<韓国人アーティストとして初の全米第1位は猛烈な努力と緻密な計算、そして小さな妥協の産物> イギリスのパイ・レコードの社長が、日本から1枚のシングルを持ち帰ったのは1962年のこと。東京で聴いた坂本九というアーティストの曲「上を向いて歩こう」が忘れられなかったからだ。 とはいえ、歌詞は全て日本語。「ウエヲムイテアルコウ」というタイトルの意味さえ分からない。そこで、パイの契約アーティストであるケニー・ボールのバンドに、ジャズ風にアレンジしてインストゥルメンタル曲として発表させることにした。タイトルは「スキヤキ」だ。 「スキヤキ」はイギリスではそこそこヒットしたが、アメリカでは全くウケなかった。ところが翌年、ワシントンのラジオ局が坂本のオリジナル版を流したところ、リスナーから問い合わせが殺到。急きょ「上を向いて歩こう」のアメリカにおける発売が決まった(ただし曲名は「スキヤキ」のままとされた)。 それは、ビートルズがアメリカにやって来る半年ほど前のことだった。当時のアメリカでは、イギリスのヒット曲でさえ異質な音楽と受け止められることが多かった。そんななか、坂本が日本語で歌う「スキヤキ」は、ビルボードのシングルチャートで3週にわたり第1位を獲得した。 以来、そのソウルフルなメロディーは、国内外の数え切れないほどのアーティストにカバーされたり、サンプリングされたりしてきた。一般のアメリカ人には意味が分からないアジアの言語の曲が、全米ナンバーワンに輝いたのは後にも先にも「スキヤキ」だけだ。 その記録は、韓国の人気グループBTS(防弾少年団)がこの9月、新曲「Dynamite」で、ビルボードのシングルチャート初登場第1位の快挙を成し遂げた今も変わらない。なぜか。それは「Dynamite」が英語で歌われているからだ。 BTSはRM(アールエム)、SUGA(シュガ)、JIN(ジン)、J-HOPE(ジェイ・ホープ)、JIMIN(ジミン)、V(ヴィ)、そしてJUNGKOOK(ジョングク)の男性7人組のグループだ。 キレッキレのダンスと、キャッチーなメロディーにラップを絡めた曲、そして今や世界中に存在する熱烈なファン(ARMY[アーミー]と呼ばれる)の猛プッシュで、数あるKポップグループの中でも群を抜く成功を収めてきた。 韓国語にこだわったが だが、これまで彼らの曲は基本的に韓国語だった。本格的にアメリカに進出してからも変わらない。2017年にアメリカン・ミュージック・アワードで歌った「DNA」も、2018年にABCの朝の情報番組『グッドモーニング・アメリカ』で歌った「IDOL」も、2019年にNBCのコメディー番組『サタデー・ナイト・ライブ』で披露した「Boy With Luv」も韓国語だった。 ===== ニューヨークのイベントで声援を送るファン(19年5月) DREW ANGERER/GETTY IMAGES メンバーの中でも英語が堪能なRMは昨年、「アメリカでナンバーワンになるために、自分たちらしさやアイデンティティーを変えたいとは思わない」と語っている。「突然、全て英語で歌ったり、全てを変えてしまったりしたら、BTSではなくなってしまう」 では、「Dynamite」をなぜ英語で歌ったのか。 その答えとして真っ先に思い付くのはラジオだろう。車社会のアメリカでは、ラジオでどのくらい曲がかかるかが、ヒットチャートの上位に行けるかどうかを決める大きな要因になる。 その点、BTSには2つのハードルがあった。まず、主なファン層が10代の若者で、ラジオの広告主にとって魅力的なターゲットではないこと。そしてBTSの曲には、アメリカのリスナーが一緒に声を張り上げて歌える英語のサビがなかったことだ。 ただ、「Dynamite」の成功の理由は今のところ、ラジオで頻繁に流れているからではなく、緻密に計算されたサウンドにありそうだ。筆者は初めてこの曲を聴いたとき、これは歌詞の言語に関係なくスマッシュヒットになると確信できた。 70年代のディスコ調に もちろん、これまでのBTSの曲も十分ポップだった。「FAKE LOVE」はムーディーなエレクトロポップだし、アメリカの人気シンガーのホールジーをゲストに迎えた「Boy With Luv」はバブリーなポップ&ブルースだった。 だが、そのどれも病みつきになるようなサウンドではなかった。「Dynamite」はこれに対して、アメリカで確実にヒットするように作られた精密兵器と言っていい。 曲を書いたのは、イギリス人のデービッド・スチュワートとジェシカ・アゴンバー。アゴンバーはこれまでに、ヘイリー・スタインフェルドやジョナス・ブラザーズといった若手アーティストに曲を提供してきた。 プロデューサーも務めたスチュワートがローリングストーン誌に語ったところによると、「Dynamite」はBTSのアメリカのレーベルであるコロンビア・レコーズの「テンポがよくて、エキサイティングな曲」が欲しいという依頼を受けて書かれた。 そこで取り入れられたのが、今トレンドのディスコ・ポップだ(Kポップの面白いところは、これといった特徴的なサウンドがあるわけではなく、念入りにつくり込まれた韓国人アーティストが歌えば、どんな曲でもKポップになることだ)。 実際、ほとんどの批評で「Dynamite」はディスコ・ポップと見なされている。