<『人類VS感染症――新型コロナウイルス 世界はどう闘っているのか』を上梓した感染症対策の第一人者・國井修氏が、各国のコロナ対策を徹底検証。何をもって「成功」と言えるのか。日本は成功例と言えるのか?> 新型コロナウイルスの第二波が各国を侵食し始めるなか、第一波の対策から学べることは何だろうか。このほど、ジュネーブに本拠を置く国際機関で感染症対策を率いる國井修氏(「グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕」戦略投資効果局長)が、新著『人類VS感染症――新型コロナウイルス 世界はどう闘っているのか』(CCCメディアハウス)を上梓した。 膨大なデータと最新情報を駆使して各国の対策を検証した同書の一部を紐解きつつ、どの国の対策の何が成功で、何が失敗だったか、日本の対策をどう評価するか、本誌・小暮聡子が國井氏に聞いた。 ◇ ◇ ◇ ――本書がいみじくも炙り出しているように、第一波で各国が採った対策は、その国の社会的、政治的、文化的特色という、いわば「お国柄」が色濃く反映された壮大な社会的実験のようなものだった。各国の対策を振り返り、上手くいったと言える事例があれば教えてほしい。 異論はあるだろうが、私はまず中国を挙げたい。感染の発端となった国であり、当初は情報公開などに問題はあったが、一方で、中国政府が1月23日に武漢市など4都市に対して採った強制的なロックダウン(都市封鎖)という措置は特筆すべきものだ。恐らく、中国がここまでのことをやらなければ他の国は追随しなかっただろう。 武漢市の人口はニューヨークよりも多い1100万人で、これほど大規模な都市の封鎖は前例がなく、1つの社会的実験のようなものだった。都市封鎖は湖北省全域15都市に拡大され、最終的に6100万人が隔離された。 24時間態勢の厳格な封鎖式管理で、許可者以外の車の通行を禁止し、不必要な外出や会合への参加は禁止され、違反行為には一律で10日以下の拘留が科された。 あれだけの強硬策には批判もあったが、結果的に中国は爆発的な感染流行を短期に収束させ、1日当たりの感染者・死者をゼロにしたのも世界では中国が初めてだ。多くの国にロックダウンの有効性を見せたという意味では、大きな成果だった。 また、医療資源を有効活用し、感染拡大と死亡率を減らすために軽症の感染者専用の施設、いわゆる「方舟病院」を作ったのも戦略的と言える。中国の初期の調査でクラスターの8割以上は家庭内感染だった。重症でない感染者を医療機関に入院させれば満床になり重症患者が入院できなくなる、自宅隔離しようとすれば自宅隔離を守れず外出する、自宅で急速に重症化することに対応しきれないなどの問題もある。 そのため国際会議場などの大規模施設を転用した方舟病院を作り、軽症者を効率よく隔離・療養し、重症化した場合、迅速に治療や転院をした。好例として他国でも似たような施設が設置された。 また、ITの活用は中国が短期的に感染爆発から収束にもっていけた要因の1つと言われている。ビッグデータを活用して人々の行動履歴と接触履歴を掌握しただけでなく、遠隔医療が急速に拡大したことで院内感染を防ぎ、感染を恐れて医療機関に行けない人だけでなく、医療機関で診てもらえなくなった他の病気の患者などにも恩恵を与えた。 韓国が徹底した情報公開 次の成功例は韓国で、「Kー防疫モデル」として体系化され世界的に売り出されている。韓国は都市封鎖や外出禁止といった強硬な措置を取らずに、感染流行を抑え込んだ。成功した理由の1つはMERS(中東呼吸器症候群)の教訓があったことだろう。これは他のアジア諸国の成功にもつながっていると思うが、MERSやSARS(重症急性呼吸器症候群)、鳥インフルエンザなど過去に既に危機を経験して、今回、かなりの準備と対応ができていた部分もある。 特に韓国が経験したMERSの失敗とは、感染者隔離や接触者調査・追跡が不十分で、検査キットの承認が滞っている間に隔離されずにいた感染者がウイルスを拡散していたことである。情報もきちんと公開していなかったので、噂や誤情報が拡がり、かえって国民がパニックに陥ったという。 今回はその教訓から、検査体制が急速に拡充できた。