<UAEに続きバーレーンもイスラエルと国交を樹立――核心的利益を守る「自然の要塞」に亀裂が入り、戦略的奥行きを失うイランが暴発する日> イスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンが国交正常化の合意文書に署名する式典は9月15日にホワイトハウスで行われたが、世界が「歴史的瞬間」を目の当たりにしたのはこれに先立つ8月13日──ドナルド・トランプ米大統領がUAEとイスラエルの国交正常化を取り決めた「アブラハム合意」成立を発表したときである。 新たにバーレーンも加わったこの合意は、大統領選を控えたトランプにとっては大いにアピールすべき「外交上の成果」でも、イランにとっては重大な脅威にほかならない。 イスラエルとUAEが国交を結んだ翌日、イラン外務省はこの合意を「パレスチナの人々に剣を突き刺す行為」と非難した。その翌日にはイラン革命防衛隊が、合意は「歴史的な愚行」であり、UAEは「危険な未来」に直面することになると警告を発した。 イランのハサン・ロウハニ大統領も「イスラエルがこの地域に踏み込むことを許すなら、(UAEは)別の扱いを受けることになる」と警告。これに対しUAEは、首都アブダビに駐在するイランの代理大使を呼びつけて、ロウハニの「脅迫」まがいの「緊張をあおる」発言に抗議した。 イラン軍の制服組トップ、モハマド・バゲリ参謀総長も非難の大合唱に加わり、イランの対UAE政策は「根底的な転換」が必要だと主張した。 イラン指導層の怒りの大合唱の総仕上げは、最高指導者アリ・ハメネイ師が9月1日に行ったテレビ演説だ。「パレスチナ問題を忘却の淵に追い込み、イスラエルがこの地域に踏み込むのを許した」UAEの決定は「イスラム世界、アラブ諸国、周辺諸国、そしてパレスチナに対する裏切り」だと、断罪した。 折しもその前日には、イスラエルからサウジアラビア領空を通過してアブダビに向かう直行便が運航を開始。初のフライトにはイスラエル高官と共に、ハメネイが「トランプ一家のあのユダヤ人」と呼ぶ人物、つまりトランプの娘婿で上級顧問のジャレッド・クシュナーが搭乗していた。 制裁逃れも難しくなる イランはなぜトランプ式「中東和平」に猛反発するのか。地図を見れば一目瞭然だ。この合意により、イスラエルはイランの目と鼻の先に「足場」を築けることになる。 1979年の革命で現体制が発足して以来、イランの指導層はパレスチナをめぐるイスラエルとアラブ諸国の対立を政治的に利用し、「大悪魔」アメリカとその盟友イスラエルを思想的にこき下ろす中傷キャンペーンを展開してきた。 ===== もっとも安全保障上それよりはるかに重要なのは、UAEをはじめペルシャ湾岸諸国が、イスラエルとアメリカからイランの核心的な利益を守る「自然の要塞」となってきたことだ。イランは長年、イスラエルによる包囲を防ぐ緩衝地帯を築くためアラブとイスラエルの対立を利用してきた。この対立のおかげで、ペルシャ湾の対岸に「戦略的奥行き」を確保でき、効率的に緩衝地帯を築くことができた。 イランが何より警戒しているのはイスラエルとUAE、さらにはバーレーンが安全保障上の協力関係を築き、軍事情報を共有することだ。そうなれば、イランがイスラエルから自国を守るために利用してきた壁、つまり自然の要塞に亀裂が入ることになる。 イランは以前から、この要塞を守る決意を示してきた。 2017年9月にイラク北部のクルド人自治政府が独立の是非を問う住民投票を強行し、賛成が圧倒的多数を占めた。イラン革命防衛隊は、住民投票の実施そのものに反対していたイラク政府を支持。革命防衛隊の精鋭部隊、クッズ部隊のガセム・ソレイマニ司令官(当時)は、油田地帯のキルクークからクルド人戦闘員が撤退しなければ、イランが支援する準軍事組織をイラク政府軍と共に派遣すると、繰り返し脅した。 イランが住民投票に反対した大きな理由は、独立を支持するイスラエルがイラク北部に足場を築くことを恐れたからだ。アラブ諸国とイスラエルの新たな同盟は、イランにとって、敵対勢力からの圧力や、安全保障と諜報活動に対する脆弱性を高めかねない。 2018年1月にイスラエルの諜報機関モサドが、テヘランの倉庫から重さ約500キロ分の極秘文書を盗み出すことに成功した。核開発に関するこれらの文書は、イランの諜報機関の推測によると、カスピ海を通り、イスラエルの重要な同盟国でイランの北に位置するアゼルバイジャンを経由して、テルアビブに空輸された。 イランの地域安全保障の緩衝地帯に入った亀裂はさらに、イランを経済的に窒息させるというトランプの「最大限の圧力」政策を、バラク・オバマ前政権の経済制裁より効果的かつ手痛いものにしている。アラブ、イスラエル、アメリカの協力関係が強化されることによって、イランが経済制裁を回避するために長く利用してきた抜け道を、アメリカは妨害しやすくなる。 アデン湾に「諜報基地」 アラブとイスラエルの同盟の強化は、中東全域におけるイランの戦略的奥行きを脅かす予兆でもある。トルコのメディア筋によると、UAEはイスラエルに対して、イエメンの南に位置し、UAEが支配下に置くソコトラ島に「諜報基地」の設置を認めている。 ===== アデン湾におけるイスラエルの安全保障活動をUAEが後押しすれば、イエメン戦争が終結した後もこの地域で続く水面下の緊張を、あおることになりかねない。 アフリカではこれまで、アラブ世界のパートナーはイランよりイスラエルに好意を示してきた。イランにとって戦略的により重要なアフリカの角とアラビア海で、その歴史が繰り返されないと考える理由は見当たらない。 従って、地域のアラブ諸国、特にサウジアラビアを中心とする国々との包括的な関係回復が、イラン国内で党派を超えて支持されているのも当然だろう。一方でアメリカとの交渉は、経済制裁という屈辱的な圧力の下で、しかもアメリカがソレイマニを暗殺した後では特に、イランの指導者には受け入れ難い。 UAEとイスラエルの唐突な国交正常化は、戦略的包囲網に対するイランの認識を悪化させ、近隣諸国に対してより攻撃的で自制心に欠ける行動を取らせかねない。それがバゲリの言う「根底的な転換」になるのだろう──対立の連鎖を終わらせる出口戦略が見つからない限りは。 From Foreign Policy Magazine <本誌2020年9月29日号掲載> 【関連記事】UAE・イスラエル和平合意は中東に何をもたらすのか? 【関連記事】バーレーン、イスラエルとの国交樹立へ ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます9月29日号(9月23日発売)は「コロナで世界に貢献した グッドカンパニー50」特集。利益も上げる世界と日本の「良き企業」50社[PLUS]進撃のBTS