<軍事的、経済的優位を確保するためには、卑劣な手段も厭わず他国の技術を盗む中国と、それを防ごうとするアメリカの最前線> 世界の2大超大国の覇権争いはかつてない規模までエスカレートしており、そこでは米政府と企業が束になってかかっても防ぎきれない「壮大な泥棒」、即ち中国政府系ハッカーが幅を利かせている。 中国政府は外国の知的財産を組織的かつ大量に盗んでいるという批判を躍起になって否定する。しかし、米中が技術的・軍事的な優位をめぐって熾烈な競争を繰り広げる今、中国の組織的なサイバー攻撃でアメリカが被る損失は年間約5000億ドルにも上ると、米防諜機関のトップは言う。 「中国による知的財産の盗用で、アメリカは年間約5000億ドルの被害を受けている」と、米国家防諜安全保障センターのウィリアム・エバニナ長官は本誌に語った。「これは中国がアメリカの25%の世帯から、1世帯に付き毎年4000ドル~6000ドルを盗んでいるのに等しい」 11月の米大統領選を目前に控えた今、米中関係は悪化の一途をたどっている。ドナルド・トランプ米大統領は支持基盤向けに新型コロナウイルスの感染拡大を中国のせいと言い切るなど対中強硬姿勢をアピール。米政府高官は経済や通商、南シナ海などにおける領有権争い、中国の少数民族ウイグル人の人権問題などで日々、中国批判を繰り返している。 だが、米中の最も熾烈な攻防戦が繰り広げられているのはサイバー空間だ。 パソコンごと盗むことも FBIは、アメリカの政府や企業を標的にした中国絡みのハッキングやスパイ活動の増加は、中国当局の指示によるものだとみている。クリストファー・レイFBI長官は今年7月、現在捜査中の5000件のスパイ事件の半数近くは中国絡みだと述べた。 「中国絡みのスパイ事件が増えているのは、中国共産党のせいだ」と、FBIは本誌の取材に書面で回答した。「中国共産党は、軍事力と経済規模で優位に立つため、アメリカの知的財産と機密情報を盗む活動を続けている」 FBIによれば、中国人ハッカーの標的になるのは、情報技術、通信ネットワーク技術、軍事技術など。主な手法はサイバー攻撃だと言われているが、「中国は知的財産の盗用、米企業の合法的買収、データの入手を目的とする(パソコンなどの)物理的な盗みといった手法も多用している」。 米政府が総力を挙げても、この脅威を封じ込めるのは難しい。 「連邦政府は民間部門や地方自治体とも連携し、それらの出先機関も総動員することで、より効率的に中国によるスパイ案件を特定」することに努めていると、FBIは指摘する。「FBIは何年も前から中国のスパイ活動について警告し、民間部門や学界とも積極的に連携し、脅威に対処してきた」 ===== 米政府の防諜活動に協力してきた企業の1つがクラウドストライクだ。サイバーセキュリティの有力企業で、ソニー・ピクチャーズを狙った2014年のハッキング事件や、2016年の大統領選前に発覚した民主党全国委員会のメール流出事件など、よく知られた事件の捜査にも協力してきた。 クラウドストライク・サービシーズの社長で、FBIの元次官補でもあるショーン・ヘンリーは、分かりやすい例え話で自社の役割を説明した。 「外国の戦闘機がアメリカの領空を侵犯したら、空軍がスクランブル(緊急発進)をかけて、侵入機を追い出す。同様に、外国の戦艦がアメリカの領海に入った場合も、米軍が即座に対応する」 サイバー空間ではそうは行かないと、ヘンリーは言う。 「仮想空間では、米政府には外国の侵入に対処する能力ないし権限がない」 政府に代わって「こうした攻撃を探知し、マルウェアの動きを止めて、敵の攻撃を無効にする技術を提供する」のが民間部門、つまりクラウドストライクのような企業だ。 それでも侵入は日々起きている。米司法省は9月16日、アメリカや日本など世界の100社以上の企業にサイバー攻撃を仕掛けた容疑で、中国籍のハッカー5人を起訴したと発表した。容疑者らは技術情報を盗んだほか、「身代金」目的でシステムを使用不能にするランサムウェア攻撃も行なっていたとみられる。 