<独立自治を目指す抵抗運動は、治安当局と衝突で果てしない負の連鎖へ> インドネシアの東端、ニューギニア島の西半分を占めるインドネシア領のパプア地方(西パプア州、パプア州)では長年独立を求める反政府武装組織による抵抗運動が細々ではあるが絶え間なく続いており、インドネシア政府、治安当局にとって頭の痛い問題となっている。 インドネシアで最も貧困率が高く、インフラや教育が遅れているとされるパプア地方の開発を念頭にした「パプア特別自治法」(2001年制定)が2021年に終了期限を迎えるが、同法を延長や改訂するか、あるいは破棄すかなどの協議も一向に進んでいない。 そのパプア地方のパプア州インタンジャヤ県で9月17日、2件の襲撃事件があり、一般市民1人と陸軍兵士1人の合計2人が死亡した。 パプア州では折からのコロナウイルス感染拡大で州政府や県や郡レベルでも感染症対策が急務となるなか、2020年3月以来武装組織による襲撃事件や治安部隊との銃撃戦が断続的に発生するなど治安悪化が伝えられていた。 住民と兵士を相次いで襲撃、殺害 パプア州の国軍統合部隊幹部によると、9月17日午前10時50分ごろ、インタンジャヤ県スガパ郡ビロガイ村でバイクタクシー運転手のバダウィ氏(51)が正体不明の男性らに襲撃され、斧で左腕を切られたことによる出血多量で死亡した。 また同村で同じ日の午後2時20分ごろ、物資輸送の任務についていた陸軍のサラン軍曹がやはり正体不明の集団から銃撃を受け、その場で死亡が確認された。サラン軍曹は隣接するヒタディパ郡に駐留する軍の村落指導員としてパプア人住民の治安保護と生活支援の任務に従事していたという。 軍報道部によると、この日の襲撃に先立って14日にも同村付近で2人のバイクタクシー運転手が襲われる事件も起きていた。2人の運転手は負傷して現在病院で手当てを受けているとしている。 こうした相次ぐ同地域での襲撃事件について治安当局は「一連の事件は犯罪集団による犯行である」として現在、警察、軍の合同チームなどが周辺地域で犯行グループの追跡捜索を行っているという。 これまでも同様だが、治安当局や地元地方自治体は一般市民や警察官、兵士を狙った襲撃事件は「単なる犯罪者集団による犯罪行為である」と強調して、その逮捕に全力を挙げる姿勢を示すのが恒例となっている。 しかし現地情報に詳しい人権団体やパプア人組織によると、こうした襲撃はインドネシアからの独立を目指す武装組織「自由パプア運動(OPM)」と関係が深い「西パプア民族解放軍(TPNPB)」の分派に属する小グループによる犯行で、抵抗運動の一環と位置づけられている。 政府の「アメとムチ」が招いた負の連鎖 パプア州の中央山間部から南部に広がるインタンジャヤ県やンドゥガ県、ミミカ県では3月以降、複数の襲撃事件が起きている。 特に3月30日にミミカ県にある世界有数の金・銅鉱山「グラスベルグ鉱山」事務所でニュージランド人従業員が殺害される事件を契機に、複数の襲撃事件が連続して発生する事態に発展。治安当局はこれらの事件への関与が濃厚として「西パプア民族解放軍(TPNPB)」(治安当局はTPNPBも犯罪者集団とみなしている)への集中的な掃討作戦を継続している。 8月16日にはニュージランド人殺害事件に関わった組織の地域司令官を殺害したことを州警察本部長が明らかにするなど、襲撃と掃討の連鎖が続き、パプア地方での治安悪化が現実のものとなっていた。 ===== さらにこうした一連の治安悪化、不安定化の契機となったのが2019年8月にジャワ島東ジャワ州スラバヤで発生したパプア人大学生への差別発言事案である。非パプア人の根底に無意識に潜在するといわれるパプア人への優越感、差別意識が顕在化した事案は全国のパプア人の強い反発を招き、各地で抗議集会やデモが続発、パプア地方では一部が暴徒化して約30人が死亡する事態にまで発展した。 こうした事態にジョコ・ウィドド大統領は融和策と治安部隊増派による「アメとムチ」で事態の打開を目指したが、襲撃、衝突、掃討という「負の連鎖」による事態の悪化を招来しただけで治安回復、社会の安定復活の道筋はいまだに見えてこない。 2021年の特別自治法見直しに向けて 2001年に制定され、2008年に一部改訂された「パプア特別自治法」によってパプア地方は財政収入が飛躍的に増加し、同時に村落基金を導入したことでパプア地方の地方自治体は予算的に優遇を受けることになった。 しかし、そうした予算が本来の目的以外に流用される事例が各地で相次ぎ、パプア地方に豊かな天然資源やコーヒーなどの生産物に関連する利権争いも顕在化。そうでなくても以前から教育、人間開発、保健衛生などで遅れていたパプア地方での教育や貧富の格差を広げる結果になり、パプア人の不満は「独立ないし高度な特別自治」に向かわざるをえない状況となった。 そうしたパプア人の動向に大きな影響を与えたのがインドネシア軍と警察という治安組織によるパプア人弾圧、人権侵害の後を絶たない事例だった。 2019年の差別発言に伴う治安悪化でパプア地方に増派された約3000人ともいわれる治安部隊は依然として現地に止まり続けて、「独立を掲げる犯罪組織の掃討によりパプア人の安全を確保する」との理由で活動を強化しているのが実情だ。 2021年に終了期限を迎える現行の「パプア特別自治法」の改訂、延長、あるいは破棄に向けた議論も治安悪化とコロナ禍で一向に進んでいない。このためパプア両州の州議会、パプア人民評議会とジョコ・ウィドド政権によるパプア人の意見を反映した一刻も早い協議開始が求められている。 報道などではパプア問題を重視するジョコ・ウィドド大統領自身は「特別法」を改訂して延長する意向とされるが、パプア人の権限拡大につながる改訂には軍や警察が難色を示すのは明らかで、パプア側との交渉以前にジョコ・ウィドド政権内部での調整が必至な状況となっている。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など 【話題の記事】 ・ロシア開発のコロナワクチン「スプートニクV」、ウイルスの有害な変異促す危険性 ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・パンデミック後には大規模な騒乱が起こる ・ハチに舌を刺された男性、自分の舌で窒息死   ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます9月22日号(9月15日発売)は「誤解だらけの米中新冷戦」特集。「金持ち」中国との対立はソ連との冷戦とは違う。米中関係史で読み解く新冷戦の本質。