<現在の中国との競争は、国家や体制の存続を懸けた米ソ冷戦とは全く別物──どちらかの体制を倒せば解決するものではなく、過剰反応すれば禍根を残す。本誌「誤解だらけの米中新冷戦」特集より> 現実的に国際関係を考える上で肝要なのは、死活的な国益とそこまで重要ではない国益の弁別だ。死活的な国益とは国家存続の脅威への反撃であり、外国による征服のほか、国内では政府転覆の動きへの対処といった形を取り得る。東西冷戦期においては、ソ連が世界各地で、そしてアメリカもソ連とその同盟国に対し、相手国の政治体制やイデオロギーに基づく秩序を破壊しようという戦略を用いていた。 それに比べて現代のアメリカと中国のライバル関係は、互いの存続を懸けた激しい戦いとは言えない。そしてアメリカにとって肝要なのは、中国とのライバル関係をそんなふうに深刻な問題として扱わないことだ。「新冷戦」というのはマスメディアの安っぽい決まり文句だが、真の危険をはらむ言葉でもある。米中の地政学的競争は米ソのそれとは根本的に異なる。しかしアメリカの政治や外交を担うエリート層が米中の競争を「冷戦」という言葉でくくるとするなら、アメリカにも世界にも深刻な影響を与えかねない。 米ソの冷戦はそもそも、ソビエト革命の拡大という脅威と、ヨシフ・スターリン政権の残酷な性質に端を発していた。だが一方でアメリカ側の想像の産物でもあったし、アメリカがその想像に基づいて行動を取ったという側面もあった。これによりアメリカの政治や文化、公共的モラルが被ったダメージは大きかった。 国家と国家が(内部からか外部からかを問わず)相手を滅亡させるぞと互いを恫喝しているなかで平和な時期が訪れたとしても、それは武装解除なしの一時的な停戦のようなもので、常に軍事的・イデオロギー的な総動員体制が求められることになる。このため対外的には緊張、国内的には抑圧が続き、関係国全てで狂信的な考えやヒステリックな過剰反応、陰謀論的な思考といったものがはびこってしまう。 世界標準と比べれば、米英戦争末期の1815年のニューオーリンズの戦いでイギリス軍を撃退して以来、アメリカが真の意味で他の大国からの存続に関わる脅威にさらされたことはなかった。以来、2つの大洋と、近隣諸国の軍事・経済的な弱さに助けられ、アメリカは例外的な安全を享受してきた。 東西冷戦期においても(核兵器を別にすれば)、アメリカが存続に関わる本物の脅威に直面したとは言えない。共産主義者が国外からもしくは国の内部からアメリカを乗っ取る可能性など全くないに等しかった。 真の脅威だったのは最初だけ もっとも冷戦の初期には、共産主義のイデオロギーとソ連の軍事力はアメリカの主要同盟国にとって脅威だと信じるに足る理由があった。ソ連および東ヨーロッパ諸国におけるスターリン主義政権は邪悪で恐るべきものだった。また、第2次大戦後の西ヨーロッパの経済的混乱は、共産主義者にとっては政権奪取のチャンスも同然だった。1945年当時、ソ連軍は地上で最も強大な陸軍だった。そして1949年には中国でも共産主義革命が起きた。 ===== 東ベルリンで開かれたソ連支持の青年集会(1950年) FPG/GETTY IMAGES だが比較的短期間のうちに、ソ連の脅威はかなり弱まった。スターリンの死(1953年)により、東欧の共産主義政権はある程度穏健化した。また、スターリンが生前の1949年に、ギリシャ内戦における共産主義勢力の支援から手を引いたことも、ソ連がヨーロッパでアメリカとの直接対決のリスクを冒す気がないことをはっきりと示していた。 ハンガリー動乱(1956年)や東ドイツから西ドイツへの市民の大量逃亡(これが1961年のベルリンの壁建設につながった)を経て、ヨーロッパにおける共産主義の魅力が色あせていることは、1960年代初頭には明らかになっていた。また中ソ間の対立は、中国とアメリカが同盟国に近い関係になる地ならしとなった。 つまり東西冷戦の初めの3分の1の期間を除いて、アメリカを動かす支配層の人々は冷戦について、「ソ連が機能不全の度を深める経済と内部分裂によって押しつぶされるまで一時的に、小規模な衝突と限定的な防戦を繰り返すこと」と捉えることができたはずだった。 もちろん、実際はそうはしなかった。むしろソ連の共産主義との闘争は、アメリカの外交・安保政策全体にとっての総合的な、そして作戦面でもデフォルトの枠組みとなった。あらゆる地域的な問題はこの枠組みにはめ込まれ、ソ連との全方位的な、存在を懸けた闘争という枠組みに合わない地域的要素は分析の対象から除外された。 その結果、ひどい誤解が繰り返され、現在までアメリカは後遺症に苦しんでいる。