<気になる有効性と安全性はどれくらい? ワクチンが開発されれば本当にひと安心? 日本のワクチン対策を率いる脇田隆字・国立感染症研究所所長が分かりやすく解説する。本誌「日本人が知らないワクチン戦争」特集より> ワクチンは今後の新型コロナウイルス対策の決め手になるのか。厚生労働省の予防接種・ワクチン分科会を率いる脇田隆字・国立感染症研究所所長にノンフィクション作家の広野真嗣が聞いた(取材は10月6日)。 ◇ ◇ ◇ ──米中欧ロといったワクチン開発の「先頭集団」から日本が出遅れた。 米国、欧州、日本はワクチンを承認する枠組みを共有している。このため欧米での開発が承認されれば、日本での臨床試験の一部を省略して承認が進む可能性がある。 今回の出遅れには反省もある。ただ現在では、遅れを取り戻そうと企業や研究者が通常とは異なる「ワープ・スピード」に近い速さで開発に取り組んでいる。遺伝子情報を用いた新しい方式を採用することで時間を縮めた海外勢に対し、日本でも新しいDNAワクチンを開発中だが、不活化や組み換えタンパクなど既に確立された着実な方式で進めている。 政府は2021年前半までに全国民に提供できる数量の確保を目指している。国産ワクチンも早ければ来年末には供給されることを期待している。さまざまなワクチンが選択肢として用意され、接種すべき人が受け入れやすくなることが重要だ。 ──一度ワクチンを接種した人はその後も免疫が維持されるのか。 接種した人の抗体を時間を追って観察しないと分からない。ただ、ブラジルなどでは回復後に再び感染し重症化した症例が複数報告されている。 こうしたことから、感染によって得られた免疫は長続きせず、抗体反応も3カ月程度で下がるとみられている。ワクチンに誘導された抗体でも同様に長続きしない可能性がある、と予測している。 ──何度も予防接種が必要なのは、季節性インフルエンザと同じなのか。 似ているようで実は違う。季節性インフルエンザのウイルスは遺伝子が8本あり、うち1本がどんどん入れ替わることで、ジャンプするような変異が起きる。だから、これに対応するワクチンも株を変えて接種する必要がある。 これに対し、新型コロナは1本のRNA(リボ核酸)を持つウイルスで、その1本に配列された3万塩基のうちわずか1つが2週間に1度、ランダムに変異する程度だ。欧州で感染性を強めることになった「D614G」という顕著な変異でさえ、病原性や抗体反応が変わっておらず、ワクチン株を変える必要はないと現時点では考えている。 ──ワクチンは重症化予防のみで感染予防効果はないとの指摘もある。 感染予防効果があると、臨床試験で検証できれば理想的だ。しかし検証の面からすると、ワクチンを投与された群と偽薬を投与された群で万単位の人数を比べるには、発症者や重症者はカウントできる一方、無症状も含めた感染者を数えるのは難しい。なにしろ「発症しない人が多数いる」のがこの感染症の特徴だ。 免疫のメカニズムとしても、感染予防は簡単ではない。感染そのものを防ぐには、体に侵入する経路、鼻や喉の粘膜で分泌される免疫であるIgA抗体(粘膜免疫)の働きが期待される。これに対して通常、呼吸器ウイルス感染症で、注射のワクチン接種によって誘導されるのはIgG抗体(全身免疫)だ。これに、感染予防効果が十分にあると認められた例はこれまでにない。 ===== ──副反応への不安などから接種を拒む人が続出する可能性もある。 重症化が懸念される65歳以上の人や、基礎疾患のある人は、臨床試験の結果を踏まえて接種してもらいたいと思う。 もう1つ重要なのは、20代の若者たちがワクチンを打ってくれるかどうか。彼らは感染しても風邪の症状が出るくらいで死亡リスクもほとんどない。しかし、彼らの間で接種が進まないまま活動的になってウイルスを運べば、再びお年寄りに感染させ、あるいは高齢者施設や病院で集団感染の火種となり得る。 北海道で最初の波が来ていた3月初旬、専門家会議が若者に向け「人が集まる風通しが悪い場所を避けて」と呼び掛けた。「世代間の分断になる」と批判も受けたが、この感染症の本質はここにあり、ワクチンについても若者への教育が重要だ。この点が蔓延防止の大きな課題だ。 ──国内の管理供給体制にも特別な配慮が必要となると言われる。 海外から調達する新しいワクチン、とりわけmRNAワクチンはマイナス70度のコールドチェーン(低温物流)で管理しないと品質を確保できないと考える。運搬のためにはドライアイスパックで梱包し、保管にはディープフリーザーと呼ばれる特別な冷凍設備が要る。 1億2000万人が来年初めから夏頃までに接種すると仮定すれば、単純計算で1日当たり数十万人から100万人以上に注射する必要がある。ドライアイス詰めで配送されてきたロットごとに品質を確認し、解凍し、注射していく。また、異なる種類のワクチンが使用される可能性もあり、非常に大掛かりなオペレーションになりそうだ。 ──ワクチンを打たない人も出るなかで感染拡大防止をどう展開するか。 対策の肝は、いかにして重症化を防ぐか。有効なのは「重症化予測」と「抗ウイルス薬」だ。最近の研究を通じて重症化予測因子が特定され、血液検査で該当する人を早めに判定できるようになってきた。 陽性が判明したトランプ米大統領は即座に抗ウイルス薬であるレムデシビルを投与されたが、早期に抗ウイルス薬を投与することが重症化防止に効果が高いと分かってきている。早期検知というと検査の拡充が強調されがちだが、実は、ポイントは検査の前段にあることも見えてきた。 つまり、検査すべき人をあぶり出す健康観察のシステムづくりだ。例えば長崎で集団感染が発覚したクルーズ船で事態の悪化を食い止めるのに奏功した鍵は、急きょ開発・導入した健康観察用のアプリにあった。「喉の違和感」や「発熱」といった項目に日々、乗船者に端末で回答してもらったことで、検査すべき人は誰か、その兆候を早期に把握できた。 経済社会活動の再開にワクチンが有効なのは確かだが、健康観察の仕組みを学校や職場にも持ち込むことで効果を補えば、日本は日本のやり方で、感染拡大を社会全体で抑え込めるのではないだろうか。 <本誌2020年10月27日号「日本人が知らないワクチン戦争」特集より>