なのだろうか。 グローバル化の最初の大波は、1914年に第1次大戦の勃発とともにピークを迎えた。この波を推進した革新的な技術──鉄道、蒸気船、電信、電話──は、人、資本、情報が国境を越えて移動する際の摩擦を大幅に減少させた。 1980年代に始まった第2波は、中国の改革開放政策とソ連崩壊によって加速した。情報通信技術のおかげで資本、モノ、サービスの国境を越えた移動がかつてないほど容易になり、アウトソーシングやリモートワークという新時代の幕が上がった。 この第2波が現在、複数の局面で本格的に後退しているようだ。2008年9月のリーマン・ブラザーズの破綻を皮切りに、まず金融のグローバル化の後退が始まった。 2つ目の後退は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって、国境をまたいで統合されていたサプライチェーン(原材料や部品の調達から製造、消費者の手に届くまでの流れのこと)が壊滅しつつあることだ。さらに、アメリカ・中国間の緊張が高まるなか、多くの国が戦略的に機密性の高い製品や物資を確保しようと画策していることも、サプライチェーン崩壊のプロセスを激化させている。 多国籍企業も「脱グローバル化」の別の局面に寄与している。多くの多国籍企業が通商条約を利用して、労働市場や環境規制、知的財産権制度に関する国の政策に影響を与え、さらには覆そうとする一方で、企業自身は政府や規制からの独立性を主張してきた。彼らはまた、今日のテクノロジーがもたらす制度的な機動性を最大限に利用して、税負担が最も低い地域に利益を移している。 ただし、こうした超国家的な傾向は10年ほど前から逆風にさらされている。ハーバード大学のダニ・ロドリック教授は2008年の金融危機の前から、「極端なグローバル化」の最新局面が政治的なトリレンマ(3つの選択肢のうち1つを諦めなければならない状況)を生み出すと警告していた。「民主主義、国民主権、グローバルな経済統合は互いに相いれない。3つのうちの2つは組み合わせられても、3つを同時に、完全に並立させることはできない」 【関連記事】コロナ禍で逆にグローバル化を進めるテロ組織とあの国 ===== ITのハードばかりか医療品分野でもアメリカは中国製に頼っている。フェイスマスクがいい例だ(中国・南京のマスク工場) COSTFOTO-BARCROFT MEDIA/GETTY IMAGES グローバル化のさまざまな局面の中で、まず最初に疑問視されたのは金融統合だ。2008年の金融危機は、グローバル化した金融市場の脆弱さを露呈させた。 金融機関は「効率性」を執拗に追求して自己資本から最大限の利益を搾り取ったが、その結果、レジリエンス(回復力)が危険なほど損なわれた。バブルが崩壊すると、FRB(米連邦準備理事会)を中心とする世界の中央銀行によって、前代未聞の介入が行われた。 そして、新型コロナ危機がダメ押しをした。パンデミックにより、世界経済の非金融分野である「実体」部門、すなわち商品やサービスの世界的な生産と流通についてもレジリエンスの欠如が露呈している。 「多くの企業はパンデミックのダメージを切り抜けた後に、効率性とレジリエンスの間で、よりリスク回避的なバランスを取ろうとするだろう」と、保険大手アリアンツの首席経済アドバイザーのモハメド・エラリアンは指摘する。 数十年にわたり企業に愛されてきた、費用対効果の高いグローバルなサプライチェーンと効率を最優先する在庫管理システムも、今後はリショアリング(国内回帰)など、よりローカルなアプローチに取って代わられるだろう。 経済学は少なくともアダム・スミスの時代から、物理的・財政的資源を効率的に配分する能力を自由市場の美徳と見なしてきた。 ただし、将来の効率性を追求するほど不確実性が高まるため、必然的に計画立案の範囲が狭くなる。企業の短期主義は、目先の株価に基づいて役員報酬が決まるという経営陣のインセンティブだけが原因ではなく、より一般的な投資判断にも影響を与える問題だ。高リスク高収益である研究開発と同様に、不測の事態に備えたレジリエンスへの投資も、目先の予測し得る利益を増やすために、最初に犠牲にされてしまう。 半導体戦争の厳しい現実 サプライチェーンの脆弱性に対する懸念は、米政府が発信する反中国の主張が示すとおり、国家安全保障に対する懸念へと変化して、さらに強固なものになっている。 とはいえ、正当性のない懸念というわけでもない。