案の定というほかない。9月9日、ミャンマーの現地紙ミャンマータイムズは、ミャンマー国鉄(MR)幹部の話として、日本が円借款事業として進める「ヤンゴン・マンダレー鉄道整備事業(フェーズII)」向けの電気式気動車180両をスペインの鉄道車両メーカー、CAFと三菱商事から調達する計画であると報じた。 現地の鉄道関係者によると、CAFの受注はほぼ確定しているという。この通り進めば、日本企業の受注を前提とした「本邦技術活用条件(STEP)適用案件」(日本企業からの調達が求められる)にて、日本の車両メーカーの応札なしという事態が再び発生したことになる。 これまでも筆者はミャンマーにおける鉄道整備事業を追跡し、その危うさを指摘してきたが、最悪の方向に進みつつある。政府が推し進める「オールジャパンの鉄道輸出」の悲惨な実態をレポートする。 「日本製」24両で打ち止めか ヤンゴン・マンダレー鉄道整備事業は、ミャンマー第1の都市ヤンゴンと第2の都市マンダレーの間、約620kmの老朽化した設備を改修・近代化する事業である。新型車両の導入により、所要時間は現行の約14時間から8時間に短縮される予定だ。さらに、これと並行して、ヤンゴンの「環状線改良事業」も進んでいる。 車両関係でいえば合計270両という大量受注のチャンスが車両メーカーにはあった。しかし、5月16日付記事「再び中古車両頼み?日本の鉄道輸出『前途多難』」でお伝えした通り、環状線改良事業においても入札不調から調達期限を遵守できず、苦肉の策として中古車両を無償譲渡し、なんとか日本側の面目を保っている状況である。フェーズII向け車両をCAFが受注すれば、実際に日本から輸出されるのは「フェーズⅠ」と呼ばれる先行整備区間向けの24両のみという結果に終わることになる。 折しも、フェーズⅠ向けのうち最初の6両がメーカーの新潟トランシスから出荷され、9月5日にミャンマーに上陸したところだった。ちなみに、同国はコロナ禍で外国人入国禁止措置が続いているが、車両立ち上げに関わる関係者はチャーター便にて現地入りしている。 ===== ミャンマー輸出へ向け陸送される車両(写真:西船junctionどっと混む) 車両については、今後の246両も新潟トランシスが同一設計の車両(環状線向けは通勤仕様)を導入するだろうというのが一般的な見方だった。ただでさえ製造コストのかさむ電気式気動車であり、同社にとっては初の製造である。量産に移行してようやくペイできるかどうかといったところだろう。それでも、続いての入札には参加しなかったのだ。 筆者の個人的感覚で大変恐縮であるが、この新型車両が公の場に現れたとき、「これはないな......」というのが第一印象であった。良く言えばノスタルジックな車両、悪く言えば時代遅れなのである。 もちろん、日本の最新技術が搭載されていることは百も承知である。筆者がいうのはそのデザインである。そこからは、予算を限界まで削ったのであろうことが伝わってくる。新生MRのフラッグシップとなる車両である。これが発注者たるMRが要望した姿なのだろうかと。この時に悪い予感はあった。だから、案の定なのである。 国内メーカーの製造能力に課題 それからもう一つ、JICAが公開している「ミャンマー国 ヤンゴン・マンダレー鉄道整備事業フェーズII 準備調査 ファイナルレポート」には車両の調達計画について気になる記述がある。 「現地組立を行わないことが決まったのち、特急列車用車両の調達についての検討が行われ、最終的に 180 両を調達することが決まった。複数の日本の車両製造業者に本プロジェクト期間中の製造能力を確認した結果、第一編成の引き渡しが着手から 36 か月、第二編成以降の引渡しは 1ヶ月/編成(6 両)の間隔が必要と判明したことから、平成 25 年(※)5月までに調達が可能と判断し MR に提案した。しかしながら、最終段階にて MR 側は 2024 年 12 月までにすべての調達が終了するよう強く要請し、結果として、日本側は調達のスケジュールの前倒しをすることでその要請を受け入れることとしたが、詳細設計において、メーカーの製造能力とスケジュールに関する詳細な調査が必要である」(原文ママ) (※平成25年は2025年の誤記であると思われる) なお、このレポートには同時に、前提条件として、「フェーズⅠの車両と共通して運用するために同じ仕様とすることが求められる」とも書かれていることを付け加えておく。 