<政府の独立機関が捜査をしたことでパプア住民の軍・警察への不信がより鮮明に> インドネシア東端に位置するパプア州の山間部で9月19日にパプア人牧師が射殺された事件が発生してから1カ月。行き詰っていた真相解明をめぐり新たな調査が動きだした。 これまで射殺犯について軍や警察は、パプア州山間部のインタンジャヤ州で活動する独立派武装組織(治安当局は単に武装犯罪集団と呼称)の犯行と発表。一方、地元住民やキリスト教会関係者は陸軍の兵士による射殺だとして、主張が真っ向から対立。 治安当局による捜査は住民の信頼や協力を得られず真相解明は難しい局面を迎えていた。 さらに政府主導による「特別調査チーム」が編成されて送りこまれたものの、そのチームメンバーの人選についてパプア人権保護団体やNGOなどは「政府側、治安当局者が含まれており著しく公平を欠く」と反発。 「特別調査チーム」の事件現場への受け入れ、調査協力が実質的に拒否される事態となり、「真相解明というより公正な調査結果を期待すること自体ができない状況」とマスコミなどから指摘される事態に陥っていた。 ところがこうした現状をみかねた「国家人権委員会(Komnas HAM)」が独自に調査団を現地に派遣して関係者から精力的に事情聴取などを進めたことが明らかになり、現地パプア人や人権団体からその調査結果に大きな期待が寄せられている。 インドネシアの国家人権委員会は、1993年に大統領によって設立された政府の独立機関で、インドネシア憲法、国連憲章および普遍的な人権宣言に従って、インドネシアにおける人権の保護と執行を強化し、人権を侵害した者の調査、人権被害を受けた者の名誉回復などを目的としている。 一方、こうした動きを受けて政府調査団はあわてて「近く調査結果を明らかにする」としているが、政府調査団と人権委の調査チームの結果が大きく異なる事態も予想されるなど、パプア人牧師殺害事件の真相解明は新たな段階を迎えている。 人権委の精力的調査に地元も協力 事件は9月19日にパプア州中央山間部に位置するインタンジャヤ県の山中深い場所にあるヒタディパ地区でキリスト教会のエレミア・ザナンバニ牧師が何者かに射殺された。 エレミア牧師はヒタディバ地区の神学校教師を務めながらインドネシア・エバンゲリカル教会所属のエマニュエル・ヒタディバ教会牧師として地域のパプア人から尊敬と信頼を集めていた人物という。 エレミア牧師射殺に関して事件直後から治安部隊と教会関係者、現地住民が主張する犯人が異なる事態となり、治安当局による捜査チーム、政府による調査チームが派遣されたものの、現地の住民はさらなる問題を回避するため山間部のさらに奥深く避難して、十分な事情聴取ができない状況が続いていた。 ===== これに対し人権委の調査チームを率いたコイルル・アナム代表によると、人権委の調査チームは現地パプアの人権委支部の協力などによる現地調査を通じて「十分な情報」を住民からの聞き取りで得た。 さらにエレミア牧師の家族からの情報提供、現場検証による資料や情報を得ており、現在専門家による客観的な検証作業で「結論の中立性」の担保に務めているという。 政府調査と異なる独立性、公正性を強調 コイルル代表は10月17日に開いた記者会見で「エレミア牧師殺害事件は独立した一つの事件ではなく、インタンジャヤ県で2020年になってから連続して発生している一連の事件と関連した事件とみるのが正しい」との見解を示した。 そして「我々の調査チームは政府が指名、編制、派遣した調査チームとは一切関係がなく独立した調査を実施した」とマフード調整相(政治法務治安担当)の指示で調査を行った政府調査チームとは異なり「独立した調査チーム」であることを重ねて強調した。 マフード調整相の指示で編成された「政府調査チーム」は当初同調整相が「真相解明に客観的に全力で当たるよう指示した」としながら、蓋を開けたら警察や軍関係者が含まれたメンバー構成となり、現地パプアやマスコミからは「客観的で中立、公正な調査結果が期待できるメンバーでは到底ない」と批判が噴出。またパプアのキリスト教会団体からは「受け入れ拒否」が表明された。 こうした政府調査団のメンバーによる調査は住民や教会関係者の非協力的姿勢で迎えられた結果、十分な調査ができる状況ではなかったことが判明している。 人権委の調査結果への期待 パプアの人権問題を扱う団体やキリスト教会関係者は、今回の人権委の調査チームを歓迎し調査には積極的に協力したことから、いずれ発表される調査結果への期待が集まっている。特に殺害されたエレミア牧師の家族が人権委の関係者に対して「人権委の調査結果が正義を実現することにつながるよう期待する」と表明したとしている。 人権委の調査チームは、パプア州を訪問している間、地元パプア教会協議会から「政府に宛てたパプアへの軍や警察の増派を中止するようにとの書簡を受け取った」とし、現地住民の多くが治安部隊によらない平和的なパプア問題の解決を望んでいることをインドネシア政府に伝えたという。 ===== 人権委のコイルル代表は「今後明らかにする我々の調査結果を政府は耳を傾けて聴くべきである。我々の調査は人権という立場からのアプローチで行ったものであり、政府の調査チームとは無関係の独立したものである」と強調し、近く公表される調査結果を政府も治安当局も謙虚に受け入れるべきとの立場を強調した。 慌てて調査結果公表急ぐ政府調査チーム こうした人権委の調査チームの動きを受けて政府調査チームは17日に「我々の調査は終了した」として近くその調査結果を公表する方針であることがわかった。 同調査を主導した国家警察委員会関係者が地元マスコミに明らかにしたもので、マスコミ関係者からは「明らかに人権委の調査結果発表を意識して先手を打とうとしている」との見方が出ている。 学校を軍が接収、駐屯の事実も明らかに また今回の現地調査で人権委調査チームにはエレミア牧師殺害現場となったヒタディバの学校関係者から「軍が勝手に学校の校舎を接収して兵士を駐屯させており、約100人の生徒の授業が妨害されている」という新たな事実も報告されたという。 こうした隠された事実も治安当局によるパプア住民への圧迫、人権侵害の実態を示しており、人権委では学校接収の事実をマフード調整相に懸念事項として伝えるとしている。 マフード調整相が任命編成した政府調査チームと、同じ政府機関ながら完全な独立機関である人権委の調査チームとでは、国民が寄せる期待も信頼も大きく異なる。 近く発表されるという双方の調査チームによる調査結果の公表でエレミア牧師殺害の真相が解明されることへの注目が高まっている。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など ===== 急峻な山間地での捜査が続く事件現場 KOMPASTV / YouTube