2016年の段階で「感染病検査緊急導入制度」を施行し、政府の疾病管理本部が認めた民間セクターで新たな感染症の検査ができる体制にあった。 医師を含む医療従事者、検査機関、行政などの役割分担を決めて研修を行い、定められた手順に従って迅速に検査体制が拡大できるよう準備が進められていたようである。これによって、新型コロナ流行時には100を超える施設に検査協力を求めることができたといわれる。 このような体制ができていたため、新型コロナに対する韓国の検査体制の立上げ・拡大は早かった。中国がウイルスの遺伝子情報を公開するのと同時に、バイオテクノロジー企業が人工知能を使って検査キットの開発に取り掛かり、わずか10日で開発、通常は許可審査に1年半かかるところを2週間で韓国政府に承認された。 さらに、「ドライブスルー」や「ウォークスルー」方式の検査運営を考案・実施して検査体制を拡大した。 徹底した情報公開とIT技術を使った戦略的データ活用も成功の要因だろう。良いか悪いかは別にして、韓国ではプライバシーよりも防疫によって社会を守る公的な利益を優先し、接触者調査や感染者の移動ルートの公開までしている。これにより、接触者・追跡調査での感染経路不明者は1割以下という驚くような効果が示された。 新型コロナの流行は、今までは出来なかったことを各国が試行したという側面がある。それにより成果が出たものと出ないものが見えてきた。ただし、効果はあるが、個人情報の問題や人権侵害など、課題が残るものについては今後検討・改善すべきだろう。 韓国は感染者に対して、3度の食事付きで医師または看護師が常駐する「生活治療センター」を設置し、中国の方舟病院のように無症状者や軽症者を受け入れることを3月1日の段階で始めた。また、一人暮らしや高齢者がいない家庭の場合は自宅療養も可能とした。その際、自宅療養者に対しても、自治体から食料や生活必需品をそろえた「自宅隔離セット」などを無料で支給するこまやかさを持っていた。 欧米諸国ではロックダウンを強行しながら、ここまでのフォローやケアをしていない国がほとんどで、アフリカではそれらが感染者や貧困者などの生活を逼迫して死活問題にもなった。 <関連記事:西浦×國井 対談「日本のコロナ対策は過剰だったのか」> <関連記事:緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史(全文)> ===== ジュネーブ在住の國井修氏はこれまで110カ国以上で医療活動を行ってきた COURTESY OSAMU KUNII 3つ目の成功例は台湾だ。台湾の人口は2300万人以上だが、9月9日時点の累計感染者数は495人で、死亡は7人。中国から150キロしか離れておらず、年間200万人が渡航してくる国である。 一方、中国からはるか遠く離れたカリブ海に浮かぶドミニカ共和国は、人口は台湾の半分の1000万人のところ、感染者は10万人で、死者は1889人だ。台湾の感染者・死者数がいかに少ないかがわかる。 台湾では、医師が政治家になるケースが少なくない。現在の副総統はアメリカの公衆衛生大学院で博士号も取得した医師で、日本の内閣にあたる行政院の副院長や台湾の「疾病管理予防センター(CDC)」のトップも医師である。さらに天才プログラマーのオードリー・タンをデジタル担当大臣にするなど、政治と専門知識ががっちりとタッグを組んで、果敢に対策を打ち出していた。 さらにSARSの経験から、危機管理における縦の指揮命令系統の強化と、横の連携・協力の促進といった体制づくりをしていた。「中央感染症指揮センター」を設置して各省庁を指揮監督できる権限を持たせ、軍や事業者、民間団体との連携・協力できる仕組みを作り、また地方に管制センターを設けて、情報管理と物流管理を整備していた。 成功例としては他に、ニュージーランドも挙げられる。早期に厳格な措置を行い、世界で最も厳しいロックダウンを実施した。同国で1人目の感染者が報告される20日以上も前に、トランジットを含め中国からのフライトでの入国を禁止し、その後、入国禁止対象国を拡大した。 3月19日には累積感染者数は28人だったが、自国民や永住権保有者を除いて世界の全ての国からの入国を禁止し、実質的な「鎖国」を行った。