<激戦州に多く暮らす中南米系有権者──その支持獲得が4年前の二の舞いを回避するには重要だが、バイデンは彼らのハートをつかめていない。障壁となっているのは> 米大統領選で反ドナルド・トランプの大波に乗る民主党候補が各種の世論調査で優勢を保ち、特にラティーノ(中南米系)有権者の間では3分の2の支持を集めています──というのは4年前のヒラリー・クリントンの話。それでも彼女は勝てなかった。 二の舞いはごめんだから,民主党陣営は改めて気を引き締めている。11月3日の投票日は目前に迫り、手段を選ばぬ現職トランプの猛追で、挑戦者ジョー・バイデンのリードはじわじわと縮まっている。 バイデン陣営は表向き強気を装っているが、選挙戦の行方を左右するアリゾナやジョージア、テキサスなどの州でラティーノ有権者に対する働き掛けが足りないとされる。9月13日には陣営幹部のシモーヌ・サンダースも、てこ入れが必要なことを認めている。 実を言えば、てこ入れは8月末から始まっていた。そして9月に入ると選対副本部長のジュリー・チャベス・ロドリゲスや、クリストバル・アレックスをはじめとする幹部クラスが集まって、ラティーノ票の獲得に向けた作戦を練っている。 最も心配なのは大票田のフロリダ州だ。バイデンの同州、とりわけ民主党の期待する都市部のマイアミデード郡での支持率は4年前のクリントンを下回っている。ソーシャルメディアで「バイデンは社会主義者だ」という偽情報が出回っているのも痛い。中南米の左派系政権の国から逃げてきたラティーノ有権者は、この言葉に敏感に反応するからだ。 誰が次のアメリカ大統領になるかを占う上で、ラティーノ票の行方は大きな意味を持つ。世論調査機関のピュー・リサーチセンターによれば、ラティーノは現時点で最大の人種・民族集団であり、登録有権者数は3200万人(全有権者の13.3%)に上る。 彼らが最も多く暮らしているのはフロリダやアリゾナ、ネバダやテキサスのような激戦州だ(このうち4年前にクリントンが勝利したのはネバダのみ)。しかも8月段階では彼らの3人に2人(約64%)が、バイデン陣営からもトランプ陣営からも積極的な働き掛けは受けていないと回答していた(調査機関ラティーノ・デシジョンズ調べ)。 バイデン陣営は春の予備選でそれなりに疲弊していたから、ラティーノ向けの有料選挙広告に本腰を入れ始めたのは夏になってからだ。特に重視したのはアリゾナ、フロリダ、ペンシルベニア、ネバダ、ノースカロライナ、ミネソタ、テキサスの各州。6月23日から9月7日にかけては、スペイン語のテレビやラジオへの広告投入に352万ドルを費やし、トランプ政権は「新型コロナウイルス対策に失敗し」「ラティーノ社会を裏切った」が「バイデンは信頼できる誠実な人物だ」といったメッセージを発信した。投入費用はトランプ陣営の203万ドルを大幅に上回る。 ===== 2016年の大統領選でクリントンはラティーノの支持を得たが敗北 JOE SOHM-VISIONS OF AMERICA-UNIVERSAL IMAGES GROUP/GETTY IMAGES バイデン陣営はラティーノ社会への訴求に「歴史的な」金額を投じたとしているが、具体的な金額は明らかにしていない。しかしバラク・オバマ前大統領の下で働いていた人材を含め、多くの中南米系スタッフを雇い入れ、しかも重要な地位に就けている。 その1人がロドリゲスだ。彼女はメキシコ系の労働運動指導者で今も敬愛されているセサール・チャベスの孫娘。ラティーノ票を掘り起こす切り札として、5月になってバイデン陣営の選対副本部長に抜擢された。一方で古参のアレックスは、バイデン陣営に接触してくる多くの中南米系指導者とのパイプ役を務めているようだ。 トランプ離れが起きない理由 「ラティーノ票なくして勝利はない。だからその掘り起こしに全力を傾け、バイデンは私たちのコミュニティーの味方だと訴えている」とロドリゲスは言う。「主要な激戦州ではラティーノを動かせるスタッフを雇い入れたし、ノースカロライナやミネソタ、ネバダではラティーノ向けの有料広告を強化している」 対するトランプ陣営は、今さらラティーノを味方に付けなくていい。少しでも既存の支持を増やせれば、それでOKだ。9月1日に電話会見した陣営幹部のジェーソン・ミラーによれば、トランプはラティーノ票の40%を獲得できる見込み。これは2004年に再選を果たしたジョージ・W・ブッシュに匹敵する数字だ。 それに比べて、バイデン支持は盛り上がりを欠く。NBCニュース/ウォールストリート・ジャーナル/テレムンド・ネットワークによる9月13〜16日の共同調査では、ラティーノのバイデン支持は62%にとどまった(トランプ支持は26%)。4年前のヒラリー・クリントンは投票日直前の調査で、ラティーノ有権者に限ればトランプに37ポイントの差をつけていた。