<安倍政権の成果を土台に菅首相が次の段階に進むには何が必要か。前内閣官房参与・浜田宏一氏が3つのアドバイスを贈る> 歴代最長の在任日数を記録した安倍晋三前首相の辞任に伴い、後継者の菅義偉が直面する最大の問題の1つは安倍政権の一丁目一番地だった経済政策をどうするかだ。 長年、安倍の下で内閣官房長官を務めた菅は既にアベノミクスの継承を誓っている。当然だろう。この戦略は日本経済の再生に大きく貢献した。特筆すべきは雇用の伸びだ。第2次安倍政権が発足した2012年から新型コロナウイルスの感染拡大が始まる直前の2019年末までに雇用者数は500万人近く増えた。 菅は自ら誓ったとおり経済政策では安倍路線を踏襲すべきだ。だが「言うは易く行うは難し」。国内には抵抗勢力がいるし、国外ではアベノミクスは誤解されている。 外国人ウオッチャーはアベノミクスの雇用創出効果を軽視しがちだ。平均賃金が上がっていないためだが、それには訳がある。日本には「正規」と「非正規」の二重構造の労働市場があり、それが改善されない限り、賃上げ効果は雇用者全体に及ばない。 安倍政権の成果を土台に菅が次の段階に進むには何が必要か。まずはアベノミクスの3本の矢の1つ、金融政策を見てみよう。アベノミクス以前には欧米諸国が大胆な金融緩和に舵を切ったために円高が進み、日本の輸出産業の競争力が低下していた。当時の日本銀行は大幅な緩和には気乗り薄だった。 安倍は2013年に黒田東彦を日銀総裁に任命。黒田は異次元の量的緩和に踏み切り、おかげで最初の2年間は円相場が下がり輸出産業は息を吹き返した。 成長戦略では愚直に信念を貫け 2015年以降、特に16年初めにマイナス金利が採用されて以降は通貨供給量の増加が円安に直結しなくなり、この政策の効果は薄れた。だが人手不足を補うため企業は活発に設備投資を行い、経済は堅調を保った。 コロナ危機の発生後は金融政策が経済を下支えする切り札となった。そのため菅に向けた私の1つ目のアドバイスは、引き続き金融緩和を推進することだ。黒田を信頼して大船に乗った気持ちでいればいい。 アベノミクスの2本目の矢は柔軟な財政政策だ。安倍は消費税率引き上げを2度延期し、しばしば財政ハト派と呼ばれた。これはもう1つの誤解だ。安倍政権は一貫して基礎的財政収支(プライマリーバランス)の均衡を目指し、一定の改善を達成してきた。そもそも財政収支は常に均衡していなくてもいい。この考えは経済学の主流になりつつある。インフレ率がごくわずかで、金利がGDP成長率より低い日本では、財政赤字は現在だけでなく、未来の世代にとってもプラスの効果をもたらし得る。 ===== とりわけコロナ禍で世界的に需要が激減し、成長が鈍化している今は、大胆な財政出動が不可欠だ。よって菅への2つ目のアドバイスは「健全財政」なる時代遅れの概念を売り込む専門家を過信しないこと。 アベノミクスの最初の2本の矢が既存の生産能力の最大化を狙ったものなら、3本目の矢は潜在的な能力を引き出す構造改革だ。安倍政権は頑張ったものの抵抗勢力に押し切られ、この分野では大した成果を上げられなかった。イノベーションを妨げる時代遅れな規制が今も山ほど残っている。 自民党の派閥に属していない菅は、抵抗勢力に耳を貸さないだろう。しかも菅のブレーンは筋金入りの改革派ぞろいだ。 そこで最後に菅に3つ目のアドバイスを提供したい。構造改革と成長戦略に関してはぶれずに信念を貫くこと。未来の日本の繁栄のためには、今ここで構造改革を断行することが絶対条件だ。これを目玉に据えてスガノミクスを果断に進めてほしい。 ©Project Syndicate <2020年10月27日号掲載>