<コロナ禍の今、生活者の価値観は変化し、ファッション業界も経験したことのない大きな課題に直面している。しかし洋服どころではない空気が醸成されても、ファッション業界に未来はあると、ユナイテッドアローズ創業者の一人、栗野宏文氏は言う。消費はどこに向かいつつあるのか? 答えは「社会潮流の中」にある> 20世紀的価値観が揺らぎ、「モノ離れ」が進み、「アパレル危機」の最中にあると言われるファッション業界は、新型コロナウイルスの影響でさらなる打撃を被っている。 「コロナ後」に訪れる新しい世界において、ファッション業界、そして消費はどのような方向に向かいつつあるのか? あるいは、もっとシンプルに「次のトレンドは何か?」といった関心、さらには「そもそもトレンドとは何か? それは今でも意味あるものなのか?」という根源的な問い――。 日本を代表するセレクトショップ 、ユナイテッドアローズ (UA)創業者の一人であり、現在もUAのクリエイティブ・ディレクションを行う日本ファッション界の最重要人物、栗野宏文氏は、それらすべての「答えは社会潮流の中にある」と言う。 政治経済・音楽・映画・アートから国内外の情勢までを投影した時代の潮流を捉えるマーケターとしても活躍してきた栗野氏は、このたび『モード後の世界』(扶桑社)を上梓。同書で、ファッション近代史を通して日本のファッションの特異性と面白さを紐解きつつ、ファッション業界が向かうべき道を提示した栗野氏に、コロナ後のファッション業界と消費について寄稿してもらった。 (ニューズウィーク日本版ウェブ編集部) ◇ ◇ ◇ リアリティーの追求が僕のマーケティング ユナイテッドアローズの栗野です。ファッション小売業でクリエイティブ・ディレクションを生業としています。クリエイティブ・ディレクションとは、春・夏や秋・冬というシーズン括りで、ファッションの視点で会社やブランドが進むべき方向の舵取りをする仕事です。 僕はファッションやマーケティングを専門に学習してはいません。全てを現場で学びつつ、本業に還元してきました。端的に言えば、僕の仮説や理論の構築は"実感"から得たものやさまざまな当事者とのコミュニケーションによって生成されています。 "リアリティー"の追求の結果が、僕のマーケティングであり、ディレクションです。ただし"実感"が"私感"で固まらないためにも"他者の息遣い"を嗅ぎ取ること、そこに寄り添う努力を続けてきました。それが僕のマーケティングであり、結果として捉えた"社会潮流"です。 よく「次は何が流行りますか?」ということを聞かれますが、流行は"つくるもの"ではなく、人々が今のリアルな生活のなかで何を求めているか、その"社会潮流"の結果です。この社会潮流分析が、僕がチームと共に構築してきた"ディレクション"の根幹を成しています。 そして、現在の(あるいは今後数年間の......)社会潮流を決定する因子は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)であることは間違いないでしょう。 では、このCOVID-19禍のもとで、ファッション業界、そして消費はどのような方向に向かいつつあるのか? それを直近の具体例を見ながら分析したいと思います。 【関連記事】ファスト・ファッションの終焉? ヨーロッパの真の変化への積極的な取り組み ===== コム デ ギャルソン・オム プリュス 2020/21コレクションより COVID-19禍で消費が縮小するなか、高単価の商品が売れている 約3ヶ月間のロックダウンが明けて、日本社会は6月から一応"通常営業"に戻りましたが、小売りが営業できなかった3ヶ月間は1年の前半で最も売り上げが大きい時期でもあったので、当然、販売機会をロスしました。 結果、在庫を抱えた多くの小売業は早期のセールという状況に。そこへ長梅雨や豪雨が重なり、梅雨が明けると猛暑続き......。感染者数が再び増加したこともあって、7月、8月の小売り市況もネガティヴで、大多数のファッション小売業や百貨店が昨年対比で7割以下の売り上げと公表。昨年まで活発だったインバウンド消費もゼロに近い。 この間、国内外の歴史ある企業やブランドが連続して倒産したり、経営危機に陥ったりしました。