<コロナ禍でアベノミクスの成果が一気に吹き飛ばされるなか、新首相に待ち受ける前途多難な未来とは> 8月末に日本の安倍晋三首相が突然辞意を表明したときは、国内外の多くが驚いた。歴代最長政権の記録を作ったわずか数日後のことだった。 外国人にとって、安倍はこれまでになく日本を世界に関与させた。国内では、安倍は政局に安定をもたらし、着実な政権運営をしてきた。つまり安倍は、国内外で日本の再生を代表する存在だった。 だが、安倍が官邸を去る準備をするなか、日本はいくつもの大きな課題に直面している。とりわけ次期首相に重くのしかかる課題は3つある。まず、新型コロナウイルス感染症の拡大と、それによる深刻な景気後退だ。 このウイルスへの対応には、世界中のリーダーが苦労している。日本では、安倍の対応が遅過ぎたという不満は聞かれるが、統計的には日本はかなりうまくやっている。厚生労働省によると、先週末の時点で感染者数は約7万3000人で、致死率は1.9%と世界的には低いほうだ。 だが、コロナ禍の経済への影響は甚大だ。とりわけ観光業界は、東京オリンピックの開催延期が決まったこともあり、とてつもない打撃を受けている。また、それ以上に気掛かりなのは、日本の経済活動全般の低迷だ。 新型コロナの問題が深刻化する前から、日本の経済は弱含んでいた。そこにコロナ禍が来て、アベノミクスの成果は吹き飛ばされた。2020年4〜6月期のGDPは年率換算でマイナス27.8%にまで落ち込んだ。このダメージは日本がもともと抱える弱点を大きくするだろう。 近年、アメリカを中心に保護貿易のトレンドが広がっていたが、コロナ禍でこれに拍車が掛かれば、グローバルなサプライチェーンに依存する日本の製造業は大打撃を受け、そこから抜け出すためには一段と大きなハードルを越えなくてはならなくなる。既に息切れ状態にあった日本経済は、長期にわたり苦しむだろう。 次期首相が直面する第2の大きな課題は、緊張が増すアジアで、日本の安全保障を維持することだ。安倍が日本の防衛力を極めて効果的に強化したリーダーだったことは間違いない。 安倍の任期中、日本は国防費を増やし、憲法解釈を変更して自衛隊が外国で活動しやすくし、国家機密の漏洩に厳罰を科す特定秘密保護法を成立させた。自民党と連立を組む公明党とで、衆議院の議席の3分の2以上を握っていることが、こうした大きな変更を可能にした。 専守防衛の転換はあるか しかしまだやるべきことは多い。河野太郎防衛相は6月、アメリカから調達する予定だった地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画を停止することを発表した。「コスト、期間を考えると合理的ではない」というのがその理由だ。 【関連記事】菅首相選出に国民はしらけムード、日本の統治体制は死に体だ 【関連記事】安倍晋三の真価とは......日本は「あまり愛されなかったリーダー」を懐かしく思い出すかもしれない ===== 北朝鮮は近年、イージス・アショアのようなミサイル防衛システムをかいくぐる能力を急速に強化してきた。一方、配備予定地の住民からは安全性を疑問視する声が相次ぎ、それに対応するためのシステム改修には巨額の費用がかかることが分かった。さらに配備後の維持・運用費も一段と膨らむ可能性が高まり、もはや配備を正当化することが難しくなったのだ。 イージス・アショアの配備断念を受け、安倍政権は国防体制の見直しを図ることを決めた。まずは中長期的な安保の基本方針を記した「国家安全保障戦略」を改定するという。この中で特に議論になりそうなのが、いわゆる敵基地攻撃能力の獲得だ。 日本はこれまで、憲法に基づき専守防衛の方針を貫いてきた。しかし近年、弾道ミサイルなどで攻撃を受ける可能性が高まったとき、実際に攻撃を受ける前に、敵基地を攻撃する能力を保有するべきだという声が高まっていた。 