前述のミャンマータイムズの報道には、フェーズⅠ向けの新潟トランシス製車両の今後の到着予定も記されており、それによれば今年12月、そして2021年2月、4月の計3回に分けて残りの18両が現地に搬入されるという。これが正しければ、新潟トランシスでは現状、生産可能なのは2カ月に1編成(6両)ということになる。 ===== 円借款で建設されたマニラLRT2号線も、日本メーカーの受注に至らなかった。JICAのODAマークの隣に韓国Rotemのロゴが並ぶ(写真:西船junctionどっと混む) さて、CAFと三菱商事という組み合わせを聞いて、思い当たる節がある方もいるのではないかと思う。フィリピンのマニラ首都圏大量旅客輸送システム拡張事業(マニラLRT1号線の延伸計画)である。 「本邦技術活用条件(STEP)適用案件」ながら、2016年に応札者なしで初回入札が不調に終わり、その後も応じる国内メーカーはなく、2017年に三菱商事とCAFのコンソーシアムが受注した。 この入札不調の後、国土交通省は「鉄道産業の抱える課題及び対応の方向性」を発表(2016年8月22日付記事「鉄道『オールジャパン」のちぐはぐな実態』」参照)したわけであるが、状況は何も変わらなかったのだ。 今回もマニラと同じスキームだとすれば、車両製造はCAFが実施することになるものの、電気式気動車の主回路装置部分については三菱電機が納入することになるだろう。新潟トランシス製車両も同社製の電装品を採用している。 ミャンマータイムズの記事によると、金額は180両で4億900万米ドルといい、1両あたり日本円にしておよそ2億4000万円だ。新潟トランシス製車両よりもやや安い。 新潟トランシス製のミャンマー向け電気式気動車に採用されている三菱電機製VVVFインバータ制御装置。機器構成はJR東日本のGV-E400系にも似ているように見える(写真:西船junctionどっと混む) 日本の「鉄道輸出」の未来は? 現地報道によれば、環状線向け車両66両についてもCAF製車両が導入されるようだ。こうなってくると、今後の日本には2つの未来が待ち構えているといえそうだ。 まず1つ目は、日本の重電メーカー+海外車両メーカーという組み合わせが鉄道海外輸出の主流になるという未来である。日本製よりも安く、デザインなどもより柔軟に対応できる。しかも核心部は日本製であるため信頼が持てる。 日本政府の言う「官民一体」に当たらないだけで、現にこのような組み合わせの車両輸出は多い。円借款案件でもデリーメトロや北京地下鉄、武漢都市鉄道、マニラLRT2号線などがそうだ。当時「本邦技術活用条件(STEP)適用案件」という枠組みがなく、政府間契約において日本メーカーが全く海外メーカーに太刀打ちできなかったというのが正しいわけだが、これらの反省から、近年の鉄道案件は基本的に日本タイドとなった。 それが、いつの間にやら安倍政権の下「オールジャパン」などと掲げられるようになった。 ===== ミャンマー向け車両受注では、すでにJR東日本・JR北海道向けに、類似した仕様の電気式気動車を量産している川崎重工が大本命と関係者の誰しもが予想していた。しかし同社は応札しなかった。 ほかに電気式気動車を製造する可能性があるメーカーとしては日本車輛製造、日立製作所なども挙げられるが、前者はアメリカ、そしてインドネシア案件で大幅な損失を出しており、当分海外案件には手を出さないだろうというのがもっぱらの噂である。車両輸出に積極的な後者は、タイのバンコクレッドライン、ベトナムのホーチミンメトロと円借款案件を抱えており手いっぱいだ。 その結果、海外案件から最も遠いと思われていた新潟トランシスが受注したわけであるが、フェーズIIには繋がらなかった。 このような状況を反映してか、2018年には「円借款・本邦技術活用条件(STEP)の制度改善」が実施されており、入札不調の場合などの「原産地ルール」がやや緩和されている。日本製品が使用されていれば、どこで組み立てられようが構わないのである。