<UAEおよびバーレーンとの国交正常化合意により来年のノーベル平和賞候補者に推す声もあるが、パレスチナを筆頭に反発も強く、容認し難いと考える人は少なくない> 9月15日、ホワイトハウスの大統領執務室を訪ねたイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、報道陣の前でドナルド・トランプ米大統領から記念品を贈られた。そして1年後、ネタニヤフが世界で最も栄誉ある贈り物、すなわちノーベル平和賞を贈られる......かもし れない。 今回、ネタニヤフがワシントンを訪れたのは、アメリカの仲介により、アラブ首長国連邦(UAE)およびバーレーンとの歴史的な国交正常化合意に署名することが目的だった。来年のノーベル平和賞受賞者が決まる前には、サウジアラビアとも同様の合意が結ばれる可能性がある。 ネタニヤフにノーベル平和賞? 誰も全く予想しなかったことが現実にならないとも限らない。20世紀半ばから対立し続けてきたイスラエルとアラブ諸国が国交正常化にこぎ着ければ、ノーベル平和賞に値する偉業と見なされても不思議はない。 とはいえ、ネタニヤフへの反感も根強い。ネタニヤフ政権のイスラエルは、パレスチナの多くの地域を占領し続け、人権侵害に手を染めているとして厳しく批判されている。 それに、UAEおよびバーレーンとの国交正常化は、パレスチナの人々の状況を改善するものでは全くない。これまで(少なくとも建前上は)アラブ諸国の支援を受けてきたパレスチナ人は、今回の合意に強く反発している。 それでも、ネタニヤフはワシントンで自らを平和の担い手と位置付けた。「私はイスラエルを強くするために、それも非常に強い国にするために努力してきた。歴史が実証しているように、強さは安全をもたらす。力は仲間をもたらし、トランプ大統領が繰り返し述べているように、究極的には平和をもたらす」 力による平和という考え方は、これまでのノーベル平和賞の理念とは相いれないように思える。しかし、ネタニヤフがアラブの2カ国との国交正常化を成し遂げたことにより、中東の国際関係が大きく変わったことは間違いない。 今回の国交正常化合意で最も驚かされるのは、国家としての地位を求めるパレスチナの主張がほとんど尊重されていないことだ。最近、アラブ諸国はパレスチナのためにあまり影響力を行使しておらず、イスラエルはパレスチナとの交渉にますます強硬な姿勢で臨むようになっている。 厳しい批判の声は消えず パレスチナは、UAEとバーレーンの方針転換を「裏切り」と見なしている。「パレスチナ人の権利を犠牲にして譲歩することが地域の平和と安全と安定につながるという発想は、とんだ思い違いだ」と、パレスチナ指導部は本誌に宛てた書簡で述べている。 ===== 来年のノーベル平和賞候補としてネタニヤフを推す声が早くも高まっているが、彼の受賞を容認し難いと考える人も少なくない。ネタニヤフは、パレスチナ占領地への入植活動を推進し、占領地の併合を計画していることを理由に、国連や人権団体から再三批判されてきた。しかも、国内で収賄などの罪で起訴されているという問題もある。 もっとも、119年の歴史を通じて、ノーベル平和賞が物議を醸したことがなかったわけではない。そもそも、賞の名前の由来になったアルフレッド・ノーベルは、ダイナマイトを発明したことで「死の商人」と呼ばれていた。 過去には、アドルフ・ヒトラーやヨシフ・スターリンが候補として推薦されたこともあった。1973年に受賞したヘンリー・キッシンジャーは、ベトナム戦争の間、米外交を取り仕切った人物だ。 1978年にイスラエル初のノーベル平和賞受賞者になったメナヘム・ベギンは、エジプトのアンワル・サダトと結んだ和平合意が評価された。しかし、ベギンはかつて武装勢力と結び付きがあった。 1994年の受賞者であるイスラエルのイツハク・ラビンは、その1年後にテルアビブで極右ナショナリストにより暗殺された。ラビンと共同で受賞したパレスチナ解放機構(PLO)のヤセル・アラファト議長(当時)も武装勢力と結び付きがあった。 真の偉業とは言えない? 近年、イスラエルとアラブ諸国の関係は、静かに、しかし大きく変わってきた。両者はイランという共通の敵を前に、通信、医療、さらには国家安全保障でも、水面下で連携するようになっている。 そのような関係が既に確立されていることを考えると、今回の国交正常化合意は、見掛けほど特別なものではないのかもしれない。 「国交正常化の合意に達したことの意義は大きいが、かつての敵国同士が平和条約を締結したのとはわけが違う。UAEもバーレーンも、イスラエルと戦火を交えたことはない」と、駐エジプト米大使、駐イスラエル米大使を歴任したプリンストン大学のダニエル・カーツァー教授は本誌に語っている。 「ノーベル平和賞に値するほどの成果ではない。この賞は、イスラエルの首相がパレスチナとの和平を成し遂げた場合に与えられるべきものだ」 ===== ネタニヤフをノーベル平和賞に推す声に対しては、パレスチナの反発も強い。「ネタニヤフは、平和の担い手などではない。平和へのビジョンを持ってすらいない。自らの罪を逃れようとしているだけだ」と、PLOの元広報担当であるダイアナ・ブトゥは本誌に述べている。 「アラブの2つの国がイスラエルと歩調をそろえようとしていることは、私たちが平和への道を歩んでいることを意味しない。この動きは、戦争犯罪人が報われるような新しい秩序を生み出そうとするものにほかならない」 こうした指摘に対しては、異論もある。「ノーベル平和賞は、平和に貢献した人物に与えられるものであって、性格が善良な人物に与えられるものではない」と、2005年のノーベル経済学賞受賞者であるヘブライ大学(エルサレム)のロバート・オーマン教授は本誌に語っている。 「過去にはマザー・テレサやバラク・オバマ(前米大統領)が受賞したが、彼らは平和を生み出したわけではなかった。その点、ネタニヤフは既に平和をもたらしているし、今後もさらに多くの平和を実現させるだろう」 <2020年10月6日号掲載> 【関連記事】UAE・イスラエル和平合意は中東に何をもたらすのか? 【関連記事】イランを追い込むトランプ式の和平「包囲網」 ※画像をクリックするとアマゾンに飛びます10月6日号(9月29日発売)は「感染症vs国家」特集。新型コロナに最も正しく対応した国は? 各国の成功例と失敗例に学ぶ。