アジア地域の軍事バランスが急速に変化するなか、次期首相は日本の防衛体制を専守防衛から攻撃能力保有へと歴史的転換を図るか否かの判断を迫られる。 安倍の後継者が直面する第3の大きな課題は、高齢化社会に対応するための一連の構造改革だ。日本では既に、65歳以上の高齢者が人口の28.4%を占める。2040年には、その割合は35.3%まで上昇するとみられている。 高齢者の増加は、国家財政の大きな圧迫要因となるだろう。どの国であっても年金改革は国民の理解を得にくい問題だが、避けて通ることは難しい。しかも日本の政府債務は既に対GDP比200%を超える。新型コロナが財政に与える影響も無視できず、公的債務問題は今後一段と差し迫った優先課題となる。 社会の高齢化は、労働力人口の減少も意味する。日本が世界第3位の経済規模を守るためには、生産性を大幅に引き上げる必要がある。 安倍政権はそのための構造改革に着手してきた。例えば農業改革の一環として、安倍は農地を企業向け用地に転用することを可能にしたり、農産物の国際的な需要開拓・輸出拡大をサポートするといった施策を進めてきた。 安倍が率いる自民党の農業政策は伝統的に米農家の支援に偏っていたが、一連の農業改革で、より多様な農家に大きなチャンスがもたらされた。 実際、農産物の多様化と輸出推進策は農業部門を活気づけ、農家の間でも輸出を意識した農業経営が広がってきた。農業部門の国際的競争力を高めることは、TPP(環太平洋経済連携協定)に参加するために必要な市場開放を実現する上でも重要だ。アメリカが離脱したものの、TPPは「包括的かつ先進的TPP協定(CPTPP)」として継続しており、2025年までに日本のGDPを2%押し上げるという試算もある。 ===== アベノミクスは、女性の社会進出も推進してきた。子供の保育施設を拡充したり、企業における女性管理職の比率目標を示したりと、強力な施策が次々と打ち出されてきた。人材採用時の男女比を改善するイニシアチブも取られてきた。しかしこの領域では、日本の女性はまだ大きな障壁に直面している。 外交では安倍に出番も? 日本経済の生産性をさらに高めるためには、雇用の流動性を高めることが不可欠だ。これは外国人受け入れ政策の改正なしにはあり得ない。2018年に改正出入国管理法が成立して、外国人技能労働者の雇用機会が拡大したことは第一歩にすぎない。活発な経済を維持するためには、適切な人材が日本で働きたいと思うような施策を今後も打ち出していく必要がある。 次期首相は、安倍の経済政策の多くを引き継ぐかもしれないが、政治的にセンシティブな目標は先送りにするかもしれない。例えば自民党は、憲法改正を基本方針の1つに掲げてきたが、コロナ禍や経済環境を考えると、新政権が改憲を最優先課題に据えるとは考えにくい。 外交面では、次期首相は韓国など近年関係がこじれてきた国々との問題に取り組む機会があるかもしれない。ただ、この領域では今後も安倍が重用される可能性が高い。とりわけ安倍は、ドナルド・トランプ米大統領と親しい関係を築いてきたから、11月の米大統領選でトランプが再選されれば、一段と重要な役割を果たすかもしれない。 自民党は次期総裁選を14日に実施することを決めた。(編集部注:14日の自民党総裁選で菅義偉官房長官が新総裁に選出された)だが日本の今後の方向性について有権者が本格的な議論を聞くことができるのは、来年10月の衆議院議員任期満了までに行われる総選挙まで待たなければならないだろう。 つまり安倍が去った後も、日本はしばらく安倍路線を歩むことになりそうだ。 From Foreign Policy Magazine <本誌2020年9月22日号掲載> ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます9月22日号(9月15日発売)は「誤解だらけの米中新冷戦」特集。「金持ち」中国との対立はソ連との冷戦とは違う。米中関係史で読み解く新冷戦の本質。