<独立武装闘争が盛んなパプア地方で起きた殺人事件は、その地域性のゆえに捜査が難航> インドネシアのパプア地方のパプア州山間部で9月に起きたキリスト教会パプア人牧師の殺害事件。捜査している国軍と警察による合同捜査チームは事件に関する証人の発見や証拠収集などを進めて犯人検挙を鋭意目指している。 しかし、予想以上の困難に直面して捜査が実質上行き詰まりをみせていることが地元メディアなどで明らかになった。 パプア地方(西パプア州、パプア州)の独立を求めて武装闘争を続ける独立派組織や支援者にとっては「独立記念日」にあたる12月1日を控えて現地では緊張が高まりつつあるといわれ、治安当局はさらなる独立運動の激化を警戒しながら、一方で牧師殺害事件の解決を迫られており、パプア州の特に山間部での治安悪化が現実の懸念として強まっている。 捜査状況を州警察本部長が会見で説明 パプア州のパウルス・ワタルパウ本部長は10月2日、「テンポ」などのインドネシアメディアに対して牧師殺害事件の捜査の進展状況に触れて「国軍と警察による合同捜査チームによる捜査を進めている」としながらも「事件が発生した地区が中央山間部でも特に遠隔地でありアクセスが非常に困難で限られること、目撃者の発見がほぼ不可能なことなどからなかなか進展がみられないのが現状」と捜査が難航している状況を明らかにした。 事件は9月19日にパプア州インタンジャヤ県山間部のビタディパ地区のプロテスタント教会に所属するエレミア・ザナンバニ牧師が正体不明の犯人から銃撃を受けて死亡したというものだ。 治安当局と教会組織などで見解対立 同州を管轄する陸軍や州警察は事件発生当初からエレミア牧師殺害は同地域で活動する独立武装組織「西パプア民族解放軍(TPNPB)」に所属するグループによる犯行と主張して、犯人逮捕と同グループ掃討作戦を実行している。 治安当局はパプアでの独立運動や独立運動組織の存在を公に認めることを避けており、今回のTPNPB関連グループによる犯行という見方もこれまで同様に「武装した犯罪組織による犯行」という表現を使っている。 これに対し、パプア地方及びインドネシア全体のプロテスタント教会組織などや地元パプアのマスコミ、人権団体などは事件現場からの情報を基に「現場近くで掃討作戦展開中の陸軍兵士により射殺された」と、治安部隊による殺害を主張し続けている。 これに対し陸軍などは「事件発生当時現場周辺に治安部隊は誰もいなかった」と否定する見解を示し、見解が対立している。 だが、犯行当時の状況が全く不明であることや、ジョコ・ウィドド大統領がパプア人の人権を重視していることを反映して、学識経験者や教会関係者、現地公的機関関係者などからなる「合同調査チーム」を政府主導で編成、真相究明にあたることになった。 ===== 近づく「独立記念日」への警戒も背景 この「合同調査チーム」の編成と現地派遣は10月1日にマフード調整相(政治法務治安担当)が明らかにしたもので、ジョコ・ウィドド政権が「牧師殺害事件などのパプア治安情勢」に深い関心を示していることを表しているといえる。 パプア州では、9月にインタンジャヤ県で複数の銃撃戦や射殺事件が発生しており、陸軍兵士2人、民間人1人が犠牲となっている。 いずれの事件も未解決で、治安当局はTPNPBによる犯行として同組織メンバーに対する掃討作戦を続けており、作戦に伴って起きる各地でのパプア人住民への人権侵害も報告されている。 1961年に独立を求めるパプア人らが独立旗「明けの明星(モーニングスター)旗」を掲げて独立を宣言したことにちなみ、毎年12月1日は「独立記念日」とされている。しかしインドネシア当局は「独立記念日」も「明けの明星旗」も一切認めていない。 2019年は8月にジャワ島スラバヤでパプア人大学生に対する差別発言への抗議運動がインドネシア全土に広がり、パプア地方では一部が暴徒化して約30人が死亡した。 その影響もあり同年12月1日前後にはパプア地方は厳戒態勢が取られた。実際に暴動などは発生しなかったが「独立記念日」を前にパプア各地で「明けの明星旗」を所持していたパプア人が逮捕、検挙されて旗が押収される事件が相次いだ。 こうした経緯から今回の牧師殺害事件が発生してから、治安当局は12月1日に向けた警戒を強めており、牧師殺害事件もなんとかして早期に解決しようと懸命になっている。 混乱恐れ住民はジャングルに避難 しかし当局の捜査を一番困難にしているのはエレミア牧師が殺害された集落やその周辺の8つの教会とそのコミュニティーの人びとが、軍や警察による「殺人事件の捜査」に名を借りた強制連行、暴力行為などを恐れて山間部の奥深いジャングル(俗にブラックゾーンと呼ばれる人跡未踏に近い密林地帯)内に避難してしまったことが指摘されている。 つまり目撃証人を探そうにもジャングルへと逃げてしまい、誰にも話しが聞けない状況が続いているというのだ。 これは普段からパプア人住民が兵士や警察官といった治安要員に対して抱く気持ちを反映しているとされ、今回のエレミア牧師殺害事件でも「治安当局に見つかれば、彼らに都合のいい証言を強要されることは明らか」(パプア人活動家)であることからジャングル奥深くに逃げ込んだとみられている。 「独立の選択肢はない」と明言 国内治安を担当するマフード調整相は10月1日、ジャカルタで記者団に対して「より客観的なパプアでの事件の真相解明に全力で当たるように指示した」としたうえで「パプアは統合されたインドネシアの一部であり、独立という選択肢はないし、許されない」と改めて独立運動に対して釘を刺した。 さらにマフード調整相は「パプアの独立運動が外国人に先導されたものであるのか、地元からの運動なのかは不明である」との見方を示した。これはステレオタイプな政府の立場を改めて表明したものであり、政権内部でも12月1日への警戒感が広まっていることの反映とみられている。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など ===== 急峻な山間地での捜査が続く事件現場 急峻な山間地での捜査が続く事件現場 KOMPASTV / YouTube https://youtu.be/