3月25日にはスーパーなどを除くほぼ全ての企業の営業を中止し、公共の場で集まれる人数は2人に制限した。 アーダーン首相のこの措置は感染症の「抑制」ではなく「排除」ではないか、やり過ぎだとの批判もあったが、いまだに感染者は累計1788人、死者は24人と感染と死亡をよく抑えている。ただ、措置としてはニュージーランドよりも経済に対してオープンであったオーストラリアと比べると、6月下旬までの統計では人口100万人当たりの感染者数と死者数はほぼ同じだ。 一方で、あまりに厳しい措置のせいでニュージーランドのほうが経済的マイナスが大きく、2020年4月~6月のGDPは前年同期比でマイナス20%なのに対し、オーストラリアはマイナス13%と言われている。 ニュージーランドでは8月11日、新型コロナの市中感染が102日ぶりに確認され、最大都市オークランドでは再びロックダウンが施行された。今後、いつまで鎖国や封鎖を続けられるのか、それで社会・経済が持ちこたえられるのか、最終的にニュージーランドが成功国と呼ばれるかどうかは、今後の社会経済状況と感染症流行の有無にかかっていると私は思っている。 ――何をもって「成功」とするかについて聞きたい。感染症対策の専門家が目標としているのは、感染者数を低く抑えることなのか、死者数を抑えることなのか、医療崩壊を防ぐことなのか、それとも、これら全てのバランスを取った上で経済も回していくことなのか。 感染症流行のどのようなフェーズか、対策で何を目標とし優先するかなどによって重視する指標が異なることがあるが、最も重要な指標をひとつ選ぶとすれば死者数または死亡率(人口当り死亡数)だ。検査数を増やせば報告される感染者数も増加する。社会経済活動を再開すれば、どこかでウイルスは伝播される。 リスクをゼロにすることは不可能で、多少感染者数が増えても、最終的に死者数を最小限に抑えられればよいと割り切って考えることも大切だ。 ただし、死者数を抑えるためには医療崩壊を避けなければならないので、指標として医療機関のICU病床や人工呼吸器の占有率も重要となる。例えば東京都のICU占有率が80%になると、あと20%しか重症患者を受け入れる余力がない、と警戒する必要がある。 感染者数=重症者ではないので、重症化しやすい高齢者が感染者の中にどれだけいるかも重要な指標だと思う。 日本ではどこの県で感染者の第一例が報告された、10人を超えた、芸能人のだれだれが感染した、などと大きく報道しているようだが、感染者の増減で一喜一憂し、感染者や感染させた人を犯罪者や特別な人のように見る風潮は慎むべきだと思う。感染した人もさせた人も悪くはない。誰もが感染する、させる可能性がある。 新型コロナに限らず、古今東西、感染症の流行に伴う差別・偏見・迫害が横行してきた。自分の身に危険が及ばないように、感染者を忌み嫌い、遠ざける。自分さえよければいい。これは人間の本性のようだ。 <関連記事:西浦×國井 対談「日本のコロナ対策は過剰だったのか」> <関連記事:緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史(全文)> ===== 感染流行の震央となった欧州の中でも、死亡率を最小限に抑えたという意味では、ドイツも成功例として呼んでいいかもしれない。欧州では実は昨年12月の時点で新型コロナのウイルスが入り込んでいたとの証拠もあり、新型コロナの危険性に気付いたときには既に欧州各国で感染が広がっていたとも考えられている。 ドイツの感染者数も一時は世界のトップ10に入るほど多かったが、死亡率を見ると、イギリスやイタリアと比べると5分の1程度とかなり低値だ。 ドイツはまさに、感染が広がったとしても医療体制を強化し、適切な対策を行えば死者数の急増は避けられるという例を示した。ドイツはもともとヨーロッパの中でも医療従事者が多いのだが、人工呼吸器を増やしたり、検査体制を強化したりと迅速な対応を行って医療崩壊を防いだ。 自宅療養の患者も定期的にチェックして重症化に対応する、介護施設での検査や感染者隔離・加療を積極的に行うなど、きめ細かい対策を行った。 ――今度は失敗例について聞きたい。