<韓国で強い共感と反発を引き起こし、日本でも話題を呼んだ小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の映画版がついに公開される> 「窮屈な世の中になったね」――何の気なしにやってきたことが今は認められないと知った人が、口にしがちなせりふ。昔はもっと大らかで寛容でよかった? それが誰かの我慢や苦労の上に成り立っていた寛容だとしても? 窮屈なのはこっちだよ! と叫びたい人が大勢いると分かっていても、そう言えるだろうか。 10月9日に日本公開される韓国映画『82年生まれ、キム・ジヨン』(キム・ドヨン監督)にも、このせりふが登場する。セクハラに関する社内講習を受けた後、ある男性社員が同僚と談笑しながら「窮屈な世の中だ」とこぼすのだ。この社員は社会の変化に付いていけず、他者の痛みにも気付かない典型的な人間として描かれているが、映画の中には同じような場面がいくつも登場する。もちろんそうした言動は男性のものとは限らず、例えば主人公キム・ジヨンの義母は、ジヨンのある行動が「息子の出世を邪魔する」となじる。 『82年生まれ、キム・ジヨン』の原作は韓国で2016年に発表され、130万部のベストセラーになった同名小説。「女性の生きづらさ」をテーマにしたもので、日本でも18年の邦訳出版とともに話題となり20万部を突破した(「多くの女性の共感を呼んだ」からだが、本当はそんな共感は呼ばない社会のほうがいいのだが)。 ジヨンは子育てをしながら再就職しようとするがなかなかうまくいかない © 2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved. ジヨン(チョン・ユミ)は、夫デヒョンと幼い娘とともにソウルで暮らす。仕事を辞めて子育てに専念する日々の中で彼女は次第に精神のバランスを崩し、母親や友人といった別の人格が時折、憑依するようになる......というのが物語の骨格。さまざまな女性が経験する理不尽や不平等、困難がモザイクのように組み合わさっているのがジヨンの人生で、だからどんな女性にとっても、自分が経験したか、誰かの経験として聞いたことのある逸話が散りばめられている。 原作の淡々とした語り口にならい、映画も終始静かなトーンで物語は進む。それはジヨンのあきらめの境地を映しているとも言えるが、チョン・ユミの頼りないたたずまいを目にするといっそう心が痛む。コン・ユ演じる夫が愛情深く、ジヨンを助けようとするのは救いだが、彼1人の力では彼女を支えきれない。長い時間をかけて社会に蓄積され、粘性の土壌のようになった性差別の意識や構造は簡単には変えられないからだ。 それでも『82年生まれ、キム・ジヨン』のような作品が、社会の意識を変えるきっかけにはなる。「分からないけど理解しよう」と思う人が増えるからだ。一方で、たとえ声高に主張をしていなくても、こうしたフェミニズム的なテーマには一定のアンチが付く。驚いたことに、韓国では原作にも映画にも、特に男性から強い批判が起きたという。チョン・ユミやコン・ユも映画への出演を決めたことでバッシングを受けた。「女性優遇」や男性への「逆差別」がある、というのが批判派の主張らしい。 ===== 映画のラストは原作と違い希望を感じさせる © 2020 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved. 小説は精神科医のカルテという体裁でジヨンの人生をたどっているが、映画は違う。ラストも小説とはまったく異なり、後味の悪いものにはなってない。どちらがいい、悪いではなく、作り手が伝えたいメッセージが違うということだ(ちなみに筆者は小説のラストほうがしっくりきた)。 日本でも十分通じる話だし(あのシーンもこのシーンも......と挙げだしたらきりがない)、きっと多くの女性がこの映画を見に行くことだろう。でも本当は男性にこそ見てほしい。それから、「赤ちゃんはママがいいに決まっている」といった時代錯誤で現実を知らない発言をたびたびしてしまう国会議員たちを集めて上映会でもやったらいいのに、と思う。 =====