<大ヒット確実と言われたディズニー渾身の最新映画がまさかの大ひんしゅく──13億人の中国市場に甘い夢を見る多国籍企業が直視すべき教訓とは> ディズニーの最新映画『ムーラン』が迷走している。 もともと4月に公開予定だったが、コロナ禍による延期の末に劇場公開を見送り、ディズニーのストリーミングサービス「ディズニープラス」で有料配信することに。昨年8月には、主人公を演じる劉亦菲(リウ・イーフェイ)が、香港の民主化運動を弾圧する警察への支持を表明したため、ソーシャルメディアを中心にボイコットを呼び掛ける声が広がっていた。 ようやく9月4日にネット配信が始まったと思ったら、撮影の一部が行われた新疆ウイグル自治区の治安当局への謝辞がエンドクレジットに含まれていた。この組織はウイグル人に対するジェノサイド(民族浄化)の実働部隊であり、人権団体やメディアから猛批判が起きた。 それでもディズニーは、中国市場でのヒットという一発逆転に望みを懸けていた。ところが9月11日の劇場公開直前になって、政府当局から映画に関する報道を一切禁止する通達が出たという。 作品の評判も振るわない。中国最大の映画情報サイト豆瓣(ドウバン)の口コミ評価は10点満点中5点弱。評判が評判を呼んで大ヒット......とはいきそうにない。 こんなはずではなかった。中国の伝説をベースにした人気アニメ映画を実写化する今回のプロジェクトが2015年にスタートしたときは、成功の条件はそろっているかに見えた。ウイグル人への迫害は始まっていたが、国際ニュースのトップを飾るほどの注目は集めておらず、ビジネス上の問題はなさそうだった。 米議会が人権問題を取り上げることはあっても、米政府が国内での中国企業の活動を禁止したり、米大統領が世界的な感染症危機を「チャイナ・ウイルス」とけなすこともなかった。そして香港には、まだ言論の自由があった。 そもそもハリウッドは、かなり前から中国政府に忖度した映画作りをしてきた。中国政府をわずかでも批判するアメリカ映画が最後に作られたのは、20年以上前のことだ。 だが習近平(シー・チンピン)国家主席が国内の締め付けを強化し、アメリカでドナルド・トランプ大統領が誕生してナショナリズムが強まると、米中関係は急速に悪化。企業は数年前、場合によっては数カ月前に交わした合意でさえ一夜にして崩壊するリスクにさらされている。 もちろんビジネスの世界では、どんな国が相手でもこうしたリスクはある。だが中国の場合、崩壊のスピードと規模がとてつもない。それを思い知らされた企業はディズニーだけではない。 もはや「様子見」は危険 米プロバスケットボールのNBAやサッカーのイングランド・プレミアリーグは、香港の民主化運動を支持する姿勢を打ち出した影響で莫大な放映権収入を失った。カナダの菜種油メーカーは、自国政府が中国企業幹部を逮捕したために、中国への輸出を1年間阻まれた。韓国の大手百貨店ロッテグループは政府にミサイル防衛システムの建設用地を提供したため、中国全土でボイコットに遭った。 ===== 自国政府から中国での事業に待ったをかけられた企業も多い。インド政府はカシミール地方で中国との軍事衝突を受け、あらゆる領域で中国との関係断絶を進めている。米政府は国内での事業を禁止する中国企業を毎週のように追加しており、取引のある米企業に影響が及んでいる。 こんなとき、多くの企業は取りあえず様子を見て、嵐が過ぎ去るのを待とうと考えがちだ。なにしろ中国市場は巨大で、そう簡単に諦めるわけにはいかない。それにこれまでにも、一時は中国と激しく対立したが、数年後に「仲直り」した国があった。 例えばノルウェーは、2010年にノーベル賞委員会が中国の反体制活動家にノーベル平和賞を授与したのを機に、対中関係が悪化していたが、2016年に関係を正常化した。だから企業には、今は厳しい状況でも、いずれ中国の政治の振り子がリベラルな方向に戻ってくるという期待がある。 「明日の中国」の出方は不明 だが、その振り子は強権的な方向に激しく振り切れ、鎖ごと引きちぎれてしまった。習が権力の座にある限り、政治的パラノイアと排外主義は大きくなる一方だろう。アメリカの対中強硬路線も、トランプが11月の大統領選に勝とうが負けようが続くだろう。中国専門家のビル・ビショップはニュースレター「シノシズム」で、「今後数年を考えると、米中関係は今が最高だ」と述べている。 もちろん、中国政府の要求に徹底的に従うという戦略もあり得る。ホテルチェーンのマリオット・インターナショナルはこの戦略を取ってきた。航空各社も台湾の表記をめぐり、中国政府の要求に応じる変更をしてきた。 だが、こうした態度はアメリカ国内で大きな代償を生じさせる可能性がある。中国の要求をのんだ企業は議会公聴会に呼び出され、公共事業の入札から締め出され、メディアで猛攻撃を受けるだろう。 そうしたリスクに目をつぶって中国市場を目指しても、いずれ現実との巨大なギャップに慌てることになる。「自分の業界は米中摩擦と無縁だと思っていると、その自信に足をすくわれる」と、ある中国アナリストは語る。 いまだに13億人市場に甘い夢を見ている企業は、今すぐ目を覚ますべきだ。たとえ今日の中国に対処できても、明日の中国がどう出るかは全く分からないのだから。 From Foreign Policy Magazine <本誌2020年10月6日号掲載>