例えばイランの首相だったモハンマド・モサデクは世俗的な民族主義者だったのに、アメリカは彼を共産主義の工作員だと考えた。ベトナムの共産主義革命はフランスに対する反植民地的・民族主義的闘争の延長線上にあったのに、アメリカはソ連の世界征服計画の一端と見なした。1980年代のアフガニスタンでの戦争は、専制君主による近代化とイスラム教的・部族的な保守主義との長年のせめぎ合いの延長線上にあったのに、ソ連の帝国主義からの解放という枠組みで捉えられた。 限定的な分野の限定的な競争 アメリカは真の国益とは大して関係のない地域紛争に幾度も引きずり込まれた。アメリカの支配層やメディアはそうした地域紛争を、ナチズムやスターリン主義との戦いと同じく、アメリカ主導の「善」と絶対的悪の間の単純明快な戦いとして語ってきた。このイメージに合わせるため、複雑な部分は切り捨てられ、事実はねじ曲げられた。 アメリカ国内に既にあった被害妄想や異文化への恐れ、善か悪かの二元論的世界観は、冷戦によってさらに悪化した。「赤狩り」が終わっても、過剰反応や過激思考、被害妄想の癖は消えず(アメリカの真の危険とはほぼ無関係なものに対してもだ)、今日に至るまで共和党の足を引っ張っている。ベトナム戦争もアメリカ国内の分裂を深め、国民の団結や基本的な政治的コンセンサスに大きな禍根を残した。 ===== ジョセフ・マッカーシー上院議員が進めた「赤狩り」はついに米陸軍にも及んだ(1954年) BETTMANN/GETTY IMAGES つまりアメリカの外交や安全保障を動かす人々は現在の中国とのライバル関係を「特定の分野の限定的な競争」という概念で捉えるべきであり、「アメリカの存続に関わるような世界規模の善と悪の戦い」と考えるべきではない。何より、中国との闘争をアメリカの政策の中心に据えることは、国民の安寧を脅かすはるかに深刻な問題(国内においては経済格差と人種間の緊張、世界規模で言えば気候変動とその影響)から目をそらすことになる。 このたびのコロナ禍は、一般国民の真の利益とは何かをアメリカがきちんと理解するきっかけになるはずだ。朝鮮戦争とベトナム戦争におけるアメリカ人戦死者を合わせた数より多くの人に死をもたらしたのは敵対する大国ではなく、新型コロナウイルスだったのだから。 アメリカと中国の競争は現実にあるし、深刻でもあるし、これからも拡大していくだろう。それは経済的な理由からも、世界のリーダーという立場を今後も維持するというアメリカの考えと中国の野心が相容れないことからも避けられない。 だがこの競争関係は、2つの根本的に相反する国家制度の間の存続に関わる闘争ではないし、地球のあらゆる場所で戦われるべきグローバルな闘争でもない。 中国は共産主義革命を世界中で推し進めようとはしていないし、中国が既存の国家の転覆を狙っている証拠もどこにもない。中国は資本主義的な貿易大国であり、各国市場の安定や、自国からの対外投資の安全は非常に重要だ。 西側世界の世論や政治、外交に影響を与えようと中国がさまざまな形の工作を行っているのは事実だし、これには対抗措置を取るべきだ。だが中国の工作の目的はあくまでも、西側諸国の対中政策に影響を与えることで国家転覆ではない。 また中国(およびロシア)がアメリカ政治を動かそうとこっそり行っている宣伝工作の効果は、アメリカ自身の国内問題がもたらす影響と比べればはるかに小さい。BLM(黒人の命も大切だ)運動のきっかけとなったジョージ・フロイド殺害事件を起こしたのは中国ではない。 中国と同じ方法で競争せよ 中国は、資本主義的な貿易国家であり、国際的な資本主義システムに依存している。従って、一定のルールに基づく国際秩序の安定を必要としている。 同時に中国は、この国際的な資本主義システムを通じて、自らの影響力拡大を図ってきた。世界各国で進む次世代通信規格5Gの整備事業に、華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)が食い込もうとしているのがいい例だ。中国のこうした活動は厳しく制限しなければならない。それでも中国はまだ、アメリカほどの経済的影響力は持っていない。 ===== 米軍とフィリピン軍の合同演習 ROMEO RANOCO-REUTERS 中国と競争するためには、アメリカ自身の資本主義体制を守り、強化することが不可欠だ。それには、トランプ政権がやってきたように中国製品に追加関税を課すだけでなく、アメリカ国内の経済改革と、インフラおよびテクノロジーへの投資拡大が必要だ。つまり中国と同じ方法で競争する必要がある。 