<イアン・ブレマーが語る「コロナ後」「Gゼロ」の新世界秩序 前編はこちら> ポトリッキオ 私たちが向き合おうとしない難題がいくつもある。あなたはそれを一つ一つ指摘してきたわけだが、今の最大の問題は何だろうか。このパンデミックや国際秩序への対応に関して、私たちが見て見ぬふりをしている問題とは? ブレマー 最大の問題は、グローバリゼーションの道筋が変わったことだ。過去数十年でモノやサービス、人や思想、データが国境を越えるスピードはどんどん速くなってきた。それが問題を引き起こし、一部の人や国が置き去りにされているのも確かだ。 それでも全体として見れば、これは素晴らしい変化だ。世界中で平均寿命が延び、教育や医療の機会も広げられてきた。これは人類史上、最も画期的な進歩だ。もう全てを白人男性に頼らなくていい。世界の総人口が80億に迫るなか、さまざまな問題の解決に女性やアフリカ人、インド人や中国人、アラブの人たちにも参加してもらえる。それが徐々にでも実現しつつあった。 だが今になって突然、グローバリゼーションの方向が変わってしまった。今まではWWW(ワールドワイド・ウェブ)のように世界をつないでいたグローバリゼーションが、今や寸断されたネットワークと化している。アメリカと中国の対立は、私たちがグローバルな課題にグローバルに対応することを不可能にしかねないほど悪化している。 その結果が、新型コロナウイルスへの対応の悪さだ。この最悪な世界的危機には、まさにグローバルな対応が求められるのに、今はグローバルな対応のかけらもない。少なくも9・11テロの後や2008年の世界金融危機の後は、多少の温度差はあったものの、グローバルな対応がなされた。アメリカでは国民が一致団結したし、国際社会もアメリカを中心にしてまとまった。 だが今はそのどちらも起きていない。アメリカは人種差別の問題や赤い(共和党支持の)州と青い(民主党支持の)州の対立などを抱え、さまざまな理由から、かつてないほどに分裂している。 国際的な分裂も見られる。高機能マスクや医療用防護服などのサプライチェーンは国内外で寸断されてしまった。あちこちで保護主義が頭をもたげている。そして医薬品が戦略物資並みの扱いを受けている。 それなりに経済力のある国なら、今はまだ市場で必要な資金を調達できる。しかしもしも来年、再来年にかけて信用収縮が起きたらどうなるか。アメリカが効果的な金融刺激策を打ち出せなくなったら、どうすればいいか。向こう数カ月で、そうした事態が起こる可能性は十分にある。そうなったとき、資金調達を必要とする国々のために、アメリカや他の富裕国は協力して対処するだろうか。そうは思えない。 ワクチンの問題も同じだ。今は協調のかけらもなく、みんなが競い合うばかり。だから開発中のワクチンが140種類を超える。 ===== 「今の中国にはWTO加盟時に見られたような各国と足並みをそろえようとする姿勢がない」(ブレマー) REUTERS/Jason Lee 世界が大規模な危機への対応できちんと団結できたのは、第2次大戦の時が最後だ。その団結から、問題の核心に目を向ける偉大な世代が生まれた。あの世代は目の前の大きな問題に団結して対処する必要性を理解していた。だからアメリカ人も「アメリカ第一主義」を引っ込めることができた。おかげで国際連合ができた。かつての国際連盟は悲惨な末路をたどったが、今の国際連合は「世界政府」の理想に可能な限り近づいている。 今の私たちも、あの偉大な世代に負けない姿勢を示し、偉大な何かを生み出す必要がある。 もしも今回のパンデミックが、国連のアントニオ・グテレス事務総長を中心に世界の国々、WHO(世界保健機関)、EU、ビル・ゲイツのような篤志家やあらゆる人々を団結させることにつながっていたら。それができていたら、効果の期待できそうなワクチン候補を3〜10種類程度に絞り、そこに大量の資金をつぎ込むことができていただろう。 しかし私は、今回の危機がアメリカに偉大な世代を生み出すことはないと思う。むしろ大勢のアメリカ人が、今の世界は目に見えぬ誰かに操られていて自分たちの利益にはならないと信じ込み、グローバルな危機に協調して対応していこうという気持ちを失ってしまうだろう。 (米民主党大統領候補の)ジョー・バイデンは多国間の協調を重視する立場だが、仮に彼が大統領選に勝利しても、流れは変わらないだろう。アメリカがリーダーシップを発揮して世界の警察官となり、国際協調の価値観や民主主義の旗振り役となり、グローバルな貿易システムの建設者となることを、アメリカの世論が支持するとは思えない。あいにくヨーロッパにも、アメリカの代わりは務まらない。もちろん中国も無理だ。その資格もない。 米中対立の行方 ポトリッキオ 5年、10年、あるいは15年後のグローバル・ガバナンスはどうなっているだろう? 今の時点で、たいていの人にとっては想定外でも、あなたには確信を持って言えることがあるのではないか。 