だが9月15日のCNNの報道によれば、バイデンのリードは28ポイントにすぎなかった。 ピュー・リサーチセンターによると、ラティーノでも有権者の10人に3人前後は保守だ。だから4年前にトランプがラティーノ票の28%を集めたのは驚くことではない。今回は30%台半ばまで行けるとトランプ陣営は豪語しているが、ハードルはかなり高い。典型的な保守穏健派だったブッシュでさえ、2000年に獲得できたラティーノ票は35%、2004年も40%だった。 ラティーノが肌で感じているのは経済的苦境だけではない。彼らの新型コロナウイルスの感染率と死亡率はずば抜けて高い。ピュー・リサーチセンターによる9月の調査で、コロナ危機を大統領選の「非常に重要」な争点としたラティーノ有権者は、全体の平均より10ポイントも多かった。 しかし大々的なトランプ離れは起きていない。2012年の大統領選でオバマはラティーノ票の71%を獲得し、共和党のミット・ロムニーの27%に大きく水をあけたが、現時点でそこまでの差は見られない。2018年の中間選挙でも民主党はラティーノ票の69%を獲得したが、バイデンの数字はその水準に達していない。 ===== ラティーノ社会はコロナ被害が深刻(携帯用PCR検査キット) BEN HASTY-MEDIANEWS GROUP-READING EAGLE/GETTY IMAGES なぜ支持が伸びないのか。「みんな生活苦とコロナへの不安で頭がいっぱいで、大統領選どころではないのだろう」と言うのは、テキサス州選出の下院議員ホアキン・カストロだ。それでも「彼らがバイデンを支持していないわけではない」と、民主党の広報室に勤務した経験もあるクリスチャン・ラモスは言う。「だがバイデンの声が彼らに届き、彼らを動かせるかどうかは疑問だ」 前上院院内総務のハリー・リードを含む陣営の幹部は以前から、まだラティーノ有権者のハートをつかめていないと警告してきた。ラティーナ(中南米系の女性)で初めて上院議員となったキャサリン・コルテス・マストを含むネバダ州選出の民主党議員たちも、陣営による配慮の不足に懸念を表明したという。 もちろん、ラティーノも一枚岩ではない。出身国によって文化は異なるし、移住の経緯も異なる。日常的に英語を使う人もいれば、スペイン語の人もいる。同じラティーノでもメキシコ系の多い南西部ではバイデン支持が多いが、南東部のフロリダではキューバ系の存在感が高く、彼らは極めて保守的だ。またプエルトリコ系は基本的に民主党支持だが、2016年にも18年にもキューバ系より投票率が低かった。 侮れない偽情報の破壊力 フロリダではラティーノが有権者の20%を占めている。元ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグは先頃、反トランプの立場から、フロリダでのバイデン支持を盛り上げるために1億ドルの資金提供を約束した。最近の世論調査で、4年前のクリントンに比べてバイデンが大票田のマイアミデード郡で苦戦していることが分かったからだ。 2012年の大統領選では、マイアミデード郡でオバマがロムニーに24ポイントの差をつけた。4年前のクリントンも、支持率63%で34%のトランプに大差をつけた。しかし9月の世論調査でバイデンの支持率は55%。対するトランプは38%で、その差はわずか17ポイントだった。州内で最も民主党支持者が多いはずの郡で支持が盛り上がらないのは不吉な兆候だ。 しかも今のラティーノたちは、テレビやラジオから流れる中傷広告に加え、ソーシャルメディアに氾濫する偽情報とも闘わなくてはならない。「ラティーノ社会を標的とする大量の偽情報との闘いは続く」と言うのは、ラティーノの有権者登録を支援しているマリア・テレサ・クマル。バイデン陣営には「偽情報をかき消す努力が必要」だと言う。 「私たちもそれを心配している」と言うのは、かつてハリー・リード前上院議員(民主党)を支えていた活動家のホセ・パーラだ。「今の民主党はマイアミデード郡で支持を失っているようだ。ヒスパニック系のメディアでもたたかれている」 悪質な偽情報は伝統的なメディアだけでなく、ネット上にも拡散されている。そこではキューバやベネズエラから来た有権者が、バイデンはフィデル・カストロやウゴ・チャベス型の社会主義者だと繰り返し聞かされている。 ===== フロリダ州ではキューバ系が鍵を握る(2019年のトランプ支持者の集会) JOE RAEDLE/GETTY IMAGES 「民主党は社会主義だという攻撃は本当に効く」と言ったのは、地元の活動家フェルナン・アマンディ。「嘘だと思うなら(2年前の知事選と上院選で涙をのんだ民主党の)アンドリュー・ギラムとビル・ネルソンに聞いてみればいい」 かつてオバマ陣営でラティーノ向けの世論調査を担当していたアマンディに言わせると、「民主党は社会主義」だという主張を甘くみるのは危険だ。