<コロナ禍に乗じて欧米企業を買いあさる中国。先端技術の流出を防ぐには外資規制が急務だが、問題はそれだけでは収まらない。本誌「誤解だらけの米中新冷戦」特集より> 同性愛者の出会い系アプリGrindr(グラインダー)、そして10代に絶大な人気を誇る動画投稿アプリTikTok(ティックトック)。10年前なら、こうしたアプリが国家安全保障上の重大なリスクになるなどと真顔で言えば、頭がおかしいと思われただろう。 だが今、この2つのアプリは地政学的な対立の焦点になっている。 欧米諸国は、戦略的に重要な自国企業を守るため、外国資本による買収の規制に乗り出している。これは主に中国企業を念頭に置いた動きだ。ただし規制するのは簡単でも、問題はそれだけでは収まらない。中国企業とその関連企業を締め出したら、コロナ禍で足腰が弱った欧米企業をいったい誰が救うのか。 今や地政学的な競争の最前線で、先端技術、特に安全保障に関わる技術を持つ企業をめぐる攻防戦が繰り広げられている。例えばスウェーデン。2014年以降、中国企業はこの国の企業を「爆買い」してきた。中国資本の傘下に収まったスウェーデン企業の半数以上は、中国が技術覇権を握るため「中国製造2025」計画で重点的に注力すると決めた先端技術を誇る企業だと、スウェーデン防衛研究所は19年に報告した。 しかしコロナ危機以前は、どの国も中国のこうした動きを警戒していなかったようだ。アメリカだけが神経をとがらせ、18年に「外国投資リスク審査現代化法」を成立させた。 一方でドイツはこの年、安全保障上重要な分野の企業の株を外国投資家が購入する際、ドイツ政府の認可が必要になる株式取得割合を25 %以上から10%以上に引き下げている。 その後コロナ危機が発生。いち早く感染拡大を封じ込めた中国は、資金難にあえぐ欧米企業に触手を伸ばし始めた。今年5月には中国銀行傘下の航空機リース会社BOCアビエーションが世界第5位の格安航空ノルウェー・エアシャトルの株式を大量に買い付け、筆頭株主となった。 裏技で送電網を守ったドイツ 救い主を装った中国の二枚舌外交に各国政府と世論は警戒感を募らせ、欧米諸国もようやく外資規制に乗り出し始めた。 ドイツは安全保障に直接的に関連がある分野に限らず、重要な技術分野にも規制の網を広げ、フランス、ポーランド、スペインも同様の措置を取った。イタリア政府も自国企業の知的財産を外国資本から守る法律を強化。スウェーデンの議会も外資規制強化法案を審議中だ。欧州委員会が打ち出したより厳格な外資規制の指針も今年10月から適用される。 【関連記事】米中新冷戦でアメリカに勝ち目はない ===== 英政府も限定的な外資規制法「企業法」の拡大を検討。外国政府が企業買収を進める動きに対し、議会が調査を進めており、この問題に特化した小委員会も設置された。トランプ政権はアメリカの会計基準を遵守しない中国企業を国内の証券市場から締め出す考えを示したばかりだ。 こうした規制強化は評価できる。企業爆買いを許せば、地政学的なライバルに自国企業が持つ重要な技術をみすみす譲り渡すことになるからだ。ただ、基幹技術を守るには外資規制だけでは不十分だ。 「アメリカと同盟国の企業の基幹技術を守るには、サプライチェーン全体を守る包括的な戦略が必要だ」と、米議会が設置した超党派のサイバースペース・ソラリウム委員会の事務局長を務めるマーク・モンゴメリー元海軍少将は言う。 だがそうした戦略を立てても、厄介な問題が残る。中国その他の非友好国を排除したら、資金繰りに苦しむ欧米企業を誰が救うのか。 ドイツは2年前、まさにそんな難題に直面した。オーストラリアの大株主がドイツの送電会社50ヘルツの株式売却を決定。中国国有の送電最大手・国家電網が20%を買い付ける方針を打ち出した。国家電網はそれ以前にも50ヘルツの大株主になろうと試みたが、ベルギー企業に阻止された経緯がある。20%でも買えるものなら買おうとしたのだ。 当時のドイツの法律では、政府の認可が必要なのは25%以上の取得に限られ、この取引には口出しできなかった。そこでドイツ政府は裏技を使った。国営の金融機関・ドイツ復興金融公庫に命じて50ヘルツ株を取得させたのだ。 中国資本のしたたかな秘策 これは例外的なケースで、欧米諸国にはまだこうした問題に対処する戦略がない。TikTokをめぐる綱引きを見る限り、トランプ政権は企業買収の仲介役になることで対処しようとしているようだ。一方、英政府はこれまで何度か資金に余裕がある国内企業に、中国企業が狙う自国企業の株を買うようひそかに働き掛けてきた。 しかし、これらは付け焼き刃の対応にすぎず、中国は欧米勢に長期的な戦略がないことを見抜いている。この夏、英政府が中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)の第5世代(5G)ネットワークからの排除を決定すると、中国の劉暁明(リウ・シアオミン)駐英大使はイギリスの原子力発電所建設プロジェクトからの撤退をちらつかせた。 【関連記事】中国企業は全て共産党のスパイ? 大人気TikTokの不幸なジレンマ ===== 市場の「見えざる手」が欧米企業を救ってくれないなら、欧米諸国の政府が救うしかない。中国の投資家を締め出すなら、「それに代わる十分な資金を提供しなければならない」と、モンゴメリーは言う。国内企業か同盟国の企業に自国企業の株式を取得してもらうようインセンティブを与える手もある。 さもなければ、政府が直接的に資金を注入することだ。ドイツはコロナ危機で打撃を受けた企業に融資と融資保証を提供するため、他国に先駆けて5000億ユーロの「経済安定化基金」を設置した。こうした枠組みを通じて、中国企業が狙う欧米企業にテコ入れする手も有効だろう。 出会い系アプリのグラインダーは16年に中国企業に買収された。だが米政府は19年、中国政府にユーザーの個人情報が流出する懸念があるとして、中国企業にグラインダーの売却を命じ、中国企業はこれに従った。 実はこの話には裏がある。グラインダーの売却先はデラウェア州に本拠を置く米企業だが、その共同オーナーは中国の検索エンジン「百度(バイドゥ)」の元幹部とシンガポール在住のビジネスマン。つまり、グラインダーは実質的に今も中国資本の傘下にあるのだ。 欧米諸国はこうした状況を指をくわえて見ているわけにはいかない。さもないと、非友好国の魔の手から知的財産と基幹技術を守れない。 From Foreign Policy Magazine <2020年9月22日号「誤解だらけの米中新冷戦」特集より> ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます9月22日号(9月15日発売)は「誤解だらけの米中新冷戦」特集。「金持ち」中国との対立はソ連との冷戦とは違う。米中関係史で読み解く新冷戦の本質。