<溺死したクルド人男児の写真で目を覚ましたはずの欧州だったが、大きかった「特別な共感」は消え去ろうとしている。移民への反感を募らせる人々から抜け落ちた視点とは> たった一枚の写真が、世論を変えた。5年前の秋のこと。それまではヨーロッパに押し寄せる「人間の群れ」(当時の英首相デービッド・キャメロンの表現)呼ばわりされていた難民たちが、急に「特別な共感」の対象となった。 Relatives of iconic drowned Syrian refugee find a home https://t.co/M4Mtjp0KkJ pic.twitter.com/2AxmwOQbLb— CBS News (@CBSNews) December 28, 2015 2015年9月2日、トルコの海岸に男児の小さな遺体が打ち上げられた。うつ伏せに倒れていた。名はアラン。戦乱のシリアを逃れ、家族と共にギリシャへ渡ろうとしていたクルド人の子だ。8人乗りのボートには16人が乗り込んでいた。だから、すぐに転覆した。一緒にいた兄ガリブと母リハナも死んだ。それでもアランの写真が世界を変えた──少なくとも、当時はそう思えた。 カナダ在住のおばティマも、英BBCにこう語っていた。「神様があの写真に光を当てて、世界中の人の目を覚ましたんだ」 ヨーロッパは急きょ移民政策の見直しに動いた。この年、ドイツは100万人の難民を迎え入れた。 あれから5年。世界は本当に目を覚ましたのだろうか。知られている限りでも、今年だけで300人以上が、リビアから海を渡って欧州大陸に向かう途中で命を落としている。実数はもっと多いはずだ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、8月にも移民・難民を乗せた船がリビア沖で転覆し、子供5人を含む50人近くが犠牲になった。 UNHCRの年次統計報告によれば、意に反して故郷を追われた人の数は昨年末時点で約8000万人。世界の総人口の約1%で、まだ増え続けている。その半数以上は国内にとどまっているが、難民申請の結果待ちをしている人が400万人以上いる。そして難民または国外避難民が約3000万人。主にシリアやベネズエラ、アフガニスタン、南スーダン、ミャンマーから国外へ脱出した人々だ。 アランの写真が大々的に報じられると、イギリスはシリア難民への関与の姿勢を強化。キャメロン首相は「特別な共感を持つ国として、わが国は今後も困っている人々に救いの手を差し伸べる」と語り、20年までにさらに2万人のシリア難民を受け入れると約束した(この約束は今年で達成された)。 だが世界全体を見渡すと、あの光の神通力は徐々に消えつつある。そして気が付けば、押し寄せる難民の波に対する各国の見方は「歓迎」から「迷惑」に逆戻りしている。 「長続きしないことは分かっていた」と言うのは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)で移民とメディアの関わりを研究するミリア・ジョージャウ教授だ。「あの写真で一度は各国の政策が変わったが、何度も見せられると世間は反応しなくなり、メディアの関心も別のところに移っていく。それが世の常だ」 ===== ベルリンで難民申請を終えた青年と写真に納まるメルケル首相(2015年) FABRIZIO BENSCH-REUTERS その結果、状況は再び悪化している。今年3月にはトルコから国境を越えて来る大勢の人々に、ギリシャの警備当局が催涙ガスやゴム弾を浴びせている。 英仏海峡は絶対に渡らせない 2015年に100万人を受け入れたドイツも、次に難民が押し寄せてきたときには国境を越えさせないと断言している。ポーランドとハンガリー、そしてチェコはEU加盟各国に割り当てられた移民・難民の受け入れ枠を守らずに非難されているが、いっこうに態度を変えない。 イギリスでは、英仏海峡をボートで渡って不法入国を試みる例が増えている。そのためプリティ・パテル内相は、不法入国を阻止する専門の担当官を任命した。小型船による海峡横断を取り締まり、国境管理を強化することが主な任務だ。担当官のダン・オマホニーはかつて海軍の精鋭部隊に所属し、イラクやコソボで戦った経験がある。 