グローバル化の第2波の主な特徴は、アメリカのハイテクの製造拠点が主に中国へと、大々的かつ計画的にオフショアリング(事業の国外移転)されたことだ。 半導体、フラットパネルディスプレイ、さらには太陽電池パネルなどデジタル革命を担うハードウエアは、もはや米国製ではない。シリコンバレー草創期の象徴であるインテル社はマイクロプロセッサを米国内で製造しているが、それも現実を際立たせる例外にすぎない。そのインテルでさえ、世界一の半導体製造受託企業である台湾積体電路製造(TSMC)に後れを取っている。 【関連記事】コロナ不況でも続く日本人の「英語は不可欠」という幻想 ===== このような状況では、米国内で競争力のある生産能力を再確立するために一貫した戦略を立てようとしても、容易ではない。しかも、米企業が効率性を求めてオフショアリングした製造分野は、ITのハードウエアだけではない。パンデミックで現実を突き付けられたとおり、フェイスマスクや検査キットの試薬などの重要な医療品も、大半が中国製だ。 「アメリカがリチウムイオン電池を中国に奪われた経緯を知れば、医療品の供給不足を理解できる」。調査報道で知られる非営利メディアのプロパブリカは今年4月、こんな挑発的な見出しで問題の核心を突いた。 記事によると、先進的な電池技術の先駆者だったA123システムズは、2009年に成立したアメリカ再生再投資法(ARRA)に基づいて米政府から2億4900万ドルの助成金を得て、さらにミシガン州から1億3500万ドルの補助金と税控除を受けた。しかし、2012年に経営破綻。同社の資産は中国のコングロマリットに売却された。 ニューヨーク州のアンドルー・クオモ知事が強調するように、コロナ危機の収束後は「BBB(ビルド・バック・ベター/より良い再建)」を目指す好機になり得る。 もっとも、多くの人はこのスローガンを低炭素経済への投資の招待状と受け止めるだろう。実際、気候変動について、第2次大戦に動員された野心と規模に匹敵する取り組みを求める声が高まっている。 ただし、気候変動との戦いでは、「何を」だけでなく「どのように」動員するかが重要になる。2009年の景気刺激策では、太陽光発電パネルメーカーのソリンドラもやはり米政府から5億3500万ドルの融資を受けながら、2011年に経営破綻した。 A123とソリンドラの破綻がもたらしたダメージは大きかった。アメリカでは、さらに多くの投資と技術革新の努力が行われる代わりに、政府の経済介入へのメディアの猛攻撃と党派的な非難が続いた。その結果、ソーラーパネルなどの最新技術の生産は、今や中国が支配している。 研究開発を支える「顧客」 思えば、デジタル革命の要素は全てが「メイド・イン・アメリカ」だった。関連する研究開発の大半が、米政府の資金提供を受けた米国内の研究所で行われたのだ。ただし、少なくとも同じくらい重要なのは、さまざまな米政府機関、特に国防総省が、商業的な採算が取れるようになるずっと以前からIT業界の最初の顧客になってきたことだ。 言い換えれば、かつてのシリコンバレーにはA123やソリンドラにないものがあった。短期的な投資利益ではなく、より広範で長期的なミッションに基づいて行動する顧客だ。イノベーションを支える需要の面で国の介入が復活しなければ、気候変動対策でアメリカが世界をリードすることはできないだろう。 【関連記事】パンデミックで停滞した物流に効く、唯一の起死回生策 ===== 経済や金融の極端なグローバル化が始まった20世紀末以降に、経済主体としての国家の権威が失墜したのは偶然ではない。「政府は問題の解決者たり得ない。政府そのものが問題なのだ」というロナルド・レーガン元米大統領の言葉は、この時代を見事に言い表している。 レーガンや同時期にイギリスの首相を務めたマーガレット・サッチャーが国家の果たす役割を減らした結果、生まれた「隙間」を埋めたのが多国籍企業だった。以来、多国籍企業は外交・内政を問わず公共政策を通じて自身の利益を追求する力を高めていった。 こうした流れについてロドリックはこう書いている。「通商合意(の内容)は輸入関税や輸入割当量といった問題にとどまらず、知的財産や健康・安全に関する基準、労働基準、投資に関するルールといった制度や、そうした制度の国ごとの違いの整合化にまで踏み込むようになった。そして、一般に広く認められた経済理論になじみにくくなった」 その結果、「通商合意は保護主義を抑え込む効果をもたらすよりも、(政治家や官庁への働き掛けを通して)利益誘導を行おうとする企業や、政界との強いコネを持つ企業に力を与えているかもしれない」。 