つまり、「オールジャパンの鉄道輸出」など、実態の伴わない幻影になってゆく可能性が高い。 日本への信頼失墜を招く恐れも? アジア地域にも進出するCAF車両。直近では台湾、高雄LRTに架線レス低床電車を納入している。CAF車両のミャンマーでの活躍も祈りたいところであるが......(写真:西船junctionどっと混む) そして2点目は、CAF製車両がミャンマーの環境に適さず、走行が困難になった場合、ミャンマー政府からの日本への信頼が失墜するという未来である。 これは最悪のシナリオだ。日本製機器が採用されても、その他の装置や仕様は完全にヨーロッパタイプの車両となる模様だ。ただでさえ車両メンテナンスに苦慮しているMRで2種類の新型車両が入ることになる。それだけではなく、すでに日本側は「鉄道車両維持管理・サービス向上プロジェクト」などを通じて、日本製の気動車車両の導入を前提とした教育を行っている。そこにヨーロッパタイプの車両が入ったとき、MRが対応できるかどうかは未知数である。 また、安く車両を売ってメンテナンスで稼ぐ(消耗品も含め純正品以外使えない)というヨーロッパ式のシステムに資金力のないMRが対応できないことが予想される。故障したら最後、スペアパーツが購入できず、車両は車庫で朽ち果てることにもなりかねない。 ===== 故障で使えないということになれば、メーカーがどこであれ日本が入れた車両であることに変わりはなく、言い逃れはできないだろう。最終的に日本が無償援助などでリハビリをすることになれば、結局高くつくのである。中国、韓国・インド、それにドイツがミャンマーへの鉄道支援を着々と進めている中で、これは大きな足かせにもなるだろう。 ミャンマー国鉄が近年増備した中国中車大連製の電気式ディーゼル機関車。22両が導入されうち10両がミャンマーでのノックダウン生産。後ろに連なるのは中国中車四方製の新型客車。優等列車の主役になっており、軌道改良後は時速100km走行も可能になる(写真:増田理人) そもそもMRは当初、より安価でメンテナンスが容易な機関車+客車編成の導入を求めていた。とくに特急用車両ならば、費用対効果で見れば圧倒的に有利な方式である。しかし、今や日本では大型ディーゼル機関車も客車もほとんど生産していない。だから、日本側は電気式気動車の導入を半ば強引に提案した。しかし、それすらも導入できなかったのである。あまりにもだらしない話である。 簡単に言えば、日本は海外に鉄道車両を輸出できるほどの力がないのである。それを政府が認めないから歪が出るのだ。いっそのこと、「鉄道設備・信号輸出」にでも名前を変えたらどうだろうか。車両輸出に比べれば、まだ健闘している。すべてを「オールジャパン」でやるというのは非現実的だ。 日本は「身の丈」を考えよ 筆者は日本の車両メーカーに技術がないと言っているのではない。電気式気動車にしても国内需要の少なさでコストダウンは難しく、従来の液体式気動車もメンテナンス技術が失われつつある。大型ディーゼル機関車も然りだ。海外輸出を満たせるほどの国内需要がないのが最大の要因だと言いたいのだ。 現状、日本が海外向けに生産できるのは通勤電車と新幹線だけというのは業界の人間ならば誰しもが認めることだ。しかし、世界に日本の高性能な通勤電車、そして新幹線を必要とする国がどれほどあるのだろうか。 政府は世界に日本の技術を広めるなどという崇高な理想を語る前に、国内の疲弊しきった鉄道システムを再興させることのほうが先決ではないか。利益至上主義で長距離・夜行列車は消え、台風が来るたびに被災したローカル線が復活することなく消えていく世の中だ。これは途上国以下のレベルである。 「官民一体となった鉄道インフラ輸出」など、言わば「人口が減ったから外国人を呼べばいい」と同じ安直な発想だ。身の丈も考えずに「オールジャパン」「鉄道海外輸出」と振りかざす日本政府、国交省ならびに関係者は猛省すべきである。そして、JICAは国民の血税をつぎ込んだ揚げ句、誰も得をしない開発援助案件など実行すべきでない。 ※当記事は「東洋経済オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら。