<招致委の不透明なカネの流れを海外メディアが報道、再浮上した疑惑への説明責任が問われている> 新型コロナウイルスの影響で来年7月に開催が延期された東京五輪だが、その招致に関わる買収疑惑に関して最近、大きな動きが2つあった。 1つは国際陸連(現世界陸連)元会長のラミン・ディアクとその息子パパマッサタ・ディアクが、ロシア陸上界におけるドーピング隠蔽の対価として「賄賂」をもらっていたとする有罪判決が9月16日にパリで言い渡されたこと。もう1つは米財務省金融犯罪取締ネットワーク局(FinCEN)からリークされた記録(フィンセン文書)に基づく報道が9月21日、世界で一斉に始まり、その中で東京五輪招致に絡んでパパマッサタに渡った「送金」の詳細が明らかになったことだ。 ラミンは1999~2015年に国際陸連の会長を務め、セネガル出身のIOC(国際オリンピック委員会)委員としてスポーツ界に大きな影響力を有していた人物だ。息子パパマッサタと共に、ロシア陸上界で組織的に行われていたドーピングを隠蔽する見返りに345万ユーロ(約4億2600万円)を要求・収受したとして、収賄やマネーロンダリングの罪に問われ起訴されていた。 ロシア陸上界でのドーピング疑惑は、選手が内部告発を行い、それに基づいてドイツ公共放送ARDが2014年12月にドキュメンタリー番組を放映して明らかになった。国際陸連の本部はモナコにあるが、収賄などの犯罪行為がパリを舞台にして行われたことからフランスの予審判事と国家財政金融検察局が捜査を担当。単なるドーピングとその隠蔽というだけでなく、隠蔽の見返りに金銭の授受があったとして贈収賄事件化した。 国際陸連のような競技団体の幹部は公務員ではない。しかしフランス刑法は私人であっても契約や職業上の義務に反して賄賂を要求・収受した場合は、収賄として処罰すると規定している。今回の判決でラミンは禁錮4年(うち執行猶予2年)、罰金50万ユーロ(約6200万円)、セネガルに滞在する息子パパマッサタも禁錮5年、罰金100万ユーロ(約1億2400万円)という厳罰を言い渡された。 新資料が暴く資金の動き ロシアのドーピング問題とディアク親子の収賄事件は、一見すると東京五輪招致と何も関係がないように思える。南米ブエノスアイレスでのIOC総会で2020年五輪の開催地の決定投票が行われ、東京での開催が決まったのは2013年9月。この時点でロシアのドーピング疑惑は表沙汰にはなっていなかった。 しかし、ARDの番組放映を受けて、世界反ドーピング機関(WADA)が調査を開始。2016年1月に公表した報告書に「トルコは400万~500万ドルの協賛金を国際陸連もしくは(国際陸上競技大会の)ダイヤモンドリーグに支払わなかったため、ディアク前会⻑のサポートを失った。記録によると、日本人はその金額を支払った。2020年大会は東京が獲得した」という注釈が記載され、これが契機となって東京五輪招致におけるディアク親子の暗躍が露呈した。 ===== これまでに、東京五輪招致委員会がシンガポールのコンサルタント「ブラックタイディング(BT)」に、232万5000ドル(約2億3000万円)を送金していたことが、2016年5月に行われた竹田恆和JOC(日本オリンピック委員会)会長(当時)の国会参考人招致や同年8月に発表されたJOCの調査報告書で認定されている。しかし、その後にBTからディアク側にどのように資金が移動したかについて、詳細は明らかにはなっていなかった。 今回のフィンセン文書報道が注目されたのは、その具体的な資金移動を示す事実の一端が明らかにされたからだ。 疑惑追及の機運再燃? マネーロンダリング監視の観点から、米財務省金融犯罪取締ネットワーク局には不審な金融取引を報告する書類が金融機関から提出される。その記録2121件を同局職員が米メディアのバズフィードに提供。この記録がICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)に共有され、今回一斉に報道が開始された。そして、パパマッサタが持つロシアの銀行口座やセネガルの関連会社の口座などに、BTから計約37万ドルが送金されていることが判明したのだ。 9月のディアク親子の有罪判決はこれまでの捜査経緯から見て想定の範囲内であり、またフィンセン文書についても、推定されていた資金移動の証拠がリークされた公的記録によって裏付けられただけのように見える。 しかし、ディアク親子が関与した2016年のリオデジャネイロ五輪招致疑惑については、既に同五輪組織委員会会長と元リオ州知事、そして疑惑の中心人物とされる実業家のアーサー・ソアレスが贈賄容疑で軒並み逮捕・起訴されており、疑惑追及は完了している。今後、ディアク親子が関与した残る案件である東京五輪招致の疑惑追及の機運が再燃しないとも限らない。 巨額な放映権ビジネスを伴うスポーツイベントには、招致決定の集票をめぐる「影響力行使」に危うさが付きまとう。日本の広告会社である電通とスイスのスポーツマーケティング会社AMS(アスレティックス・マネジメント・アンド・サービシズ)の東京招致をめぐる不透明な関係も取り沙汰されている。 現在の日本には民間同士の贈収賄を処罰する法律はない。だが2010年に制定されたイギリス贈収賄法のように、処罰範囲を私人にまで拡大させるグローバルな潮流がある。 1996年の長野冬季五輪でも、招致委員会の会計資料が「焼却」された。もし新型コロナが感染拡大せず、今年夏に予定どおり東京五輪が開催されていたら、招致疑惑が再燃しても「後の祭り」で誰も気に留めなかったはずだ。 招致活動の倫理規定遵守を期待するだけでは、スポーツが本来的に有する「インテグリティ(高潔性)」を確保できないことはもはや明らかだ。コロナ禍での疑惑再燃を不幸中の幸いとし、膿を出し切る──日本五輪の父・嘉納治五郎なら「精力善用(善をなすために能力を最も有効に使う)せよ」と言うだろう。 <本誌2020年10月13日号掲載> =====