大企業が潰れることも 国際法律事務所ドーシー&ホイットニーのパートナーで、司法省の法廷弁護士や海軍長官の特別顧問を務めたロバート・カタナックによれば、「米情報機関は、アメリカの知的財産をサイバー攻撃から守るか、少なくとも損失を最小限に抑えようと、中国政府系ハッカーと日夜、熾烈なサイバー攻防戦を繰り広げている」。 司法省の発表は「その実態を垣間見せるものだった」と、カタナックは本誌に宛てたメッセージで述べた。「司法省の発表で、企業は悪い連中を締め出すサイバーセキュリティの重要性を痛感したはずだ。悪い連中の侵入を察知し、アラートを発するシステムがいかに重要か理解してもらえただろう。悪い連中が本気になれば、彼らの侵入は防げないのだ」 サイバー攻防戦はコストのかかる「いたちごっこ」で、終わりは見えないとカタナックは言う。 「こちらが手を打てば、敵は対抗手段を編み出す。そのプロセスが際限なく繰り返される。予算はどんどん膨らむし、ビジネスの優先順位を考えると、非常に厄介だ」 サイバー攻撃が壊滅的なダメージをもたらすこともある。 カナダの通信機器大手ノーテル・ネットワークスがあっという間に凋落し、2009年に破綻に追い込まれたのも、中国政府系ハッカーの仕業だと、専門家や内部関係者はみている。長年にわたる組織的なサイバー攻撃で機密データをごっそり盗み取られ、人材まで奪われたノーテルは、自社から流出した情報が、中国の通信機器大手・華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)の急成長に役立ったと認めている(ファーウェイ側は一貫して否定)。 ===== 以後アメリカでは司法省が、中国に拠点を置くハッカー集団の動きに目を光らせてきた。中国人ハッカーは自国企業と競合する米企業をつぶすため、設計や技術、事業戦略などを大量に盗んでいた。標的になった企業は、鉄鋼大手のUSスチール、アルミニウム大手のアルコア、原子力発電大手のウェスティングハウス・エレクトリックなど多岐に及ぶ。 気になるのは、こうしたハッカー集団が防衛産業を標的に据えたらどうなるかだ。 「中国政府は、『軍民融合』と称する国家戦略を通じて、軍備の現代化の野望を追求している」と、トランプ政権の高官は本誌に語った。「民生部門と軍需産業の伝統的な垣根を取り払い、軍事技術を急成長させて、人民解放軍の戦闘能力を高める戦略だ」 中国に自由で独立した民間部門がないことが、この戦略を可能にしている。 前述の当局者は「中国の民間組織は、習近平の『強軍思想』を支持するよう指示され、共産党・政府に取り込まれている」と指摘する。「共産党の権力者から協力を指示されれば、それを断るという選択肢はない」 中国政府はこの軍民融合戦略で、特にアジア太平洋地域において、世界で軍事的に優位な立場を維持している米国防総省との差を縮める手段を得ている。 「中国は多くの場合、産業スパイや不透明な提携関係、海外での学術交流の不正操作などを通じて、軍事作戦上の目標を追求している」と、この当局者は言う。 軍民融合戦略は、習の目標達成を手助けするためにつくられた、複雑に絡み合う戦略の一部だ。「軍民融合は、一帯一路イニシアチブをはじめとする中国の他の戦略も補完している」 一帯一路イニシアチブは中国の世界的なマスタープラン(基本計画)の一部で、建国100周年である2049年の計画完了を目指している。2000年近くにわたって世界貿易の独占を可能にした交易路「シルクロード」を模した計画で、世界銀行によれば、70を超える国や組織がその投資範囲に含まれている。 技術入手が最も巧みな国 米国防総省はその脅威を深刻に受け止めており、「中国の軍事力・安全保障の進展に関する年次報告書」の中でも同イニシアチブに言及している。 報告書は、中国が幅広い標的に対してさまざまな方法を駆使して情報を入手していると警告。「中国は外国の技術を入手するために、合法・非合法を問わず、さまざまな方策を追求している」と述べ、こう指摘した。「中国は軍の近代化という目標を前進させるために、機密技術や軍民両用の技術、軍用設備を入手すべく幅広い実践や手段を講じている」 さらに報告書はこう続けた。「中国は海外の投資や営利目的の合弁事業、企業の吸収・合併や国が支援する産業・技術スパイ、さらには軍民両用技術を違法に転用するための輸出管理の操作を利用して、軍事研究や開発などのための技術や専門知識を増やしている」。