最近はデュア・リパからレディー・ガガまで、多くの人気アーティストが1970年代を彷彿させる曲を発表している。BTSもそのトレンドに乗って、見事に世界のチャートを制覇したわけだ。 ===== 「ON」でMTVビデオ・ミュージック・アワーズの全4部門を受賞し、授賞式に韓国からリモート出演して「Dynamite」を初披露(8月) VIACOM-HANDOUT-REUTERS 個人的な感想としては、とびきり独創的なハイブリッドだ。ここ5年の間にレトロなテイストで大ヒットした2曲(ジャスティン・ティンバーレイクの陽気な「キャント・ストップ・ザ・フィーリング!」と、マーク・ロンソンとブルーノ・マーズのエレクトロファンクな「アップタウン・ファンク」)を足し合わせたようにも聞こえる。 アメリカのファンを意識 しかし、歌詞が全て英語である必要は本当にあったのだろうか。 仮にBTSが韓国語にこだわり続けたとしても、いずれアメリカのシングルチャートを制したとも考えられる。BTSはこの2年半に何度か、アメリカのアルバムチャートを席巻している。18年の『LOVE YOURSELF 轉 'Tear'』は、Kポップのアルバムとして初めて全米1位を獲得しただけではない。欧米のアーティストをフィーチャーせず、英語は曲名と歌詞のごく一部だけで、大部分が韓国語だった。 一方で、BTSが常にアメリカのファンを意識してきたことも確かだ。初の全米トップ40入りを果たした2017年の「MIC Drop」(28位)は、ラッパーの Desiigner(デザイナー)をフィーチャーしたリミックス版でブレイク。2018年の「IDOL」(11位)は、大物ラッパーのニッキー・ミナージュをフィーチャーした。ホールジーを迎えた2019年の「Boy With Luv」は8位を獲得している。 2019年夏にリーダーのRMが、ラッパーのリル・ナズ・Xの「オールド・タウン・ロード」のリミックス版である「Seoul Town Road(ソウル・タウン・ロード)」にフィーチャーで参加。今年1月には、グラミー賞のステージでBTS全員とリル・ナズ・Xが共演した。 3月には『MAP OF THE SOUL:7』のリードシングルで、ほぼ全て韓国語の「ON」が初登場で全米4位を記録。一方で、オーストラリア出身の歌手シーアが参加したリミックス版はヒットしなかった。つまり、BTSの次のメジャーシングルは、いずれにせよ全米1位を獲得できたかもしれないのだ。 シングルに関しては、発売直後からチャート上位を獲得してきた最大の理由はダウンロード販売だ。ビルボードのデジタル・ソングズ・セールズで、たびたび1位を獲得。「FAKE LOVE」「IDOL」「ON」のリリース1週目のダウンロード数は、それぞれ2万9000件、4万3000件、8万6000件と順調に増えている。 「Dynamite」は、BTSの過去のヒット曲もしのぐ数字を記録。リリース第1週の売り上げは30万枚(うちダウンロードが26万5000件)。テイラー・スウィフトの「ルック・ホワット・ユー・メイド・ミー・ドゥ~私にこんなマネ、させるなんて」以来、過去3年で最大の週間デジタルセールスとなった。 ===== ストリーミング配信でも、「Dynamite」はBTS史上最大のヒットになっている。7人それぞれの見せ場もたっぷりあるMVは、配信直後からYouTubeで膨大な再生回数を記録している。 問題のラジオは、初週の再生回数はチャート入りするほどは伸びなかったが、ポップス専門局では既に自身最大のヒットになっている。「ポップ・ソングス」のチャートでは16位に急上昇しており、正真正銘の「アメリカン・ヒット」になりつつある。 リミックスが続々登場 このように「Dynamite」は、デジタルの後にラジオでもヒットする、いわばZ世代流だ。さらに、売り上げとストリーミングの数字を後押ししているのが、チームBTSが第1週に投下した圧倒的な数のリミックスだ。アコースティックにエレクトロニック・ダンスミュージック、「トロピカル」や「プールサイド」バージョンなどが次々に登場している。 売らんがための巧妙な仕掛けかもしれないが、今回のリミックスはいずれも、ラッパーや欧米の有名ボーカリストをフィーチャーしていない。複数のバージョンが、一時はiTunesのチャートのトップ4を独占した。 とはいえ、ダウンロード数が3月の「ON」の8万6000件から9月の「Dynamite」の26万5000件へと3倍に増えたのが、リミックスの影響だけとは思えない。何か要因があるはずだ。 大きな役割を担っているのは、英語の歌詞ではないか。ある専門家(筆者の旧友の14歳になる娘)は次のように語る。「彼らが初めて全部英語の曲をリリースするなんて、本当に興奮している......これまでよりずっと歌詞を覚えやすいから」 言語の問題は、ラジオのためだけでなく、欧米のファンのためでもあるのだ。 さて、BTSの次のアルバムは英語になるのか、それとも韓国語だろうか。Kポップの人気ガールズグループのブラックピンクも、「Dynamite」が開けた扉をくぐるのだろうか。4800万人のARMYにとって、Kポップの侵攻は始まったばかりだ。 ©2020 The Slate Group <本誌2020年9月29日号掲載>