<今、哲学が熱い。でも難しい専門書を読んだところで、人生やビジネスにどう生かせばいいのか。分かりやすい解説で定評のある名物予備校講師が、現代の私たちに役立つ「大全」を出版した> 欧米では今、ビジネスに哲学を導入する動きが広まっている。 ビジネスと哲学は、一見、相容れないように思える。しかし、先の見えない時代となり、哲学的な思考法や洞察力がビジネスにも求められるようになってきているのだ。グーグルやアップルではインハウス・フィロソファー(企業専属哲学者)を雇っているほどである。 だからといって、いきなり難しい哲学書を読んだところで、どう理解し、どう生かしていいのか分からない。そんな人が多いだろう。 その点、新刊『この世界を生きる哲学大全』(CCCメディアハウス)は、最初の1冊として最適かもしれない。本書では、実際に起きている社会問題、宗教問題、日常の人間関係の諸問題など、さまざまな現実の問題を哲学的な見地から考察している。 著者の富増章成(とます・あきなり)氏は、河合塾をはじめとする大手進学塾で教鞭を執る名物予備校講師で、『読むだけで元気になれる哲学の教室』(王様文庫)など、多数の著書がある。 哲学を誰にでも分かりやすく解説することで定評があり、「大全」の名にふさわしいこの新刊でも、現代の諸問題と関連付けながら平易に解説。「1日4ページで"人生のコンパス"が手に入る」と謳っている。 では、哲学的な思考を身につけ、人生に生かしていくとは、どういうことなのか。『この世界を生きる哲学大全』からほんの一部だが紹介しよう。 報酬を上回る仕事をすれば、やがて返ってくる(イエスの黄金律) 「人に与える」ことは、自己啓発の中でも特に重要な分野だと富増氏は言う。与えるのは、金銭、物質的報酬だけではなく、親切な行為、賞賛・励ましの言葉など、無形のものも含む。 これは「黄金律」と呼ばれるものだ。「他人から自分にしてもらいたいと思うような行為を人に対してせよ」という、哲学と宗教の根本的ルールである。有名なのは『新約聖書』の「イエスの黄金律」だ。 人に使われている、利用されていると考えると、損をしているような喪失感を持つことがあるかもしれない。しかし、こうした「与える」ことのやり取りは、呼吸をすることと同じようなものだという。 人が息として吐いた二酸化炭素は、やがて植物が酸素に変えてこちらに返してくれる。そんな相互関係があるのだ。 これを仕事に置き換えて考えてみよう。 どんな仕事であっても、それによって、集中力、持久力、思考力など、自分のどこかが強化される。だから、対価を払ってでも仕事をする価値はある。 さらに言えば、受け取る報酬を上回るような質の高い仕事をすることで、やがてそうして与えたものが、報酬として返ってくる。その上、充実感や満足感といった精神的な報酬も得られる。ナポレオン・ヒル哲学では、これを「プラスアルファの魔法」と呼ぶ。 仕事は与えることであり、それによって誰かが救われている。例えば、水道局があるから水が出るし、下水道を管理している人がいるからトイレの水が流せる。既に自分が働いている以上の何かが、意識さえしていないところで、自分のもとに返ってきているのである。 ===== そのため、自分も仕事で返していく心掛けが大切なのだ。人に与えることで、恩恵はめぐりめぐっている。 また、富増氏はマーケティングでも「与える」という行為が用いられることを紹介。 顧客に満足してもらうためには、顧客のニーズと提供する商品・サービスが一致することが必要になる。しかし、品質が同じであれば、顧客は価格の安いほうを選ぶだろう。そうなると、価格競争になり、デフレのスパイラルが止まらなくなる。 そこで有料の商品やサービスに、お金にならないサービスを追加するのだ。そこでは、報酬以上に見返りを期待しない奉仕が行われているというわけだ。 死がやってくるときに、われわれは存在しない(エピクロス派) 逆境や苦しい状況の中で、そこから切り抜けるために富増氏が薦めるのが、エピクロス派やストア派などのヘレニズム哲学だ。紀元前、アレキサンダー大王の世界帝国の出現により、ギリシアのポリス(都市)社会が崩壊し、人々が困惑する中で出現した哲学である。 