<公正な裁きを求める市民の声に押され、大陪審は「無謀な危険行為」の容疑での起訴を決定> 救急救命士として働く26歳の黒人女性ブレオナ・テイラーがケンタッキー州ルイビルの自宅アパートで恋人と就寝中、「ノックなし」の家宅捜査を認める令状を持った警官が部屋に踏み込み、恋人と警官の撃ち合いのなかでテイラーが死亡する悲劇が起きたのは今年3月。それから半年余り経った今、家宅捜査に加わった元警官のブレット・ハンキソンは殺人罪ではなく、第1級の「無謀な危険行為」で起訴されることになった。 アメリカの司法制度では、検察ではなく、一般市民の陪審員で構成される大陪審が、容疑者を刑事訴追するかどうかを審査する。ジェファーソン郡大陪審はハンキンソンを訴追するに足る十分な証拠があるとして、9月23日午後、起訴状を提示した。ただしそれはテイラーを撃ったからではなく、ハンキンソンの撃った弾の何発かが壁を貫通して隣室に達していたからだという。 大陪審は、捜査中にやみくもに10発もの弾を発砲したハンキンソンの行為は「無謀な危険行為」に相当すると認めたが、テイラーを殺した罪は問わず、1万5000ドルでハンキンソンの保釈を認めた。 テイラーのアパートに踏み込んだ警官は、ハンキンソンも含め3人だが、残る2人、ジョナサン・マッティングリー巡査部長とマイルズ・コズグローブ巡査は不起訴となった。 3人の警官のうちハンキンソンだけが6月に免職処分になった。 ケンタッキー州のダニエル・キャメロン司法長官は大陪審の発表後、州司法長官事務所とFBIが行ったこの事件の捜査について、もう少し詳しい情報を提供した。それによれば、ハンキンソンが放った銃弾はテイラーのアパートの中庭に通じるガラス戸や窓などにも当たっていたが、それらは問題にされず、隣室の住人を危険にさらした発砲だけが起訴理由になった。ハンキンソンが撃った銃弾がテイラーに当たったことを「結論付ける証拠は一切なかった」と、キャメロンは断言した。 ビヨンセも抗議 捜査により、テイラーのアパートで放たれた20発の銃弾の1発がテイラーに致命傷を負わせたことが分かっており、FBIの分析で、その1発はコズグローブが撃ったことが確認されている。にもかかわらず、マッティングリーもコズグローブも不起訴となった。キャメロンによれば、テイラーと同じベッドで寝ていた恋人のケネス・ウォーカーが先に発砲したため、マッティングリーとコズグローブの発砲は「正当防衛」とみなせるからだ。ウォーカーは就寝中に突然、ドアを蹴破って踏み込んできた私服警官を強盗と間違えて発砲したと供述している。 大陪審の判断を「不満に思う人もいるだろう」と、キャメロンは認めた。州司法長官事務所は、今後行われる裁判で、「無謀な危険行為」の罪でハンキンソンの有罪を立証する考えだ。 事件直後から州内では、テイラーの死を悼み、公正な裁きを求める声が広がり、それに押される形でハンキンソンの起訴が決まった。 今年2月には、ジョージア州でジョギング中の黒人男性アマド・オーブリーが元警官親子に射殺される事件が起きたが、容疑者親子が逮捕されたのは5月初め。事件の一部始終をとらえた動画がウェブ上で拡散したためだった。さらに5月末にはミネソタ州で黒人男性のジョージ・フロイドが白人警官に首を押さえ付けられて死亡。やはりその模様を伝える動画が世界に衝撃を与え、白人警官による黒人への差別と暴力に抗議する運動が一気に広がった。こうしたなかでテイラーの事件への関心も再び高まり、著名人が声を上げ始めた。 6月には歌手のビヨンセがキャメロンに3人の警官を逮捕するよう訴え、市警が何ら対策を取っていないことを問題にした(ハンキンソンが免職処分になったのはその後だ)。実はルイビル市警はテイラーの死について内部調査を行い、5月にその結果をキャメロンに報告していた。 ===== 公正な裁きを求める声は一向にやまず、夏中抗議デモが続き、キャメロンは事態を沈静化させるため繰り返し説明を行う羽目になった。 「ケンタッキー州の市民、とりわけルイビルの人々への情報提供の重要性は認識している」と、キャンベルは地域ニュース専門のケービルテレビ局のインタビューで6月6日に語った。「公正かつ平等な法律の適用は、州司法長官の就任式で誓ったことであり、人々が私の事務所に求めていることでもあり、今後もそれを守っていく」 キャメロンは8月末、州司法長官事務所がFBIの弾道分析リポートを受け取ったことを認め、捜査を進める上で、その分析が「決定的」な意味を持ったと語った。ルイビル市警は9月21日、警官の休暇申請を全て却下し、大陪審の決定で起こり得る事態に備え、緊急出動体制を整えた。翌日、ルイビルのグレッグ・フィッシャー市長は23日の大陪審の発表後に「市内に混乱が広がる恐れがある」として、緊急事態宣言を発令した。 ウォーカーと近所の人々の証言、そしてそれを裏付けるいくつかの証拠から、テイラーのアパートに3人の警官が踏み込んだのは、3月13日午前0時40分頃とみられる。3人とも私服で、警告なしに入ってきたため、ウォーカーは不法侵入とみなしてマッティングリーの脚を撃ったと言っている。警官たちは応酬し、少なくとも8回テイラーを撃った。事件直後にウォーカーは第1級の暴行と警官1人に対する謀殺未遂の容疑で逮捕された。 「ブレオナ法」が成立 キャメロンは23日、捜査の結果、3人の警官はドアを破壊して踏み込む前に、「ノックをし、警告を発した」ことが分かったと述べた。現場近くにいた1人の証言により、警官たちの主張が裏付けられたというのだ。 ルイビル市警は、麻薬取締のためにノックなしの家宅捜査を認めている。テイラーのアパートを手入れしたのも、麻薬取引への関与を疑ったためだが、彼女のアパートからは違法薬物は一切見つかっていない。そもそもなぜテイラーのアパートが家宅捜査されたのか疑問視する向きも多い。テイラーの母親が人違いで娘を殺されたとして、ルイビル市を相手取って4月に起こした訴訟では、3人の警官がテイラーのアパートに到着する前に、既に別の場所で本当の容疑者が逮捕されていたことが明らかになった。 ルイビル市警のロバート・シュローダー署長は6月10の記者会見で、テイラーの自宅の捜査令状をとったジョシュア・ジェインズ刑事は、FBIの捜査結果が出るまで配置転換されていると述べた。 この発表の直後に、ルイビル市議会はノックなしの家宅捜査を禁止する「ブレオナ法案」を全会一致で可決。フィッシャー市長が翌日に署名し、この法律は成立した。 <参考記事>BLMの指導者「アメリカが我々の要求に応じないなら現在のシステムを焼き払う」の衝撃 <参考記事>秘密警察や記章もない車両が市民をさらう──ここはトランプの独裁国家 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます9月29日号(9月23日発売)は「コロナで世界に貢献した グッドカンパニー50」特集。利益も上げる世界と日本の「良き企業」50社[PLUS]進撃のBTS