報告書によれば、昨年はその一環としてランダム・アクセス・メモリ(RAM)や航空技術、対潜水艦作戦用技術の入手を試みたという。 米陸軍の元将校で現在はシンクタンク「ジェームズタウン財団」の非常勤研究員を務めるマット・ブラジルは、「中国政府は、自国の産業と国防を強化するために、外国の民間および軍の技術を入手するのが歴史上、最も巧みな国だ」と本誌に語った。 ===== 中国の当局者たちは、中国には諸外国から情報を盗むための壮大な陰謀があるという疑惑を繰り返し否定してきた。在米中国大使館は本誌に、「アメリカ側は、自分たちの主張を裏づける確固たる証拠を一切提示できていない」と語った。 「中国は革新大国、知的財産大国であり、科学的な革新や知的財産の保護を強化し続けてきた」と大使館は述べ、こう続けた。「今や中国は、革新のための研究開発の規模と成長率で世界をリードする国のひとつだ」 同大使館によれば、中国の研究開発費は2006年の約440億ドルから、2018年には3000億ドル近くにまで増えている。世界最大の人口を抱え、科学分野に重点を置いている中国は、世界で最も多くの研究者を擁しており、国内外で特許の出願を加速させている。 中国政府はまた、国内での知的財産保護を強化し、不正行為を取り締まるための複数の国際協定に参加しているとも主張している。 在米中国大使館は、中国における商標法の改正や知的財産の乱用を防ぐための新たなガイドラインの策定を引き合いに出して、こう主張した。「中国は近年、知的財産権保護のための政策を導入し、取り締まりも強化した。一連の取り組みは目覚ましい成果をあげている」 「中国市場のジレンマ」 その上で同大使館は、西側の複数の組織から好意的な評価を得ているとも述べた。たとえば世界銀行の報告書「ビジネス環境の現状2020」では、最もビジネス環境の改善がみられた上位10カ国・地域に中国が2年連続でランクインしており、米商工会議所は、オンライン通販と医薬品特許をはじめとする分野での、中国の知的財産保護策を称えているという。 だが世界銀行の「ビジネス環境の現状」報告書は、2020年版の発行後に、発行の一時停止が発表されている。2018年版と2020年版のデータに「異常」が報告されたためだという。 米商工会議所のスコット・ホール広報担当は、「中国は知的財産集約型のイノベーターやクリエイターにとってのジレンマだ」と述べ、こう説明した。 「一方では、中国市場はあまりに大規模で成長が速く、競争という点から無視することはできない事実がある」と彼は述べた。「だがもう一方では、中国市場で事業を展開している企業は基本的な知識として、特許や著作権、商標や企業秘密などが悪用されているという事実も受け入れなければならない」 ===== ホールは、知的財産保護の対策において進歩を遂げているという中国政府の主張も一部認める。 「技術的な観点から言えば、中国は長年にわたって知的財産保護の対策を実質的に改善してきた」とホールは言う。「そしてこの進歩は、米商工会議所の国際知的財産権指数における中国のランキングが着実に上昇していることでも裏づけられている」 知的財産権が革新と創造性を促進する上で果たす役割について、中国が認識を深めつつあるなか、米商工会議所は「(中国)国内で信頼できる知的財産権を確保すべきという声が高まり、知的財産の管理や審理が以前よりも厳しくなっているのは確かだ」と本誌に語った。 それでももちろん、懸念は残る。「知的財産権指数のような実証的分析に表れないものもある。必ずルールが守られるとは限らないという政治的リスクだ。ルールが守られないこともあるとすれば、それはたいてい不透明なやり方で決められる」 【関連記事】米中新冷戦でアメリカに勝ち目はない 【関連記事】中国とのライバル関係を深刻に扱うべきでない理由 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます9月22日号(9月15日発売)は「誤解だらけの米中新冷戦」特集。「金持ち」中国との対立はソ連との冷戦とは違う。米中関係史で読み解く新冷戦の本質。