<生活に幻滅した軍官の間で早期転役、つまりは定年を迎える前に軍を辞めようとする動きが出始めているという> 2020年は北朝鮮にとって踏んだり蹴ったりの1年だ。国際社会の制裁でただでさえ苦しいところに、例年よりさらにひどい自然災害、そして新型コロナウイルス。北朝鮮国内に複数いるデイリーNKの内部情報筋からは、その苦境を知らせる情報が相次いで届いている。 そのしわ寄せは、より脆弱な階層に来ている。コチェビ(ストリート・チルドレンやホームレス)がその代表格だが、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が取り上げたのは朝鮮人民軍(北朝鮮軍)、それも軍官(将校)の現状だ。軍官と言えば、社会的地位が高くて待遇もよく、皆が羨む職業だったが、今やそれも昔話だ。 平安北道(ピョンアンブクト)の軍関係者が語ったのは、道内の塩州(ヨムジュ)に駐屯する第8軍団の窮状だ。本来、軍官には社宅が貸与されるはずだが、軍団所属の各部隊の軍官の多くには住む家がない。 そのため、部隊近隣に住む民間人に、カネや食べ物を家賃の代わりに支払い、家を間借りするのだ。そんな軍官が一つの部隊で50人に達するという。ある軍官が家賃として毎月支払っているのは、コメ10キロ。9月中旬の価格で換算すると4万7000北朝鮮ウォン(約560円)になる。 現金ではなくコメを支払うのは、北朝鮮の給与制度によるものだ。現金で支払われる月給は極めて低く、市場でコメ1キロすら買えないほどだが、その代わりに食糧や生活必需品が配給されるので、問題なく暮らせていた。ところが、その配給が止まってしまい、家賃が支払えなくなってしまったのだ。 家を引き払わざるを得ない状況に追い込まれた軍官の中には、近所の空き家を改造して起居している者もいるという。軍の窮状は今に始まったことではないが、軍官の間では「もう辞めてしまいたい」との声が漏れ始めているという。 <参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為> <参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為> 軍は、食糧を協同農場から調達することになっているが、農民はコメを軍に奪われまいと必死に抵抗する。ようやく手に入れた食糧も、輸送過程での横流しなどで部隊に到着するころにはすっかり目減りしてしまう。 今年の収穫量は自然災害の多発で例年にも増して少ないと言われており、そのしわ寄せが軍に来た形だ。ただ、以前から上に苦しみ、食べ物欲しさに民間人宅や協同農場の襲撃を行っている末端の兵士に比べれば、軍官はまだマシな方だ。 さらに、食糧や住宅問題で家族と離れ離れで暮らす者も増えつつあり、軍団全体では百数十人に達する。単身赴任を強いられた夫も、別居した家族も苦しい暮らしを強いられている。 そんな生活に幻滅した軍官の間で早期転役、つまりは定年を迎える前に軍を辞めようとする動きは出始めているという。軍人は商行為が禁じられていて、生活のすべてを国に頼るしかないが、軍を辞めれば自由に商売ができるようになり、今よりは生活がマシになるだろうと考えているのだろう。 しかし、生き馬の目を抜く今の北朝鮮で、今さら「武家の商法」ではそう上手くいくわけがない。 咸鏡北道の情報筋は、同様の問題が軍全体に広がっていると指摘した。中央は数年前、軍官向けの住宅を建設するとして、部隊が駐屯する地方政府に建設させようとしたが、資材の確保が難しく全く進んでいない。 国は、国家的建設の現場に軍を突撃隊(半強制の建設ボランティア)として動員してこき使うのに、それに相当する待遇はしておらず、軍幹部の不満は高まる一方だと指摘した。 [筆者] 高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) 北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。 ※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。