例えば、誰もが乗り越えることが難しいものに「死の恐怖」がある。 快楽主義で知られるエピクロス派の始祖、エピクロス(紀元前341年~前270年)は、「死の恐怖」について、デモクリトスのアトム論(原子論)を用いて説く。快楽主義とは、「体に苦痛がないこと」「心が穏やかなこと」という状態のことである。 体も魂も原子(アトム)で出来ている。死んでしまえば感覚はない。そして、いま生きているということは、死んでいないということである。死は死んでから考えればいい。でも、死んだら考えられない。だから、それで解決、というわけだ。 つまり、「われわれが存在しているときには死はやってこないし、死がやってくるときにはわれわれは存在しない」ということになる。 しかし、それでも人は死が怖い。原子が解体したあとの「無」が怖い。そんな現実に対して、富増氏はさらに、ストア派の哲学を紹介する。 ストア派は禁欲主義による苦行を行う。苦しみを先取りし、鍛えることにより、快楽・苦痛に惑わされない境地をつくり上げるのだ。「ストア派」は「ストイック」という語の由来にもなっている。 ストア派の哲学者、ゼノン(紀元前335年~前263年)は、人間の本性は理性(ロゴス)にあるため、合理的な習慣・行動を身につけるべきだとする。そして、「自然に従って生きよ」と説いた。 自然に従って生きるとは、理性に従って生きることだ。人は情念(パドス)に動かされ、どうでもいいことを気にする。つまり、「死の恐怖」も情念に動かされなければいいのだ。これは「アパティア(無感動)」と呼ばれている。ただし、アパティアを目指すことは、きつい修行だろうと富増氏は言う。 ===== 問題が生じたら、使えない思考を捨てればいい(ジョン・デユーイ) 富増氏は、トラブルが起きた場合の哲学として、プラグマティズムの哲学者、ジョン・デユーイ(1859年~1952年)の名を挙げる。 デユーイは、思考は道具であると説く。問題が生じたら、使えない思考を捨てて、新しい思考へと切り替えればいいというのだ。 一説によると、人は恐怖や不安を感じることで、思考能力が一時的に低下し、あり得ないようなミスをしてしまう。これを防止するには、恐怖や不安を保留し、明るい思考に転換すればいい。前向きに考えることで、隠れていた恩恵が見えるようになるため、一気に挽回できる。 哲学の基本原則は、すべての存在に対立物があるため、すべてが悪いということはないのである。どんな状況においても打開できる可能性はあるという。しかし、ネガティブになると、脳が悪いことだけを選択するようになり、悪循環が起こる。 また、人は忙しくしているときは、それに集中しているが、暇になった途端にあれこれと悩み始めると富増氏は言う。そのため、よくある自己啓発での、効果的な悩みの解決方法として「とにかく忙しくすること」が挙げられるのだ。 悩みに縛られずに、日々を充実させる方法として、自己啓発手帳がある。普通のスケジュール帳と異なるのは、目標設定ページがあること。全体的な大目標(ゴール)を決めて、月単位での目標をつくり、それを達成するために週に細分化して、さらにそこから1日単位の計画を組む。 大目標を立てると、それを実現しようと、脳がオートマティックにデータを集め始める。そうしたデータを常にメモしながら行動するのである。 さらに富増氏は、手帳に哲学者の思考を図解化した「哲学コーナー」をつくることを勧めている。そうすることで、哲学者の思考を元にしながら、新しい行動計画を立てることができる。 ◇ ◇ ◇ 本書は4ページごとに1つの項目を立てており、興味があるページからコツコツと読んでいくだけで、人生を生き抜くための哲学思考が身につく構成となっている。 「働く気力を保つには」(マルクス)、「株か貯金か」(ケインズ)、「絶望したら」(キルケゴール)、「上機嫌でいく」(アラン)、「考えすぎをやめる」(老荘思想)......など、本書を読めば、現代を生き抜くためのヒントを賢人たちが与えてくれるだろう。 『この世界を生きる哲学大全』 富増章成 著 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)