死者数が少ないことが成功であるならば、医療崩壊を起こして死者を多く出した国が失敗例になるのか。 失敗例として1カ国だけ挙げるなら、ブラジルだ。いま感染者数は世界3位で、つい最近まで経済活動を妨げるとして厳格な措置をほとんどしておらず、新規感染者が1日4万人を超え、死者も1日1000人を超えていた。特にファベーラと言われる3密が揃ったスラム街でも感染が広がり、なかなか勢いが衰えない。対策を怠ればどうなるのかを世界にありありと示した。 他には医療崩壊が起きたイタリア、スペイン。アメリカもある意味では失敗例といえるだろう。拙著にも書いたが、国内初の感染者がほぼ同じ時期に報告された韓国に比べて、検査体制を整えるまでの初動が明らかに遅かった。また、アメリカの「連邦制」もトップダウンの徹底した対策を難しくさせた要因ともいえる。 トランプ大統領が当初はコロナは風邪のようなものだとして初動が遅れたこともあるが、アメリカは州政府に大幅な自治権を認めているため、州知事が早いうちから動いていたニューヨークと、楽観視していたテキサスやアリゾナなどでは対応が大きく異なった。 誰もが驚いたニューヨークの感染爆発も今は収束に向かっているが、それをみて準備や対策を行っていたはずのカリフォルニア、テキサス、フロリダで感染爆発が起こった。それもニューヨークを超えるほどの凄惨なものだ。連邦政府、州政府のリーダーシップ、中央と地方の連携、様々な教訓を与え、今もその闘いが続いている。 他の失敗例は、アフガニスタンやイエメンといった紛争国や脆弱国だ。新型コロナとの闘いに失敗と言う以前に、国自体が不安定で、保健システムが脆弱であるのに、テロ組織IS(自称イスラム国)などの反政府武装組織がコロナ禍のどさくさに紛れてテロや攻撃を仕掛けている。 その結果、アフガニスタンでは、カブールの住民を無作為抽出で検査したら3分の1が新型コロナ陽性であり、イエメンでは、新型コロナの患者の多くが救命が不可能な状態で救急搬送されている。 ――イギリスは、成功例と失敗例のどちらに入るのか。 イギリスの評価はとても難しい。ロンドンという国際都市があり、ウイルスはどこからでも入ってこられた。気づかないうちに市中で感染が拡大していたようだ。さらに、ジョンソン英首相が当初、いわゆる集団免疫戦略ともとれる政策を打ち出した。首席科学顧問と主任医務官ら専門家の意見を反映したものと思われ、エビデンスで確証のない措置はしないというものだ。 彼の言い分には頷ける部分もあるが、結果的には初動が遅れた形になり、感染者数は35万人超、死者数は4万人超、特にこの死者数は悪夢の様相を示していたイタリア、スペインを超え、欧州トップ、世界のトップ5となった。公衆衛生を学ぶならイギリスと言われるほど、この国には公衆衛生、感染症分野で長い歴史、整備された公的制度、優れた人材・教育・研究施設があるだけに、世界中の人々がこの数字、状況に驚いている。 ――イギリスの累計感染者数は世界で13位、1日に1000~3000人くらいの新規感染者が出ているが、死者数は1日当たり一桁や二桁でとどまっている。 死者数が毎日1000人を超えていた4月にくらべると、かなり少なくなった。新規感染者数が最近再び増えているが、死者数はあまり増えていない。その理由としていくつか考えられる。 ひとつはイギリスでは医療機関以外での検査が増え、重症でなく軽症、若年層の感染者の報告が増えていること、二つ目は以前死亡者が多かった高齢者施設などでの感染予防が徹底し、医療機関での院内感染なども改善したこと、などである。 <関連記事:西浦×國井 対談「日本のコロナ対策は過剰だったのか」> <関連記事:緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史(全文)> ===== ――日本ではスウェーデンに対する関心が高い。スウェーデンの「独自路線」は成功だったのか失敗だったのか。 スウェーデンは多くの西側諸国とは異なり、感染流行が始まっても外出制限はなく、オフィスも店舗も閉めず、幼稚園と小中学校を休校にしなかった。社会的距離や移動の制限を求めることなどの措置は行ったが、全ては自粛・勧告による緩やかな規制だった。 