<ナゴルノカラバフに介入するのはエルドアンの自意識と被害者意識ゆえ。「大国トルコの復活」の呼び掛けは、経済停滞で不満をためた国民のガス抜きに最適だ> たいていの人が忘れかけていたナゴルノカラバフ紛争が再び火を噴いた。国際社会は(珍しく一致して)四半世紀来の停戦の維持を呼び掛けているが、トルコだけは違う。同国のレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は無条件でアゼルバイジャンを支持すると宣言し、恒久的な解決につながらない停戦は無意味だと主張している(編集部注:ロシアは10月10日、アゼルバイジャンとアルメニアが停戦で合意したと発表した)。 東西冷戦終結後の1991年、旧ソ連のアゼルバイジャン共和国(イスラム教徒が主流)に属しながらもアルメニア系住民が多数を占めるナゴルノカラバフ自治州が民族の独立を掲げて蜂起、これに隣国アルメニア(東方教会系キリスト教徒が主流)が加勢して紛争は始まった。結果、アルメニアが同自治州を実効支配する形で1994年に停戦が成立。その後も散発的な衝突が繰り返されていたが、ここへきて本格的な戦闘が再開された。 なぜ戦闘は再開したのか。アルメニアと国境を接するトルコの外交姿勢が大きく変わったからだ。その背景には、トルコが冷戦後の国際秩序に幻滅し、「大トルコ圏」復活の夢に駆られて周辺地域への介入を深め、そうした機運を現政権が国内の支持固めに利用しているという事情がある。 トルコがアゼルバイジャンを支持するのは、まず第1にどちらも同じテュルク語圏に属し、文化的にも民族的にも親近感があるからだ。 さらに、国際社会に対する根深い不信感もある。冷戦終結以降、国連もEUも武力による領土拡大(例えばロシアによるクリミア併合の試みなど)を厳しく非難してきたが、ナゴルノカラバフについてはアルメニアに対する姿勢が甘かった。これは明らかな二重基準だと、トルコは強く反発している。 現状でアルメニアはナゴルノカラバフとその周辺(アゼルバイジャンの陸地面積の約20%に相当)を占領しており、そのせいで100万人弱が住む家を追われている。だが1994年の停戦を主導したミンスク・グループ(フランスとロシア、アメリカが主導)は事態の改善に動こうとしない。 この間、トルコはアゼルバイジャンとの経済・軍事協力を強化してきた。とりわけ軍事顧問の派遣や定期演習の実施、攻撃用ドローンの提供などを通じて、軍隊の近代化に手を貸してきた。 アゼルバイジャンはイスラエルからも最新鋭のドローンを購入するなどして軍事力を強化。その効果は今回の軍事衝突でも顕著に見られ、過去の衝突時に比べて、アゼルバイジャン軍の戦闘能力は大幅に向上している。 だからこそ「後見人」のトルコは強気になれる。アルメニア軍の占領地域からの全面撤退が唯一の解決策だという主張はその表れだ。 ===== ナゴルノカラバフ自治州で再燃した戦闘で破壊されたビル HAYK BAGHDASARYAN-PHOTOLURE-REUTERS だがそうなれば、トルコとロシアの間に新たな対立が生まれる危険がある。ナゴルノカラバフの問題は、ロシアにとって微妙なバランス感覚が必要な問題だ。ロシアはアルメニアと宗教的つながりが深い。しかし旧ソ連圏の盟主としてはアゼルバイジャンを切り捨てることもできない。 最終的には、ロシアがナゴルノカラバフに一定の「境界線」を引いて事態の収拾を図ろうとするだろう。ただしアゼルバイジャンが武力で領土を取り戻すことは、ロシアとしても容認できない。 ではいつ、どこにその境界線を引けばいいのか。読みを誤ればトルコとの関係が再び悪化する可能性がある。そうなった場合、シリアやリビア、東地中海の地域に加えて、ナゴルノカラバフも大掛かりな国際紛争の舞台になることだろう。 オスマンの栄光を再び 世界は今、トルコの外交・安全保障政策の転換を目の当たりにしている。トルコ政府は外交面でこれまで以上に自己主張をするようになっており、また自国のハードパワー(軍事力や経済力)を信じて地域紛争に積極的に関与する姿勢を強めている。 