2年前は民主党に追い風が吹いていたから、ギラムもネルソンも勝てるはずだった。しかし「民主党は社会主義だと決め付ける共和党の攻撃に圧倒され」て、勝機を逸してしまった。 共和党は民主党ほどラティーノ票に依存していないが、もちろん過去に制した票田を譲る気はない。トランプ陣営は既に英語とスペイン語で草の根イベントを4万5000回も開いているし、「社会主義に反対する行動の日」という集会も開き、アリゾナとフロリダ、ネバダ、テキサスの各州にはラティーノ対応に特化した現地事務所も開設している。 これらの州では毎週水曜日に、トランプ支持の女性を集めたデジタルイベントも開いている。またフロリダ、アリゾナ、ネバダ、ウィスコンシン、ペンシルベニアの各州では支持者の有権者登録を支援する一方、フードバンクへの寄付に協力して、彼らの経済的困窮を理解している姿勢も見せつけている。 9月半ばにはアリゾナ州フェニックスで、トランプ自身がラティーノ有権者の円卓会議に出席し、彼らがアメリカン・ドリームを実現した話に耳を傾けた。そしてトランプ陣営幹部のスティーブ・コルテスは本誌に本音を打ち明けた。ラティーノがトランプを支持しなくてもいい、ただバイデンに票を投じなければいいのだと。「彼らがバイデンに投票しなければ、それだけでこちらには半分の勝利となる」 バイデンにラティーノ向けの政策はないのか。ある。例えば小規模経営者や起業家向けの支援だ。スタンフォード大学の調べでは、過去10年でラティーノによる起業は34%も増えている。この層に向けて、バイデンは新たに500億ドル超の起業支援ファンドを官民共同で設立すると約束している。国立ラティーノ・アメリカン博物館の設立やラティーノ人材の登用推進も表明した。 ラティーノは最終盤に動く しかしスペイン語メディアへの露出は、4年前のクリントンに比べると少ない。事情通によると、陣営内にはバイデンをもっとスペイン語テレビ局に出演させようという意見もあったが、実現しなかった。話題が移民対策に及び、不法移民の強制退去を進めたオバマ政権の姿勢を問われたとき、バイデンが本能的に擁護してしまうのを恐れたからだ。 その結果、バイデンはネバダ州党員集会の直前まで、ラティーノに絶大な影響力を持つジャーナリスト、ホルヘ・ラモスのインタビューに応じなかった。それでも9月15日にはキューバ系アメリカ人のホセ・ディアスバラルトが司会するニュース番組に出演し、プエルトリコ人を「二流市民」扱いするトランプを非難する一方、プエルトリコ大学には「歴史的に黒人系ないし少数民族系とされる大学と同等の支援」をするべきだと熱く語った。 ===== バイデン陣営の熱心な運動員であるルーベン・ガイエゴ下院議員(アリゾナ州)に言わせると、若い世代を含めてラティーノがこれほど盛り上がっているのは前例がない。新型コロナウイルスのせいで予備選の終盤はまともな選挙運動ができなかったが、今は違うとガイエゴは思う。「アリゾナにもフロリダにも潤沢な資金が投入されている」 バイデン陣営は若者にアピールするため、プエルトリコ出身の人気ラッパー、バッド・バニーの曲を反トランプ広告に使った。タイトルは「しかし、もはやノー」。4年前にトランプを支持した層に向けて、民主党に戻ってこいと呼び掛けるメッセージだ。トランプ陣営もバッド・バニーの別の曲「ハロー、俺は誰?」でバイデンの地味さを皮肉ったが、これは空振り。バッド・バニーのファンは徹底したアンチ・トランプだ。 「彼の歌はLGBTQ(同性愛など性的少数者)の権利を擁護し、政治家の腐敗と戦うよう訴えている」と、バイデン陣営でスペイン語の広告を仕切っているジョエル・メイソネットは言う。「だからバイデンとの組み合わせは、意外に見えても実は合理的だ」 各種の世論調査によると、投票先未定の有権者は4年前より少ないようだが、バイデン陣営は中南米系の浮動票獲得に自信を見せる。バイデン陣営の事情通に言わせれば「選挙の常、そして中南米系の人たちの常として、みんな土壇場にならないと動かない」のだ。 7月末には、選挙のプロであるエイドリアン・サエンスが陣営に加わった。オバマの選挙にも協力し、フロリダやニューメキシコ、テキサスで多くの選挙を手掛けてきた人物で、「ラティーノ有権者の多様性も機微も理解している」とされる。 選挙戦が最終盤に差し掛かった今の時点で、ラティーノ票の掘り起こしに巨費を投じるのはなぜか。有権者のデータを少しでも多く入手したいからだ。そうすれば性別や出身国、年齢などで対象を絞り込み、ネットを通じて適切なメッセージを送り込める。 「これからだ」と、バイデン陣営のある幹部は言った。「映画の予告編も、2年前から流したりしない。封切りの直前が本当の勝負だ」 <2020年10月20日号掲載> =====