なぜしなかったかというと、実は憲法で国民の移動を禁止できず、公衆衛生庁といった専門的集団である公的機関の判断を尊重することが規定されているからのようだ。そのため、日本と同じように「自粛」しかできず、スウェーデンの公衆衛生庁の疫学責任者でコロナ戦略を策定したアンデシュ・テグネル氏の判断や発言が大きく影響しているという。 テグネル氏は周辺国の真似ではなく、エビデンスに従い、自分たちが納得する方針を考え施行した。スウェーデンは一般に「集団免疫戦略」を採用したと考えられているが、長期戦を考え、国民・社会が長く耐えられる持続可能な対応としたというのが本当のようだ。 それでもスウェーデンの専門家の中にも反対意見は多かったようで、周辺国に比べて感染者数と死者数が増えるなかで、内外の批判に晒されながらも初志貫徹したテグネル氏を見ると、時に「過激なまでの個人主義」とスウェーデン人が揶揄される理由も理解できる。 死者数が増加していた時期、「完全なる失敗」と言われながらも、「死者の約半分が訪問を禁止されている高齢者施設で発生しているため、封鎖することで死者を減らせたかどうかはわからない」と、冷静にファクトとロジックを見ながら政策を進めていたのが印象的だった。 スウェーデンでは死者の9割以上が高齢者で、その約8割が高齢者施設および自宅などで介護を必要とする人だったという。彼らは寝たきりが多いので、ロックダウンをしようがしまいがそもそも外出しない。つまり、ヘルパーや家族から感染していた。 そのヘルパーには低賃金の移民労働者が多く、ロックダウンをしても来ることに変わりないので、この感染、そして死亡を防ぐ効果的な措置は、ロックダウンよりも介護従事者に手洗いやマスク着用などの感染予防を徹底して意識と行動を変容させることである。特に移民労働者には言葉の壁などもあるので、それらの問題をきちんと把握し解決することが死者数の低減・抑制につながる。 現在、フランスでもスイスでも、欧州の多くの国で公共交通機関、店舗内などでのマスク着用が義務となった。罰金を取られることもある。しかし、スウェーデンではマスク着用による感染抑制のエビデンスは低いとして、学校も店舗内も含めてマスク着用を義務付けていない。それでも現在のスウェーデンでは感染者数は増えていない。むしろ減少傾向にあり、9月1日時点の新規感染者数は172人、死者は1人である。 新型コロナの免疫応答については少しずつ明らかになってきているが、いわゆる「集団免疫」が新型コロナでも有効なのか、つまりある一定以上の人口集団が感染すれば未感染の人々が感染せずにいられるのか、その場合、何パーセントの人口が感染すればそうなるのか、などは未だわかっていない。 免疫は抗体だけではないので、抗体保有率だけで判断はできないが、最近明らかになった大規模調査の結果では、あれだけ感染爆発した北イタリアでも新型コロナの抗体保有率は7.5%、イタリア全体で平均2.5%、イギリスでは6%。 それでもイタリアでは150万人、イギリスでは340万人がコロナに感染したと推計され、報告数のそれぞれ6倍、10倍といわれている。集団免疫が確立するかもしれないとして期待されている40%や60%といった値には程遠い。 いずれにせよ、スウェーデンの今後の対策と感染流行の動向には世界が注目し、そこから学べることは多いだろう。 ――日本は成功例に入るのか。 成功か失敗かと2択で答えるなら、日本は成功していると思う。死亡率では世界139位。多くのアジアやアフリカの国よりも人口当り死亡数は少ない。その成功要因と考えられる「ファクターX」については拙著に私見を述べたが、韓国のK-防疫モデルのように一般化、標準化して胸を張って海外に示せるようなものではなさそうだ。 欧米式のロックダウンはしなかったが、経済と公衆衛生のバランスという意味では、スウェーデンと同じくらいに褒められてもいいと思う。ただし、最終的に似たような路線で成功しても、専門家と政治家がタッグを組んで、リーダーがエビデンスと信念をもって迅速な対策・措置を示していたか、国内外に向けて説得力のあるメッセージを発し、徹底したリスクコミュニケーションをしたかによって、世界また国内での評価は大きく変わるだろう。 7月以降、感染者数が増え、今後もどうなるかわからないため、成功、失敗を今決めることはできない。