<中国の台頭への強い不安が地域の国々そしてアメリカをつなぐ接着剤になっている> 近年、アジアにおける影響力を拡大してきたアメリカと中国は今まさに、この地域を巡る勢力争いのまっただ中にいる。アメリカのドナルド・トランプ大統領はオーストラリアやインド、日本と言った国々とのパートナーシップをさらに発展させ、この争いで優位に立とうとしている。 トランプの大胆なアプローチはチャンスでもありリスクでもある。 米大統領選の投票日を半月後に控え、トランプはもちろん民主党のジョー・バイデン候補側も、外交政策と言えば取り上げるのはインド太平洋地域における地政学的闘争ばかり。「クアッド」と呼ばれる日米豪印戦略対話に参加する国々の関心も同様だ。いずれも中国との間で問題を抱えつつ、恭順も対立の激化も望んでいない国々だ。 以前からあったクアッドに新たな命が吹き込まれたのはトランプ政権下の2017年のこと。以来、正式な軍事同盟があからさまに関与するという形ではなく、非公式な形で中国に対抗する力となってきた。 メアリー・ワシントン大学のジェーソン・デービッドソン教授(政治学・国際問題)は「クアッド創設以降、最も基本的な流れとなっているのが独断的な行動を強める中国の台頭だ」と語る。 米ソ冷戦との違いは経済の相互依存性の強さ デービッドソンによれば、南シナ海や台湾に対し中国が主権を主張しているといった問題は直接にはクアッドに影響を与えていないものの、まったくないというわけでもない。直接に関わっているのは、日豪印がそれぞれ抱えるやっかいな対中問題だ。日本は尖閣諸島をめぐる領有問題を抱えているし、オーストラリアでは中国によるスパイ活動や政治への違法な影響力行使の疑惑が持ち上がっており、インドは中国との国境紛争で死者も出ている。 デービッドソンは現在の状況は、かつての米ソの冷戦に部分的にだが似ていると語る。 「今日の世界には、冷戦初期と似た面がいくつかある。2つの大国が互いを脅威と見なしている点がそうだ」とデービッドソンは本誌に述べた。「そうした状況は、(軍事)同盟の結成につながる傾向がある。大国はより小さな国々を自分の勢力圏内に置きたいと考え、小さい国々の側も保護を求めているからだ」 だが少なくとも1つ、根本的な違いがある。それは米中が経済的に強い相互依存の関係にあるということだ。 「米中間の経済関係の強さも、冷戦中の米ソ関係とは異なる点だ」とデービッドソンは言う。「これは米中両国ともに、国内には平和的関係を望む強い勢力を抱えていることを意味する」 ===== これは他方で、アメリカが他の国々を中国との勢力争いに巻き込もうとする際にはやっかいな問題となる。特にトランプ政権高官が米中の対立をイデオロギー的なものとして語る際にはなおさらだ。 「(中国の)習近平総書記(国家主席)は、破綻した全体主義イデオロギーの真の信奉者だ」と、アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は6月、中国に対して行動を起こすよう「自由を愛する世界の国々」に呼びかけた演説の中で述べた。 「まさにこのイデオロギーこそ、彼が何十年にもわたって中国の共産主義の世界的覇権を欲してきたことを示している」とポンペオは述べた。「アメリカはもはや、両国の政治やイデオロギーの根本的な違いに目をつぶっていることはできない。(中国共産党が)これまで目をつぶってこなかったように」 だが中国政府が始めているのは中国式の共産主義を輸出のではなく、世界規模の対外投資だ。習主席が掲げる「一帯一路」構想は、多くの国々に重要なインフラを供給するというプロジェクトで、中国はアジア各地からアフリカ、欧州、果ては中南米に至るさまざまな国々と合意を結んでいる。 一方でトランプの通商戦争は、少なくとも一部のアジア地域のパートナー諸国の反感を買い、一帯一路に走らせる結果となった。 コロナ対策が埋めた米中の「実力差」 「この4年間にトランプ政権が展開してきた対中戦略(と呼べるようなものがあるとすれば)は、アジア地域におけるアメリカの立場の弱体化につながった」とロウイー国際政策研究所(オーストラリア)のエルベ・ルメイユは言う。 同研究所は先ごろ、「アジアパワーインデックス」最新版を発表した。