いったい何が、エルドアン大統領のトルコを強硬路線に駆り立てているのか。そして周辺地域の紛争に前のめりで関与していく姿勢は、本当に持続可能なのか。 考慮すべき論点は少なくとも3つある。 まずは世界秩序の問題。近年のアメリカは欧州東部、とりわけバルカン半島への関心を失い、そこに権力の空白が生じた。EUにとっては、これら旧ソ連圏諸国に対する外交・安全保障面の影響力を増大するチャンスだが、加盟国間に温度差があって有効な手を打てない。そこに、トルコが付け込む余地ができた。 第2は、トルコの与党・公正発展党(AKP)とその指導者エルドアンの政治的イデオロギーだ。AKP指導部は近代トルコの「世俗主義」と決別してイスラム色を強める一方、アメリカを中心とする現在の世界秩序の維持に強く抵抗している。 エルドアンのトルコが目指すのは、かつてのオスマン帝国時代の栄光を取り戻すことだ。「新オスマン主義」と呼ばれることもある危険な思想だが、国民の自尊心をくすぐるには都合がいい。欧米との関係悪化による経済の停滞で国民の間には不満がたまっているが、「トルコを再び偉大に」という呼び掛けはそのガス抜きに最適だ。 ===== 念願のEU加盟は、いつになっても見通しが立たない。2016年のクーデター未遂事件や、シリアにおけるIS(自称イスラム国)掃討戦でアメリカがクルド人の民兵組織と共闘したことも、トルコ人の反米感情を助長した。そうしたことが重なって、西側との関係見直しを支持する世論が形成されている。 AKPが極右政党の民族主義者行動党(MHP)と組んだことも、この流れを加速した。さらにエルドアンは内政面で反リベラルの強権的な姿勢をむき出しにしており、これも西側との対話や信頼構築を困難にしている。 経済の繁栄か安全か こうして、外交は大国トルコの復活と台頭というシナリオに欠かせない要素となった。近年のトルコ指導部が外交面でしばしば好戦的な言葉を口にするのも、このシナリオに沿っている。 このシナリオによれば、何をやっても諸外国から妨害されるのは、トルコが大国として台頭している証拠だ。外為市場でトルコの通貨が揺さぶられるのも、外国政府や怪しげな国際陰謀組織がトルコの経済成長を嫉妬し、妨害しているからということになる。地中海東部や中東地域における孤立化も、トルコが地域で突出した国になったことの必然的な結果とされる。 第3の論点は政治の現実に関連している。今のトルコは国外の紛争に次々と軍を送っているが、そんなことをいつまで続けられるのかという疑問がある。しかも今は構造改革の遅れと新型コロナウイルスの世界的な感染拡大で経済が疲弊している時期だ。 2013年に9510億ドルのピークを迎えて以来、トルコの名目GDPは縮小に転じており、昨年実績は7540億ドル。この6年で2000億ドルも減った。こうなると政権与党への信頼も落ちる。世論調査によると、8月時点のAKPの支持率は31%。2018年の議会選における得票率43%から大幅に低下している。 では、経済が停滞すればエルドアンも外交面の積極介入政策を転換するだろうか。残念ながら、事実は逆だ。トルコ政府はシリアから、リビア、さらにはナゴルノカラバフへと、経済の縮小と反比例するかのように軍事介入を増やしている。経済の厳しい現実が介入を思いとどまらせるどころか、むしろ加速させている。 今のトルコは諸外国に包囲されており、絶えざる攻撃にさらされている。だから反撃せざるを得ない。少なくとも国内的には、そういう理屈が成り立つ。そして戦時に強いリーダーシップが求められるのは世の常だ。しかも、この状況は国民に偽りの二者択一を迫ることになる。経済の繁栄と国家の安全、そのどちらを採るかという選択だ。 孤立を恐れぬ好戦的なレトリックは、短期的には政治的に有効かもしれない。しかし経済の安定という長期的な目標とは両立できない。そして国政選挙で問われるのは経済の実績なのである。 From Foreign Policy Magazine <本誌2020年10月20日号掲載>