過去を見て成功・失敗を考えるより、現在を見つめ、他国の様々な事例から学び、新たなエビデンスを基に、今後のアクションを考えるほうが重要だ。 <関連記事:西浦×國井 対談「日本のコロナ対策は過剰だったのか」> <関連記事:緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史(全文)> ===== ――日本ではPCR検査数が他国のように増えていないことが問題視されている。人口100万人当たりの検査数は世界の国・地域のうち151位だ。國井さんが「成功」として挙げた国では検査が拡充していたこともプラスに働いているようだが、日本が早期に検査を拡充できていれば、より感染者数を減らし、死者数を減らすことにつながったのだろうか。 感染症によって、その収束には検査が必須のものとそうでないものがある。たとえばHIV対策では、検査陽性であれば薬を服用して自らの延命や他人への感染予防につなげられるため、特にリスク集団では誰もが検査できるような体制を作ることは重要だ。 しかし、インフルエンザでは検査の精度がそれほど高くなく、また治療薬も検査で陽性となってから服薬してもそれほど効果的とは言い難い。感染しているのに検査で陰性と出て、それによって安心して熱があるのに働き続けたり、効果的でない治療薬をもらうために医療機関を受診して長い間待たされたり、他の患者にうつしたりする方がかえって問題である。 治療薬やワクチンが存在しない中、新型コロナはインフルエンザと同様、軽度の症状であれば積極的に検査をするよりも、他人にうつさないようにして、自宅で安静にしていたほうがよいと私は考えている。 ただし、必要な人に対して検査ができないことは問題であり、検査体制自体は戦略的に拡充すべきである。容易に検査できるようになれば軽症や無症状の感染者も報告されるため、感染者数は見かけ上増える。検査のために医療機関を多くの人が訪れることで院内感染を助長したり、軽症の検査陽性者が多く入院することで医療機関の負担を増やしたりして、逆に死者数が増える可能性もあるので、注意が必要だ。 検査を拡充する上では、誰を優先して検査するか、いかに院内感染や医療機関への負担を増やさないようにするか、無症状・軽症者をどのようにフォローアップするか、など様々なことを検討し、対策を考える必要がある。 ――日本は公的機関が検査の質を担保することを重視したことも、検査数が増えなかった一因であるようだ。他国では民間を使って検査の質を担保できなくなるリスクと、検査を拡充することのプラス面をどう天秤にかけているのか。また、他国では偽陰性が30%出ることのリスクにどう対応しているのか。 民間だから質が低い、政府だから質が高いというわけではない。アメリカは世界保健機関(WHO)が承認した民間の検査キットを使わず、米疾病対策センター(CDC)が独自に検査キットを開発したが、それに欠陥が見つかり、多くの検査結果が判定不能となり、感染が拡大した理由のひとつともいわれている。 一方、既に話したように、韓国のバイオテクノロジー企業の検査キット開発は早く、1月20日に韓国で最初の感染例が報告された時には承認待ちだった。韓国では複数の民間企業が検査キットを開発したが、その精度はよかったようで世界から注文が殺到し、4月時点で100カ国以上に輸出していたという。 もちろん、政府による質保証、精度管理は重要だ。イギリス政府が大規模検査をするため、中国企業を含む9社に発注した家庭用抗体検査キットはすべて基準を満たさず、1750万個が無駄になったという。さらに、イギリスで一般市民向けに販売された41の抗体検査を分析したところ、その3分の1に問題があったらしい。 どんなに精度がよくても、PCR検査は感染した人を陰性としてしまう確率が3割ほどあるといわれている。その理由は、綿棒などで拭った場所にウイルスがいない、ウイルスがいても採取技術が悪く検体が取れないことがあるからである。さらに、ウイルスの遺伝子は不安定で分解されやすいため、検体の採取・保管から輸送・分析のどこかの過程で、温度管理が不十分だったり、不純物が混入したりすると陽性にならないこともある。 