これはアジア25カ国・地域の実力を、文化的影響力や経済的能力、軍事的能力、回復力や未来に向けた資源、経済関係や国防ネットワーク、外向的影響力という8つの分野別に採点したものだ。 アメリカは1位の座を維持したが総合点は81.6点で、前年比の下落幅は25カ国中で最大だった。2位の中国(76.1点)は横ばいで、両国の差が縮まった格好だ。下落の原因は主に、新型コロナウイルス対策の違いに起因した。コロナ問題の影響は全てカテゴリーに及んだという。 日本(3位)とインド(4位)の順位は変わらなかったが、総合点はそれぞれ下がった。オーストラリア(6位)は、ベトナムと台湾と並んで総合点が上がった3カ国の1つとなった。5位につけたのは中国の緊密な戦略パートナーであるロシアだが、総合点は前年より下がった。 ===== ルメイユによれば、クアッドの連携強化も4カ国の評価(特に防衛ネットワークに関して)の材料にしたという。ちなみにアメリカを除く3カ国の防衛ネットワークのスコアは上昇した。 「オーストラリア、それに私の思うにインドや日本をクアッド強化に走らせた緊急性は非常に大きいものだ」と彼は本誌に語った。「それは中国を脅威として認識しているからに他ならない」 マーク・エスパー米国防長官は先ごろ、シンクタンクの大西洋委員会への発言で、「中国の侵犯行為に対抗する」手段としての地域の同盟国やパートナー諸国への軍事的支援強化を進める姿勢を示した。 米国防総省が新たに掲げた10の目標には、「中国に注力する」ことや「主要な戦争計画の刷新」、「現実に即した合同軍事演習、演習、訓練の計画を立てるとともに、最終的にはドクトリンとなるような現代的な合同戦闘コンセプトを立案する」ことなどが含まれた。 これに対し中国外務省の趙立堅(チャオ・リーチエン)報道官は本誌に対し、駐ワシントン中国大使館を通じて以下のような反応を伝えてきた。 「これまでも言ってきた通り、中国が他の国に盾突いたり取って代わろうと意図したことはない。われわれにとって最大の関心事は国民の生活向上であり、最も大切に思っているのは中国という国の刷新を実現することであり、最も強く望んでいるのは世界の平和と安定だ」 趙は、アメリカが意図的に中国との確執を作り出していると非難し、そしてその戦略は失敗する運命にある、と語った。 「中国を競争相手にしようとするアメリカの試みは、戦略的資源の配分を誤る重大な戦略的誤算だ」と、趙は述べた。「米中両国の相互信頼と協力関係を築く役には立たないし、地域および世界の平和と安定を守る助けにもならない」 対照的に、中国の対米政策は「非常に安定しており、一貫している」と趙は言う。そして、一部のアメリカの政治家に対して、「時代遅れの冷戦時代の思考とゼロサム的なものの考え方を退け、中国や米中関係、中ロ関係を客観的かつ合理的な観点で見るようにしてほしいし、米中関係を連携、協力、安定性を主眼とする正しい軌道に戻すように中国と協力してほしい」と語った。 アメリカ政府は、中国政府に対してかなり遠慮がないやり方をとってきたかもしれないが、趙が「中国国家の再生」とみなす行動に批判を表明する国々はますます増えている。 インドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナムなど東南アジア諸国連合(ASEAN)の国々は、南シナ海全域での中国の行動に抗議している。 米海軍の強化は必要 中国に対抗するために、米軍は紛争地域、特に南シナ海で実施する「航行の自由」作戦の回数を増やしている。国防総省の報道官が本誌に語ったところでは、今年の1月から8月にかけて、「度重なる過剰な海洋権益の主張に挑戦して」アメリカは同地域で7つの作戦を実施した。 紛争の対象となっている島々に関するこのような主張について、報道官は「中国は国際法で認められる権利よりも広い範囲で領海や排他的経済水域、大陸棚の権利を主張しようとしている」と語った。 アメリカ政界にはかねてから、中国がいずれ海上貿易を支配するのではないかと疑心暗鬼になっている人々がいるが、中国の海軍力強化はこうした疑惑を証拠立てる根拠となる。アメリカの海軍の強化を支持する全国的な組織、米国海軍連盟などのグループはこうした懸念を表明している。 