また、百貨店も売り上げ回復が困難な状況です。この現状はCOVID-19禍が始まって以降、多くの業界人が抱いた危機感が具体化したもの、と言えますが、根源的な問題が顕在化した結果でもあります。 そもそも百貨店やそれに向けたブランドは商品企画的にも販売体制的にも"旧態依然"過ぎた――と、指摘されても仕方がない状況だったのです。 "不特定多数"に向けた企画や"来店を前提とした売上目標"、それをCOVID-19はバッサリ切りました。COVID-19禍は、既存の価値観や消費傾向を破壊しリセットする機会となり、それまでの暮らしやお金の使い方を反省する機会ともなりました。 まず"生存"が最優先され、他者と"遭遇しない"ことが推奨され、また、社会全体の経済活動停滞や、結果としての劇的な構造変化が急速に具体化し体感されるなか、漫然とした消費など有り得ないのです。消費は"必要なもの"と"不要不急なもの"に二分化され、"ファッションどころではない"という空気が醸成されました。 では「ファッション消費に未来はないのか?」と言うと、そうではないと思います。 現場の例で言えば、一部の国産メンズ・ファッション・ブランドは売り上げ好調です。それも、高単価でデザイン的にも"攻めた"ものの動きが良い。具体的にはコム デ ギャルソン オム プリュスやkolorというブランド、その中でも高額品が売れています。 ブランドのシーズン・スタート日、所謂"立ち上がり"にはお客様が開店前に並びました。今季のコム デ ギャルソン オム プリュスは"カラー・レジスタンス"というテーマの元、様々な色・柄がミックスされたジャケットや複数のタータン・チェック生地をパッチワークしたパンツが人気です。またkolorでは3着のアウターを重ね着したかのような、複雑で職人的技巧のアイテムに注目が集まっています。 これらの服の小売価格は20万円から30万円以上、パッチワークのパンツも9万円くらいします。好景気な時期でさえ販売がたやすくないこれらの高単価のデザイナー商品が何故、COVID-19禍で景況も低迷し、人々の価値観が劇的に変化しつつあるタイミングで売れていくのでしょう。 【関連記事】マスクが「必須のアクセサリー」になる時代、NYファッションショーにも登場 ===== kolor(カラー) kolor.jp いまは「自分に意味のあるもの」を考え直す価値観の変換点 COVID-19状況下、ヒトの生存さえも危ぶまれる危機に、薬品でも食料でもなく、実用品でもない "高級デザイン服"を何故買うのか? それは、ヒトが追い詰められ、自己の価値観の再考と熟考を迫られている状況だからこそ、と僕は思います。 コム デ ギャルソンやkolorを買う客層もまた生活の変更を余儀なくされた市民たちです。彼らも自己を見つめ、リセットし、取捨選択し、それでも"自分が着たい服を買う" のです。彼らは都心の高級レストランやバーからは足が遠のき、旅行も中止したかもしれません。自己予算を熟考した結果、それでも30万円のアウターを買うのは、それが "自分の人生に意味あるもの" だからです。 そもそもコム デ ギャルソン オム プリュスの"カラー・レジスタンス"は、閉塞感溢れる世界状況への抵抗が内包されたテーマです。それが"企画・制作"されたのはCOVID-19禍以前であるにもかかわらず、的確に"社会潮流"を予感したものである点に、デザイナー川久保玲の時代感の鋭さを感じざるを得ません。 一方、百貨店の中心顧客に支えられてきたナショナル・ブランドや新興富裕層の消費に支えられてきたラグジュアリーブランドには勢いがありません。前者は生活における衣料のプライオリティーが後退したり、百貨店自体の魅力や意味が減じたりした結果でしょうし、後者は"ラグジュアリー"という概念が、生死を直視せざるを得ないCOVID-19禍にあって"リアリティー"や"意味"を喪失しつつあるから、と分析しています。 COVID-19禍は近代以降の生活と価値観を大転換させる契機となっています。また、急速に現実化したリモートワークは仕事場と通勤の条件を根底から変えつつあり、ここでもファッション消費はネガティヴとポジティブ両方の影響下にあります。 