<トランプの過激な政策を逆手に「結果を生む外交の担い手」をアピール> アメリカのドナルド・トランプ大統領は自分を取り巻く状況に怒っている。大統領選の支持率では、民主党のジョー・バイデン候補にリードされている。しかも新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)への対応を批判され、守勢に立たされている。そして、彼の怒りの矛先は中国政府へと向けられている。 言いたいことは山ほどあるようだ。コロナ禍の責任は中国にあるとトランプが語ったのは有名な話だ。マイク・ポンペオ国務長官も7月下旬、アメリカが過去半世紀近く続けてきた中国への「関与政策」は過ちだったと述べた。 その後もトランプ政権は中国への経済的な圧力を強めているが、まともな長期戦略にはまるでつながらないやり方だと批判も出ている。8月17日にトランプ政権は、通信機器大手の華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)への制裁を強化し、同社による外国製半導体の調達をさらに困難にすると発表した。 これに先立ちトランプは、中国のIT企業バイトダンス(北京字節跳動科技)が運営する人気動画投稿アプリTikTok(ティックトック)とアメリカ居住者の「取引」を禁止し、さらにそのアメリカ事業の売却命令を出した。騰訊控股(テンセント・ホールディングス)の提供するメッセージアプリ WeChat についても、アメリカ国内での「取引」を禁止した。両社とも安全保障上の脅威ではない。 選挙戦が始まって以降、トランプは一貫して「バイデンが大統領になれば、中国への対応は弱腰になる」と主張し続けてきた。バイデンが副大統領を務めたバラク・オバマ前政権の8年間を思い出せ、と。 そう聞くと、バイデンは防戦一方で中国問題に触れるのをひたすら避けているのではと思うかもしれない。ところが実際は逆で、バイデン陣営はこの「弱み」を武器に変えようとしている。トランプの対中政策(特に貿易政策)は無謀で無益で、アメリカの労働者にも消費者にも何ももたらさないと訴えようというわけだ。トランプの強硬発言は「中国問題でまっとうな対応ができるのはバイデンだけ」とアピールするチャンスをつくってくれているようなものだ。 「(トランプの)物言いと政策は混乱の度を増しているように思える」と、バイデンの有力な外交政策アドバイザーは言う。「強気に構えるのと破れかぶれになるのとは違う」 目指すところはほぼ同じ バイデンは中国に対する自らの考えを、きちんとした演説の中で国民に説明することになるだろう。中国の利己的な通商慣行や知的財産の窃取、サイバースパイといった問題に対し、同盟国と密接に協力し、統一戦線を組んで対応することの大切さを説くはずだ。「トランプのように強気の発言をしても、アメリカの利益を高めるために中国政府にうまく対処したことにはならない。(だが)われわれならそれが可能だし、その方策も示すつもりだ」と、バイデン陣営の上級アドバイザーは言う。 ===== ポンペオ米国務長官は、アメリカでも大人気の動画投稿アプリTikTokの事業分割を強く求めた PHOTO ILLUSTRATION BY BUDRUL CHUKRUT-SOPA IMAGES-LIGHTROCKET/GETTY IMAGES オバマ政権の対中政策に対しては、経済面での中国の問題行動をほとんど阻止できなかったとの批判があるのは事実だ。「オバマの関心は気候変動問題に偏っていたように思える」と、保守系シンクタンク、アメリカン・ヘリテージ研究所のデレク・シザーズ研究員は言う。「通商問題や南シナ海での拡張主義といった事柄は後回しにされた」 あながち間違った指摘とも言えない。確かに中国は温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定を批准した。オバマに言わせれば、目覚ましい成果だった。だが中国の昨年の二酸化炭素排出量は過去最高を記録し、一方で再生可能エネルギーへの投資は激減している。8月7日にアメリカの情報当局が、中国はバイデン当選を望んでいるという見方を示したのもうなずける話だ。 選挙戦でバイデンは、中国が経済的なライバルであることを認めないような失言もしている。昨年5月、アイオワ州での選挙活動中に「中国がアメリカをたたきのめそうとしているって? ばかばかしい」と口にしてしまったのだ。 