「海軍力で世界の強国をめざす中国に対抗する米海軍強化の必要性」と題された海軍連盟の最新の報告書は、そのような未来を警告する。 「中国は過去20年の間に、世界の中核的な海洋産業、すなわち造船業を独占し、大洋を航行する商業船の過半数の所有権、戦略的に重要な貿易経路に位置する主な港における海上ターミナルの所有権または一部所有権を支配するようになった」と、報告書は述べている。 もし戦争が勃発したら、悲惨な結果になる恐れがある、と海軍連盟は警告した。 ===== 「中国は平和な時代には世界貿易に大きな影響を与え、紛争の時代には、世界的な海上物流における圧倒的な優位性を活用できる。それは主としてアメリカの輸入業者の犠牲の上に構築された」と、報告書は述べている。 アメリカが中国の海軍力にさらに重点を置いていることについて、本誌の取材に応じた国家安全保障会議(NSC)は、中国の軍事力に関する国防総省の最新の年次報告書について触れた。 この報告書は、アメリカと中国の軍事力の差は急速に縮まっていることを指摘している。とくに3つの重要なカテゴリー(陸上発射型の従来型弾道ミサイルと巡航ミサイル、統合された防空システム、そして海軍の規模)で、中国はすでにアメリカを上回っている。 中国の急速な軍事力の増強は、2050年までに「世界クラス」の軍隊にするという習のビジョンに沿ったものだ。 トランプ政権は、米海軍を大幅に拡大し、オーストラリア、インド、日本と共有する「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンの実施を支援する戦闘部隊2045計画を考案した。 この理念に対する各国共通の意気込みを示すために、11月に行われる海上合同軍事演習「マラバール」に初めて4カ国の海軍がそろって参加することになった。 成熟した準軍事同盟 ディーキン大学のチョンシン・パンは、このような行動はここ数年のクアッドの進化を示し、中国にとっては、それが明確なシグナルとなった、と述べた。 「クアッドは長年にわたって『成熟』し、海上にほぼ焦点を当てた中国に対する軍事準同盟として設計されたものであったことがはっきりしてきたといえるだろう」と、パンは本誌に語った。 「成熟というのは、閣僚レベルで話し合いが行われ、海上の軍事封じ込め(例えば、マラバール海軍演習)をより重視していること、そして意図的に中国を標的としていることをより明確にしている、といった点だ」と彼は言った。 しかし、ほとんどのパートナー国は、中国を標的としていることを認めていない。 「日・豪・印・米の枠組みは、「自由で開かれたインド太平洋:」の促進、質の高いインフラ、海上安全保障、テロ対策などの共通の課題に対処するための具体的な協力を促進するための幅広い議論を行うフォーラムだ」と、日本の外務省は本誌に文書で答えた。「したがって、それは特定の国に焦点を当ててはいない」 「様々な懸念事項」にもかかわらず、この文書では、日本と中国の関係を「日本にとって最も重要な二国間関係の一つ」と表現した。 したがって、この地域における中国の役割は、単に南シナ海のような競争地域に軍隊を派遣し作戦行動を展開することだけではない、とパンは語った。最終的には、オーストラリア、インド、日本をはじめ各国は、中国との関係を個別に交渉しなければならない。 ===== 「地域の国々は、これまでのようにその国独自のやり方で、ややこしい中国の挑戦に対処していくことになるだろう。それは常にアメリカの利益と一致するとは限らない」と、パンは言う。「アメリカの国益でさえ、完全に反中という基準で定義できるわけではない」 新型コロナウイルスや気候変動、経済や人種の不平等といった世界的な問題に直面して、アメリカのリーダーシップへの疑問が高まっている。パンに言わせれば、今こそ、アメリカや中国のような大国は、アジアと世界のために持続可能で協力的な未来を構築するために、戦争を挑発した過去の時代を切り捨てるまたとないチャンスだ。 「世界的な問題だけを考えても、この2つの超大国には違いよりも共通点のほうが多い」と、パンは本誌に語った。「いずれにせよ、これらの問題は、昔ながらの軍事同盟の政治では解決できない」