通勤用の服が要らない。革靴を履く機会が少ない。女性は家で仕事する条件下では化粧品やバッグの必要性が後退したばかりでなく、マスク着用の常態化も化粧品消費に影響しています。一方でコミュニケーション・ツールのPC画面内でも映えるイヤリングは好調です。 例を挙げればキリがないほどに"今まで必要だったものが不要、あるいは変更"が起きています。"消費生活"そのものが転換期にあるのです。お金を使ったり、最新流行のものを手に入れたりすれば幸せになれる、という時代は終焉しました。生活者は社会との繋がりを今まで以上に意識するようになりました。 それはCOVID-19禍で"自分だけ良ければ良い"という概念も吹き飛んだからです。ウイルスは"個人"という意識以上に"世界"という概念を必然的に突き付けました。世界の困難、世界の資源、世界の環境......と。 ===== 「新しい価値観」に沿った商品はきちんと生き残る この転換期にこそ「地球環境に配慮し、未来や次世代を考えた生活への変革」を実行すべきです。ファッション消費のキーワードは"トレンド"や"ラグジュアリー"から"持続可能な社会を実現するためには"という方向へと基軸が移ります。それが「新しい価値」です。 しかし、一方で全ての衣料品がオーガニック素材であったり、リサイクル素材であったり、生分解前提の素材でなければならない、というイデオロギー追従も必要ないと思います。前述の高単価なデザイン衣料を例にとっても「それが欲しい」「それが着たい」という強い意志の元に決定・購入されたものであれば、安易に捨てたり、着飽きたりはしないもの。これも僕自身や顧客や友人たちの肌感覚で理解できます。 ファッションは生産過程や素材の見直し、そして健全な販売期間や商品無廃棄を業界全体として目指すと共に、買い方や服との付き合いも"買う側の責任"として再考されるべきです。それは単なる節約意識ではなく、あるべき"充足感"や"自己実現"に繋がっていきます。 COVID-19禍は「誰もがこの世界の当事者であること、誰も無関係では居られないこと」を可視化し、実感させました。 僕自身は43年の洋服屋人生で「自分が責任を持てるかたちで社会に関わること、何時でも当事者意識でいること」というリアリティーが自分を動かし続けてきました。また、冒頭に挙げたように多種多様な若者たちとのコミュニケーションは僕の目を開き続けてくれます。 今年1月から3月まで、つまりCOVID-19拡大以前のパリ出張時に審査員として参加した新人コンテストや、同時期にフィレンツェで出会った学生などの世界の新人デザイナーたち。彼らのフレッシュな発想は"来るべき世界"を彼らの新しいリアリティーで感知したものでした。 アップサイクリング(廃棄された服や素材を他の形で再利用)が前提の服、アフリカやアジアの民族の歴史や文化をリスペクトした服、性を超えた服......。所謂トレンドでも既存のラグジュアリーでもない、それらを越えた未来の美意識や価値観が"服"になったものです。 いま、僕には「次の世界とファッションの価値観」が徐々にリアルに見え始めています。 ファッション業界の未来は明るくないといわれますが、僕はそうは思いません。 なぜなら、着ることは生きることだから。着ることは人間の尊厳にかかわることだから。 [筆者] 栗野宏文(くりの・ひろふみ) 1953年生まれ。ユナイテッドアローズ上級顧問クリエイティブ・ディレクション担当。和光大学卒業後、株式会社鈴屋に入社。Beamsを経て1989年ユナイテッドアローズ創設に参加。バイヤー、ディレクターとして80年代のパリ・コレから35年にわたって内外のファッション業界を俯瞰。政治経済・音楽・映画・アートから国内外情勢を投影した時代の潮流(ソーシャルストリーム)を捉えるマーケターとして、国内外で高く評価され、日本のファッション業界をドメスティックとインターナショナルな視点から俯瞰的に語ることができる数少ないファッション・ジャーナリスト。スーツにスニーカーのコーディネイトを先駆けた人物でもある。 『モード後の世界』(扶桑社) 栗野宏文 著 扶桑社 (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)