オマホニーの任命から1週間後、イギリスへの渡航を試みた簡易ボートが転覆し、スーダン人の男性1人が死亡する事故があった。この件についてオマホニーは本誌のメール取材に対し、「悲劇的な出来事だが、英仏両国が協力して(不法入国者が)このルートを絶対に使えないようにすることの重要性」が再確認できたと指摘し、「徹底した監視と、フランス北部の当局との情報共有や警戒を強化」すると伝えてきた。 しかし、特定の入国ルートを「絶対に」使えなくするという方針には問題が多い。国際法に照らしてどのような対応が許され、どこからは許されないのか、議論は尽きない。 そもそも、国連は「いかなる難民にも安全な場所に避難する権利がある」としており、そこには安全な場所まで「旅をする権利」も含まれるとの解釈もある。そうであれば、地中海や英仏海峡を必死で渡ろうとする人たちの命は守られるべきだ。しかし移民を忌み嫌う人たちは、そんなことを認めたら欧州大陸へ「不法に」上陸しようとする人が増えるだけだと猛反発している。 「イギリスに小型船で不法入国を試みても成功しないというメッセージを送れば、密航仲介業者は諦める」と言うのは、移民規制派の団体マイグレーション・ウオッチUKのアルプ・メフメト会長。「イギリスに住もうとするのは彼らの選択だ。誰も、それに命を懸けろと強いてはいない。簡単に入国できると思うからやって来るだけだ」 「選択」とは巧妙な表現だ。しかし難民は、好きで行き先を選ぶのではない。やむにやまれず選んでいる。 ===== トルコ国境を越えようとする人々に催涙ガスを浴びせるギリシャの治安部隊(2020年3月) ONUR COBAN-ANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES 「生きるためだった」と、2007年にアフガニスタンを脱出してイギリスに来たアブラ(身の安全のため仮名)は言う。「誰だって家族や友人とは別れたくない。私はおじが殺されて国を出た。身を守るには逃げるしかないと、父に言われた。13歳か14歳の頃だった」 コロナ不況で厳しい目が 世間の人は、外国からの不法入国者が経済移民か正当な難民であるかを、もっぱらメディアの報道を通じて区別している。難民なら手を差し伸べる対象だが、経済移民ならヨーロッパの人から「雇用を奪い」、文化を変容させる迷惑な存在ということになる。 「ギリシャの島々にアフガニスタンの人たちが流れ着いた2015年末に、私は現地にいた。彼らは難民と認定され、地元民にもそう呼ばれていた」と、LSEのジョージャウは言う。「でも翌年3月に戻ると、彼らの身分は経済移民になっていて、アフガニスタンは安全な国とされていた」誰が「よい難民」で、誰が「悪い難民」なのか。誰が「不法滞在者」や「経済移民」で、誰が「本当の難民」なのか。その解釈は時代の空気でがらりと変わる。 「2015年には移民か難民かという議論があった」と、ジョージャウは言う。「難民なら助けるが、そうでなければ溺死してもいいという雰囲気だった。ところが今は、本来の難民にもネガティブな印象を抱く人がいる。政治の世界に『こっちの責任ではない。それなのになぜ、こっちに来るんだ?』という空気があるからだ」 そんな空気の下で、入管当局者は身分証明書もない人々をどう振り分ければいいのか。 「迫害の恐れが確かにあれば、亡命は認められる」と、メフメトは言う。「貧困から抜け出し、快適な生活を送りたいために国を出たのなら、その気持ちは理解できるが、本当の意味の難民ではない。経済移民でも何でもいいが、ともかく非合法だ」 メフメトは、そんな不法移民がイギリスに100万人以上いると断言する。だがオックスフォード大学移民研究所のロブ・マクニール副所長によれば、その数字はおおまかな推定にすぎない。「そもそも政府にはデータがない。持っていたとしても公表しない。だから不法な出入国者の数を割り出す手だてがない」 昨年のイギリス総選挙で移民問題は争点にならなかった。国民の間に「問題は解決済み」という意識が広がっていたからだ。イギリスにはEU離脱が迫っていて、政府がいずれ「国境管理を厳しくする」のは当然と考えられていた。 ところが、イギリスへの密航者は増えている。正確な数は不明だが、今年だけで既に4000人以上とされる。