検査で陰性だからといって安心してしまい、かえって感染を広げてしまう危険性もある。したがって、検査キットの精度のみならず、その検体採取から保管・輸送・分析に至るすべての過程で標準作業手順書やマニュアルを作り、人材育成をするなど、その質保証、精度管理を徹底する必要がある。 緊急時に精度管理を徹底しながら迅速に進めるには、それ以前の準備が必要だ。今回のような危機を想定して真剣に準備していた国とそうでない国とで差が出たと思う。質を確保しながらも迅速に検査体制を拡充することは不可能ではない、というより、将来に向けて、そのような準備をしなければならない。 <関連記事:西浦×國井 対談「日本のコロナ対策は過剰だったのか」> <関連記事:緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史(全文)> ===== ――日本は第一波で感染爆発を経験していない。第二波で感染者数が増えるなかで、クラスター対策などを変えていく必要はあるのか。 感染者が集団発生した場合、その感染連鎖を断ち切らないと次々に広がり、大規模な集団発生にもつながりかねない。その意味でクラスター感染の濃厚接触者を特定し、感染の広がりを防止し、また感染者の行動歴を後ろ向きにさかのぼって感染源の同定をすることは重要だ。ただし、検査数が増え、感染者が増えるとこれまで通りの方法では難しい。既に保健所などでは過剰労働が問題となっている。 私はこれまでHIVや結核、マラリア、コレラ、ポリオなど他の様々な感染症対策に関わってきたが、流行初期や収束間近で症例数が少ない時には集団感染や個々の感染に細やかに対応できるが、数が多くなると個別に対応できる資源が不足し、戦略を変えないといけない。 感染症はすべての人に同じように拡大するわけではなく、リスクの高い集団、職業、活動、地域があり、ホットスポット、ハイリスクグループなどとも呼ばれる。それらを把握して感染が拡大する前に予防し、流行した場合、早期に介入して拡大を防ぐことが重要だ。 現在、私が住む欧州でも第二波がやってきている国があるが、以前のようなロックダウンは国民には受け入れられないだろうし、感染者が増えても死亡の増加は少ないので、冷静な対応、メリハリのある措置を行っている。 メッセージとして強調したいのは、「リスクゼロ」はあり得ないということだ。リスクゼロを求めるなら、外に全く出ずに自分ひとりで生活するしかない。一歩外に出れば交通事故のリスクもあるし、コロナ以外の病気にかかるかもしれない。コロナ以外にも多くのリスクがあるが、それらと付き合いながら我々は生きてきたし、これからも生きていかなければならない。 新型コロナの流行初期に比べて、この感染症との闘い方も付き合い方も次第にわかってきた。効果的なワクチンや治療薬が開発されればよいが、そうでなくてもうまく付き合っていけると私は思う。コロナは世界から消えず、流行は終息しないかもしれないが、他の感染症と同様、このウイルスと人類は「共生」できると思う。 これまで闘ってきた世界の様々な感染症に比べて、私自身は新型コロナをそれほど「特別」で「恐ろしい」敵とは感じていない。むしろ、人間側の「恐怖心」やそれによって差別や偏見、社会の中で取り残される人々、辺縁に追いやられる人々が生まれることの方が私には恐ろしく感じる。 社会経済活動と公衆衛生対策をバランスよく保っていきながら、多少のリスクは受け入れる。感染者数の増減などに一喜一憂せず、死者数を最小限に抑える努力をする。そうやって我々は少しずつコロナとの「共生」の仕方を学び、また将来やってくる新たな感染症の到来にも備えていく必要があると思う。 【國井修氏プロフィール】ジュネーブにある国際機関「グローバルファンド(世界エイズ・結核・マラリア対策基金)」戦略投資効果局長。元長崎大学熱帯医学研究所教授。これまで国立国際医療センターや国連児童基金(ユニセフ)などを通じて感染症対策の実践・研究・人材育成に従事し、110カ国以上で医療活動を行ってきた。 『人類VS感染症 世界はどう闘っているのか』 國井修 著 CCCメディアハウス 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