地政学的な影響力拡大に関しては、中国は極めて慎重に進めてきた。インド洋への進出も、少なくとも現時点では、近隣諸国の港湾整備という商業的な性格にとどまっている(ジブチの補給基地は例外だが)。中国海軍のプレゼンスも、アメリカに比べれば取るに足らないものだ。 なによりも中国は、中東でアメリカのつまずきを利用していない。例えば、もし中国がイランに対して大規模な経済援助を行っていたら、この地域におけるアメリカの地位に大きな影響を与えられただろう。 もちろん、中国がそうしていないのは、善意からではなく、世界最大のエネルギー輸入国として、ペルシャ湾岸の安定に大きく依存しているからだ。むやみに中東で影響力を拡大しようとして、アメリカと同じ泥沼にはまってはならないという警戒心もあるだろう。これまでのところ、この賢明なアプローチが、大きく変わったことを示す証拠はない。 中国の慎重な地政学的戦略の唯一の例外は、南シナ海だ。中国はこの海域を自国の裏庭だと考えている。アメリカは、こうした中国の領有権主張を認めてはならない。そのせいで、中国が南シナ海経由の貿易を妨害したりした場合は、アメリカは世界の国々と手を組んで、中国の海洋貿易を阻止するパワーがある。 東アジアでは、アメリカは日本と正式な軍事同盟関係にある。日本は中国の覇権に屈するつもりはなく、アメリカにとっては、この地域で中国の次に重要な国だ。この同盟関係と、日本と韓国の駐留米軍の存在は、当然維持しなければならない。 台湾を守れなくなる日 米中関係で唯一、現実的な危険をはらんでいるのは、台湾だ。もちろんアメリカは、いかなる形であっても、中国の台湾侵攻を容認するようなサインを出してはならない。しかし中国の軍備増強と、台湾との近接性を考えると、いずれ台湾を中国の海上封鎖や侵攻から守るのは不可能になることを、アメリカの安全保障専門家は認める必要がある。そこで目指すべきは、もし台湾に侵攻すれば、政治的・経済的に壊滅的な制裁を受けることは避けられないと、中国に確実に知らしめておくことだ。 このようにアメリカは、現実的かつケース・バイ・ケースで、中国との地政学的競争に対応しなければならない。気候変動や感染症などグローバルな重要課題では、中国と協力することも必要だ。一方、アメリカの国益が関係しない局地的な紛争(中印国境紛争など)には巻き込まれないよう注意するべきだ。 ===== 東西冷戦の主な舞台はヨーロッパであり、政治・社会・経済における西側の明らかな優位が、最終的にソ連を内側から崩壊させた。だが、このときのアメリカの同盟国は、共産主義の独裁体制を拒否した自由民主主義国だった。 現代の米中関係は違う。アジアでアメリカが手を組まなければならない国には、ナレンドラ・モディ首相がヒンドゥー至上主義を掲げるインドや、共産主義国ベトナム、そしてポピュリストのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が権威主義体制を敷くフィリピンなどだ。いずれも民主主義を防衛する戦いで頼りになりそうにない。 なにより危険なのは、中国との競争を互いのイデオロギーの生き残りを懸けた生存競争と位置付けることだ。それはアメリカの戦略をゆがめるだけでなく、競争を著しく危険なものにするだろう。「敵対する国が、相手の国の性質そのものを脅威と見なすと、死闘が繰り広げられることになる」と、政治学者のスティーブン・ウォルトは指摘している。 中国との競争は、東西冷戦のときのように、一方の体制を倒せば勝てるものではない。この競争の最も重要な側面は、経済成長と社会の安定、そして新しい危機への対応能力において、2種類の資本主義体制がどちらも比較的成功しているということだ。だから中国は、アメリカにとってソ連よりも手ごわい挑戦者なのだ。これらの領域で中国と競争するために必要なのは、戦艦を増やすことでも、CIAの工作員を増やすことでも、対外放送ボイス・オブ・アメリカ(VOA)の予算を増やすことでもない。必要なのは、長く先送りにされてきた国内改革の実施だ。 From Foreign Policy Magazine <2020年9月22日号「誤解だらけの米中新冷戦」特集より> 【関連記事】TikTok・出会い系アプリ、中国への「流出」を防ぐには何が必要か【欧米vs中国】 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます9月22日号(9月15日発売)は「誤解だらけの米中新冷戦」特集。「金持ち」中国との対立はソ連との冷戦とは違う。米中関係史で読み解く新冷戦の本質。