それでもEU全体の新規難民申請数は昨年の数字で約62万件だから、イギリスへの密航者数はその0.6%程度にすぎない。 2008年の金融危機以降、どの国でも移民への風当たりは強くなっている。学術誌「移民比較研究」には一般論として、不況時に移民は歓迎されないとの報告がある。 ===== 今は大半の先進諸国が新型コロナウイルスのせいで深刻な景気後退にあえいでいるから、移民への反感は募るばかり。だからこそ移民・難民の支援団体は、難民の「数」だけでなく「顔」を見てくれと訴える。 取材に応じたアブラは言う。「最初は何も分からなかった。父は私を密航業者に引き渡したが、密航業者という言葉の意味も知らなかった。彼らが家にやって来て、父からは彼らの言うとおりにしろと命じられた。出発したのは深夜の1時か2時だった。怖かった。車で2カ月くらいかけて、パキスタンやイラン、トルコなどを走り抜けた。着いた国はアメリカだと思ったが、イギリスだと教えられた。ロンドンという地名しか知らなかったが、そこはマンチェスターだった。2007年からここにいる。今ではここが私の国だ」 世論調査会社のユーガブが8月に行った調査では、英国民の半数近くは不法移民に同情的ではない。「海峡を渡る密入国者の数は驚くほどで、受け入れ難いほど多い。恥ずべき数字だ」と、パテル内相はツイートした。「フランスなどのEU諸国は安全だ。そうした国で難民申請すればいい。イギリスに来るために命を懸け、法律を破るのは無駄だ」 本当に戻りたいのは祖国 欧州大陸からの密航者を嫌う人たちも、イギリスは道義的責任を果たしていると主張する。「イギリスが2017年と18年に自国に受け入れた人の数はEUで一番多い」と、メフメトは言う。 受け入れた人数に限れば、確かにそのとおり。だが難民認定の申請件数となると、17年にはEUで5番目、2018年には4番目だった。 しかし、とメフメトは言う。「イギリスは頑張っている。難民申請の正当な理由がある人に背を向けてはいない。ただし、一定の秩序は必要だ。そうでないと、世界中から何百万もの人が押し寄せて来る」 そうとは限らない。誰もがイギリスに住みたいわけではない。2018年にイギリスで難民申請をした人の数はEU全体の6%にすぎない。 では、5年前にアランの写真が引き起こした「特別な共感」とは何だったのか。当時の人は、そして当時の政府は、あの写真をスキャンダラスに使った新聞やテレビに踊らされただけなのか。 そうではないと信じたい。今は地球上の100人に1人が、自分の意に反して祖国を追われ、さまよっている時代。この人たちが本当に望んでいることは何なのか。 ===== 英国赤十字社のマイク・アダムソンは言う。「トルコで、あるシリア難民に会った。アレッポで歯科医をしていた女性だ。どの国に行きたいかと聞くと、彼女は私の目を見て言った。『私たちはみんな、アレッポにある自宅の鍵を肌身離さず持っている』と。つまり、本当は故郷に帰りたいのだ。この大勢の人たちがヨーロッパに行きたがっているというのは、単なる神話だ」 世界には祖国を追われた人が約8000万人いる。故郷に戻りたくても戻れない人が、シリアだけで1320万人いる。そのうち660万人は難民、つまり異国に暮らしている。大変な数だ。どうすればいいのか。 「難民が問題だと思うなら、難民をこれ以上増やすな」。ある抗議集会でそんなプラカードを見掛けたと、ジョージャウは言う。 「もし欧米諸国が環境破壊を止める措置を取らないなら、市民への爆撃を防ぐ措置を取らないなら、紛争の火種となった過去の行為に対して責任を取らないなら、彼らが逃げてくるのを止めることはできないし、彼らに対して倫理的に正しい政策を実行することもできない」と、ジョージャウは続けた。「彼らはなぜ、今ここにいるのか。かつて私たちが、彼らの地を踏みにじったからだ」 <2020年10月6日号掲載> ===== Relatives of iconic drowned Syrian refugee find a home https://t.co/M4Mtjp0KkJ pic.twitter.com/2AxmwOQbLb— CBS News (@CBSNews) December 28, 2015