ブレマー アメリカの大統領がトランプであれバイデンであれ、戦略的かつ地政学的な主要政策課題の多くについて、世界の先進的な産業民主主義国はアメリカと歩調を合わせていくと私は確信している。 一方で、中国とアメリカのパワーバランスは過去数十年でだいぶ悪くなってきたと思う。ただし中国は複数の大きな問題を抱えているので、今の状態が数年先まで続くかどうかは怪しい。この点については別な機会に詳しく話そう。 同盟諸国との関係で言えば、政治的なパワーバランスはもっぱらアメリカに有利な方向に推移している。トランプ時代の今はそう言っても信じてもらえないだろうが、アメリカの軍事力と先端技術力を見れば、どの同盟国もアメリカには及ばない。米企業の重要性も増すばかりだ。 金融部門の力関係もそうだ。この先に金融危機が発生するとしても、米銀の備えは欧州各国に比べてはるかに強力だ。08年の世界金融危機の後、アメリカは崩壊を避けるのに必要な措置を取ってきた。米ドルの役割も大きい。アメリカは食料でもエネルギーでも輸出国だが、同盟諸国はたいがい輸入国だ。一方でアメリカのソフトパワーは減退してきた。道徳や倫理の面でも世界におけるアメリカの立場は衰退している。ところが他国に対してアメリカの望むことをさせる能力に関しては、全く衰えていない。 これは多くの意味合いで問題となる。なぜならアメリカ人に、多国間協調の必要性を見失わせるからだ。私を含めて多国間協調を望んでいる人は多いだろうが、それでもアメリカ人全体としては多国間協調に興味がない。それが現実であり、私たちもそれを認めなければいけない。 トランプ嫌いの人は彼の政権をアメリカの国際的な大失態だと思っていて、トランプを追い出して誰か別な人物を大統領に据えれば以前のような多国間主義に回帰できると信じている。他方で、台頭する中国と劣勢のアメリカという地政学的競争の構図は変わらないと言う人もいるが、私はどちらの見方にも賛成できない。 ===== ポトリッキオ 経済学者のブランコ・ミラノビッチの講演を聴きに行ったときのことだが、国家が分裂する理由の1つは国内の地方間の経済格差であると指摘されていた。アメリカが南北戦争後に分裂しなかった理由の1つは、豊かな州と貧しい州の間で人口1人当たりの経済格差が1・5倍程度に収まっていたことにあると私は思う。では、アメリカを相手に超大国の座を争っている中国の、いわばアキレス腱は何だろう? ブレマー かつてソ連の崩壊を招いたのは、ソ連邦内での自立と独立独歩だった。小さな帝国のような存在であったソ連は、共和国や自治区など、各地方における民族的なアイデンティティーの存続を許した。 やがて中央から地方へと政治的な権限移譲を進めていくうち、各地でナショナリズムが台頭した。1988年には本格的な分離独立運動が始まり、ヨーロッパではベルリンの壁が崩壊した。そしてこれがソ連邦の終焉につながった。 そのような気配は、中国には全くない。中国のナショナリズムは例外的に強力だ。政府に反対する人物を特定して抑圧する監視国家であり、特にウイグル人のような少数民族を力ずくで統合する仕組みがある。ソ連にそのようなものは全然なかった。だから中国は、ソ連のようなことにはならないだろう。 だが中国にも深刻な問題があると思う。中国のアキレス腱は、国内ではなく国外にある。かつてWTO(世界貿易機関)加盟時に見られたような、各国と足並みをそろえようとする姿勢が今はない。 WTOに加盟するとき、中国は「わが国は国際的な標準や規範を受け入れる、少なくともそれで世界の豊かな地域にアクセスできるのならば。それで中国が豊かになれるのなら規則は守る」という姿勢を見せた。 しかし今はデータの時代、テクノロジーの時代だ。今までのやり方は通用しない。通用すると中国側は思っていたが、そうはいかないだろう。結局のところ、彼らはとても巨大な国内市場にとどまることになる。それはそれで結構なことだが、国内市場には膨大な企業債務とさまざまな非効率が山積している。 その一方で中国は最貧国との貿易で圧倒的な強みを発揮している。だが既に多くの最貧国は債務を返済できずにいる。中国の立場は決して良くないと考えられる。 アメリカが手を結ぶのはオーストラリアやニュージーランド、日本、韓国、イギリス、欧州諸国だ。ある程度まではインドとも協力することになるだろう。対する中国は、東南アジア、サハラ砂漠以南のアフリカ、東欧と中南米の最貧国の一部を味方に付けるだろう。しかし、それで超大国になれる保証はない。(後編に続く) <2020年9月8日号掲載> ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます9月8日号は「イアン・ブレマーが説く アフターコロナの世界」特集。「Gゼロ」の世界を予見した国際政治学者が読み解く米中・経済・テクノロジー・日本の行方。