それ以降、バイデン陣営はアメリカ国民(そして中国政府)に対し「通商分野において、バイデンは中国にとってくみしやすい相手にはならない」と訴えることに力を注いできた。今年7月に中国との経済関係に関して詳細な政策提言を発表したのも、その一環だった。提言にはトランプ政権のアプローチへの批判も盛り込まれていたが、掲げた目標はトランプと大差なかった。通商問題には厳しい姿勢で臨む、知的財産の窃取への制裁やサイバースパイへの罰則を強化する......。 副大統領時代のバイデンの安全保障問題顧問だったジェイク・サリバンと、カート・キャンベル元国務次官補(東アジア・太平洋担当)は、バイデン陣営の外交政策アドバイザーの中心的な存在だ。2人が昨年秋に外交専門誌フォーリン・アフェアーズに発表した論文は世間の注目を集めた。2人は関与のための関与政策の時代は「冴えない終焉を迎えた」と言い切る一方で、環境や世界規模の衛生問題(パンデミックの防止を含む)や核拡散防止といったテーマで中国は今後も「重要なパートナー」だと主張した。 バイデンも、両国の軍隊の交流促進や「(軍関係者の)個人的な関係および両国の作戦に対する相互理解の構築」を求めていくことだろう。アジアにおける中国の領土拡張を抑止しつつ、協力も進める──それこそバイデンがやろうとしていることだと、アドバイザーたちは言う。 アドバイザーらによれば、バイデンは中国政府にも、自分がくみしやすい相手ではないことを肝に銘じさせたいと考えているという。 このメッセージは中国政府にも間違いなく届いているだろう。中国の駐米大使で習近平(シー・チンピン)国家主席の側近でもある崔天凱(ツォイ・ティエンカイ)は、両国関係がいかに急速に冷え込んだかをつぶさに見ていたはずだ。 ===== トランプ選対チームの一員ではないが、崔とつながりがあり、対中政策のアドバイザー役を務める人物は、「(崔は)アメリカの大統領候補が、中国に対して弱腰と見られるわけにはいかないことを理解している」と言う。「それは大統領になってからも同じだ。崔はそのことを中国指導部に伝えているはずだ」 バイデンの「中国のカモにはならない」というスタンスは、意外な結果をもたらした可能性がある。一部の中国ウオッチャーによると、中国指導部の強硬派が勢いづいてきたというのだ。確かに中国はここ数カ月、香港で抑圧的政策を拡大し、東シナ海と南シナ海で軍事的プレゼンスを強化してきた。後者の目的は、西太平洋からアメリカを追い出すことだ。 中国共産党にパイプがあるアメリカの研究者によると、強硬派は概して、「アメリカの選挙の結果なんてどうでもいい」と言っているという。「トランプもバイデンも同じだ。リセットの余地を残しておく必要などない。バイデンがどう出るのか、様子を見る必要もない。こちらはこちらの都合で動けばいい」 競争と協調の難しいバランス 次期大統領に決まれば、バイデンが中国との難しい関係を舵取りしなくてはならないのは間違いない。貿易面では中国に厳しい態度を取りつつ(トランプがやったことだ)、環境や公衆衛生といった世界的な重要課題では協力する必要がある(トランプがやらなかったことだ)。どんなに頭をひねっても、中国側が歩調を合わせてくる保証はない。 バイデンの対中政策顧問は、オバマ政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたスーザン・ライスなどのハト派から、独立系シンクタンク新米国安全保障センターのイーライ・ラトナーなどのタカ派まで幅広い。彼らがバイデン政権に加わったら何よりも力を入れなくてはいけないのは、米中関係の危険な負の連鎖を阻止することだ。 中国にしてみれば、11月にバイデンが勝利すれば少なくとも、思い付きで行動する一貫性のないアメリカ大統領を相手にする必要はなくなる。たとえ中国の思いどおりにならなくても、その行動は安定していて、予測しやすいはずだ。 一方でバイデンは、中国と競争しつつ、お互いの国益にかなうときは協力も可能だと考えている。米中関係の指導原理としては合理的だが、それは中国側が歩調を合わせたときに初めてうまくいくものだ。そうならなかった場合に備えて、第2案を用意しておく必要がある。 それは米中双方にとって痛みを伴う政策になるかもしれない。そう、現在のホワイトハウスの主が取っているものと同じように。 <本誌2020年9月29日号掲載>