ウォン・ワイインさんの妻は、夫からの短い別れの手紙を読み、最悪の事態を恐れた。 「長年、私と一緒にいてくれて、申し訳ないとともに感謝している」 自宅のデスクで発見された手書きのメモには、そう書いてあった。「もうあなたたちと一緒にいることができない──どうか元気でいてください」 失業中の船舶修理工である30歳のウォンさんは、昨年香港を揺るがせた抗議行動への参加をめぐって刑事訴追を受けていた。妻と母親宛てに残されたメッセージは、ノートから破り取られたページに走り書きされていた。 彼は、粗末な家の修理をしないまま去ることを詫びていた。「あいかわらず家の屋根を修理する時間が取れない。でも、そのチャンスはもう訪れないかもしれない」と彼は書いている。 ウォンさんの妻と母親は、彼が自殺したのではないかと心配して必死に捜し始めた、とロイターに語った。 だが、2人がウォンさんの置き手紙を読んだ頃、彼はすでに中国当局に拘束されていた。その前夜、抗議行動を理由とする起訴を免れようとして他の活動家11人とともにボートで台湾に脱出する試みは失敗に終わった。 「夫がまだ生きていると聞いて、勇気づけられた」とウォンさんの妻は言う。彼女は夫の置き手紙の一部を記者に教えてくれた。手紙は警察に証拠として押収され、その後は何の説明もないという。ロイターは捜査について香港警察に問い合わせたが、回答は得られていない。 「でも、すぐにとても心配になってきた」とウォンさんの妻は言う。夫が中国本土で拘置されていることを知り、公正な処遇を受けていないのではないかと恐れたからだ。悪夢にうなされて起きてしまうことも多い、と彼女は言う。センシティブな状況ゆえに、彼女も母親もフルネームを明かさないよう求めている。 失敗した台湾への脱出 16歳の若者を含め、中国で拘置されている12人の活動家の一部の家族は、9月12日、身元を隠すためにマスクとフードを着用して記者会見に臨んだ。香港立法会議員2人に付き添われた家族らは、中国当局に対し、逮捕者が家族に連絡すること、外部の弁護士による代理を受けることを認めるよう嘆願した。 ===== 中国外務省は逮捕者について分離独立主義者と位置付けており、中国領海に違法に侵入した容疑により、香港北部に接する本土の都市・深圳で拘置されていると述べている。 逮捕者についてロイターが香港行政府保安局に問い合わせたところ、広報担当のフローレンス・ウォン氏は、「(香港は)他の司法管轄当局による法執行を尊重し、干渉しない」と応じた。また同氏は、12人について、中国側での対応が終った後、送還を求めることになるだろうと話している。 林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官は22日に行われた記者会見で、記者団に対し、逮捕者は中国で司法の裁きを受けなければならず、香港側には、無罪推定や公正な裁判、弁護士による代理など固有の権利を要求する法的根拠がないと述べた。 高速艇で台湾に逃れようと試みて失敗し逮捕された12人のうち、10人は暴動、放火、警察襲撃の容疑をかけられている。また、新法に基づき外国勢力との共謀の容疑で起訴されている者も1人いる。 ウォンさんは、爆発物製造の容疑ですでに1月16日に逮捕されている。ここ1年ほどの間に、海路・空路で香港を離れた民主活動家・抗議参加者は数百人いるが、彼はその1人にすぎない。 8月23日の夜明け前、ウォンさんは男性10人、女性1人のグループとともに、静かな漁村に停泊していた高速艇に乗り込み、約600キロ離れた台湾に向けて出発した。気象条件に恵まれれば、1日もかからずに到着できる。 だがウォンさんらは途中で中国の沿岸警備艇に拿捕(だほ)され、中国当局によれば深圳の拘置所に送られた。 「生涯、夫の帰りを待つ」 ウォンさんは2014年、休日に訪れたベトナムで中国本土出身の妻と出会った。2人は香港に引っ越し、田畑に面した質素な家に暮らしていたが、それでも幸せだった、と彼女は言う。 妻によれば、1月にウォンさんが逮捕される前の生活はシンプルだったという。いずれはお金を貯めて日本に新婚旅行に行き、結婚式の写真を撮り直し、子どもも作りたいと夢見ていた。引退後は中国本土でマンションを買って暮らす予定だった。 ===== ウォンさんは2月14日に保釈された。香港高等裁判所は、ウォンさんの自宅に設置する複数の監視カメラを発注している。裁判の日程は未定だった。 ウォンさんが保釈中に逃亡したため、保釈金9万6000ドル(約1012万円)と、外部の弁護士を雇うために用意しておいた弁護料が裁判所によって押収された、とウォンさんの妻は言う。これによって家計の貯蓄の半分が消えたと彼女は話している。 弁護士の面会さえ認められず 警察によれば、ウォンさんが逮捕されたのは、彼の自宅を家宅捜索した結果、爆発物の製造に使われた可能性が疑われるビーカー、計量カップ、化学物質、電子機器が発見されたためだという。ウォンさんは爆発物製造の容疑で起訴された。殺傷の意図があったと判断されれば、刑期が最長20年に及ぶ罪である。この容疑について、ウォンさんも彼の妻も公式には何もコメントしていない。 ウォンさんの妻によれば、夫について公式の情報は何も受け取っておらず、唯一、香港警察が8月28日付けで、彼が中国で刑事訴追を受けることになったと家族に通知してきただけだという。香港当局によれば、12人の逮捕者は、中国当局によって示されたリストから中国本土の弁護士を選んで弁護を依頼することになるという。 彼女が夫のために雇った中国本土の弁護士は面会さえ認められなかったとウォンさんの妻はいう。この弁護士はロイターに対し、当局から、メディアの取材に応じれば弁護士資格を取り消すとの警告を受けているとして、コメントを拒んでいる。 「夫が私たちのことは心配する必要はない。義母とともに、私が家族を守るから」とウォンさんの妻はロイターに語った。「私は生涯、彼のことを待ち続ける」 Jessie Pang James Pomfret(翻訳:エァクレーレン)[ロイター]Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます 【話題の記事】 ・反日デモへつながった尖閣沖事件から10年 「特攻漁船」船長の意外すぎる末路 ・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ ・戦略性を失った習近平「四面楚歌」外交の末路 ・世界が激怒する中国「犬肉祭り」の残酷さ