利益誘導型と言っても、これまでとは違う。該当するのは国際展開する銀行や製薬会社、多国籍企業だ。 現在のように国と国とが強気でぶつかり合う状況においては、自由貿易の名の下に利益誘導を追求しようとする動きを警戒し、それへの抵抗の高まりを期待するほうが理にかなっている。 未来を占う11月の米大統領選 脱グローバル化の最新局面では、各国の税制の違いを利用した多国籍企業による課税逃れが起きている。アマゾンやアップル、フェイスブックやグーグル、マイクロソフトといった巨大テクノロジー企業が最たる例だ。実際に利益が発生した国から税率の低い国へと故意に利益を動かすことが可能だという事実は、デジタル革命がもたらした厄介な副産物の1つと言える。 近年、IMFやOECDは多国籍企業に対する課税の国際的な枠組みをつくろうと各国政府に協力を呼び掛けている。フランス政府は各国に先駆けて巨大テクノロジー企業への税制を提案している。こうした動きは従来とは異なる形のグローバル化につながるだろう。例えば、異なる国や地域で計上された売上高(利益ではない)に基づいて最小限、徴収が可能な税額を定める政府間合意が生まれる可能性がある。 【関連記事】コロナでグローバル化は衰退しないが、より困難な時代に突入する(細谷雄一) ===== 経済グローバル化の第1波の後退期には、ハイパーインフレと恐慌の時期を挟んで2つの世界大戦が起きた。グローバル化の第2波が勢いを失い、各国の政府がロドリックの言うトリレンマに伴う緊張への対処に追われる現状では、前回ほど深刻な事態に至らないことを願うほかない。一方で多国籍企業への課税強化と温室効果ガスの排出削減(こちらも忘れてはならない問題だ)に向けた動きからは、十分に安定し、均衡の取れた多極的な世界が生まれる可能性もある。 もちろん、アメリカ次第という面も大きい。アメリカは現在、恐ろしく無能で支離滅裂な政権がもたらした混乱と機能不全にあえいでいる。ドナルド・トランプ米大統領の衝動的なナショナリズムは幅広い脱グローバル化と軌を一にしており、敵国も友好国も同じように扱う手法のせいで、均衡の取れた多極的な世界に向けた道のりはさらに困難になりそうだ。 トランプ政権が1期で終わるとすれば、「置き土産」の中で後々まで尾を引きそうなのが「中国が世界のリーダーの地位に上り詰めるのをアメリカが後押しした」という問題だ。 中国の通信機器大手のファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術)がアメリカの技術を利用することを禁じた措置がいい例だ。こんなことをすれば中国は、エネルギー貯蔵から機械学習まで幅広い戦略的技術分野にわたる最先端技術を手中に収めるための投資を加速させるだけだ。一方でアメリカには、それと比肩し得るような、21世紀の米経済建設のための前向きな計画は存在しない。 今後の動きは、今年11月の米大統領選の結果に懸かっている。第2次大戦終結後の75年間、アメリカは重要な戦略的決断を何度も迫られてきた。今回の選挙もまさにそれだ。 ©Project Syndicate <2020年9月1日号「コロナと脱グローバル化 11の予測」特集より> 【関連記事】新自由主義が蝕んだ「社会」の蘇らせ方 【関連記事】D・アトキンソン「日本の観光業復活は『検査』に懸かっている」 【話題の記事】 ・12歳の少年が6歳の妹をレイプ「ゲームと同じにしたかった」 ・コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず ・異例の熱波と水不足が続くインドで、女性が水を飲まない理由が悲しすぎる ・介護施設で寝たきりの女性を妊娠させた看護師の男を逮捕 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます9月1日号(8月25日発売)は「コロナと脱グローバル化 11の予測」特集。人と物の往来が止まり、このまま世界は閉じるのか――。11人の識者が占うグローバリズムの未来。 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます9月15日号(9月8日発売)は「米大統領選2020:トランプの勝算 バイデンの誤算」特集。勝敗を分けるポイントは何か。コロナ、BLM、浮動票......でトランプの再選確率を探る。