<トランプ政権の岩盤支持層はキリスト教の保守派だが、その白人信者の間に深刻な亀裂が生じている。大統領選の鍵を握る福音派内部では何が起きているのか> 間近に迫るアメリカ大統領選、その行方を左右するキーワードの1つが「2%」だ。ある試算によれば、4年前の選挙でドナルド・トランプを圧倒的に支持したキリスト教福音派のうち2%が、もしも心変わりして民主党候補ジョー・バイデンに一票を投ずれば、トランプに勝ち目はない。 もちろん机上の計算だが、4年前のトランプが激戦州ペンシルベニアを制したときの票差は、わずか4万4000票。福音派の白人有権者が鍵を握ったとされる(当時、トランプは全国平均で福音派白人有権者の81%の支持を得ていたとされ、今夏の調査でも83%だった)。 福音派──。それはキリスト教で最も保守的な、つまり聖書の教えを(少なくとも建前としては)文字どおりに信ずる会派の総称だ。アメリカでは「南部バプテスト連盟」などが含まれる。政治的には共和党の牙城だが、この4年間で内部に亀裂が生じ、社会の現実に目を向ける人が増えており、福音派の本流からは皮肉を込めて「お目覚め」派と呼ばれている。 フィル・ビッシャーはその1人。『野菜人の話』と題する子供向けの人気アニメを制作した人物だ。擬人化されたブドウやアスパラガスを通じて聖書の教えを説く物語だが、去る6月、ビッシャー自身が登場する動画をYouTubeに投稿し人種問題について語り掛けた。例えば黒人世帯の資産は白人世帯の1割に満たないというアメリカの現実。軍隊並みに武装した警官の話もあり、黒人=犯罪者と決め付けたがる一部メディアや、無自覚に白人生徒をえこひいきする教師を批判してもいた。 彼は「お目覚め」派の代表格で、リベラル派の主張に賛同するだけでなく、トランプの再選阻止も目標の1つに掲げている。彼の動画は再生回数が既に800万を超え、しかも視聴者の反応の9割方は好意的だという。 BLMを支持する一派 「お目覚め」派も保守的なキリスト教徒だが、その多くは在来の宗教右派と一線を画している。宗教右派は概して人工妊娠中絶や同性婚などの進歩的主張に反対し、女性に対する男性の、有色人種に対する白人の優越を信じている。だが「お目覚め」派は違う。ビッシャーも「宗教右派の歴史には人種差別が見え隠れしている」と指摘する。 激戦州ペンシルベニアの主要都市フィラデルフィアでエピファニー・フェローシップ教会を率いるエリック・メーソン牧師も、信者に人種差別や社会的不正との戦いを呼び掛け、「お行儀のよい無難な話で済ませず、世直しをしてキリストの再来に備えるべきだ」と説いている。 ===== しかし福音派の主流から見れば、こうした主張は女性の権利や同性婚、さらには昨今のBLM(ブラック・ライブズ・マター=黒人の命は大事)運動などに肩入れするものと映る。もちろん、かつて奴隷制の廃止を唱えた人々の多くは敬虔なキリスト教徒の白人だった。だから福音派の主流も、BLMの掲げる理想には反対しない。しかしBLM運動の背後にいる活動家はマルクス主義者で、アメリカ社会を人種差別的と決め付けていると非難する。 「お目覚め」派に党派色鮮明な人がいるのは事実だ。例えば「トランプ主義と政治的に極端な思想に反対するキリスト教徒」を名乗る人たち。彼らは「キリスト教社会におけるダークで分断的な声」に反対し、「首都ワシントンに巣くう悪魔に甘い」一部の聖職者を厳しく糾弾する署名を集めている(賛同者には元共和党議員の名も見える)。 当然のことながら、福音派の本流はこうした動きに警戒を強めている。例えばラジオ番組『恵みをあなたに』で有名なフィル・ジョンソン牧師は、1960年代の公民権運動を通じて「社会正義に目覚めた一派」が教会に入り込んだと主張し、今では「彼らの言う社会正義に反論するだけで、差別的だとかヘイト発言だとかのレッテルを貼られてしまう」と嘆く。 毎月100万人の信者が訪れるウェブサイトを運営する説教師JD・ホールも、「この国で最大の会派」である福音派を真っ二つに切り裂こうとする「お目覚め派のエリート」に警鐘を鳴らす。 福音派の最大組織で教会数5万、信者数1500万を誇る「南部バプテスト連盟」でも、一部の指導者はBLMに連帯し、奴隷制の過去を想起させる「南部」の語を団体名から外そうとしている。福音派系の大学にも、白人警官の暴行で死亡したジョージ・フロイドの名を冠した奨学金を設ける動きがある。 アリゾナ・クリスチャン大学の文化研究センターが9月22日に発表した調査結果によると、18~36歳のアメリカ人で聖書の世界観を文字どおりに受け入れる人は2%にすぎない。今はキリスト教徒の価値観も変わり、最新のトレンド(今ならBLMへの連帯)を受け入れるようになっているからだ。 「クリスチャニティー・トゥデー」は福音派に人気の雑誌だが、昨年、トランプに辞任を求める記事を掲載したら購読者が急増した。今年6月には同社会長のティモシー・ダルリンプルが「今こそ教会は人種的な罪を償え」と呼び掛ける論説を掲げた。 この論説は進歩派から高く評価されたが、もちろん保守派には受けなかった。その1人で元インディアナ州下院議員のドン・ボーイズは、それを「典型的な左翼のプロパガンダ」とこき下ろした。 福音派でも若者に人気があり、反トランプ色の濃い「レレバント」誌の創刊者キャメロン・ストラングも、1年前にスタッフから「社会的弱者への無神経さ」を批判され、現場を離れた。その際にストラングは、「私の有害さと無神経さを申し訳なく思う」と謝罪している。 キリスト教系の刊行物では左派と目される「ソジャーナーズ」誌でも似たようなことが起きた。同誌の編集長を何十年も務めたジム・ウォリスは民主党オバマ政権に協力し、誌面でも気候変動や移民問題、対テロ戦争などでリベラルな意見を表明してきた男だが、この8月には編集長を辞している。どうやら編集部内で「目覚め」が足りないと批判されたらしい。 ===== 打倒トランプを掲げる福音派の「お目覚め」派を味方に付ければ大きな強みに KEVIN LAMARQUE-REUTERS それでも前出のJD・ホールに言わせると、ウォリスが「お目覚め派なのは10年前から分かって」いた。むしろ今の問題は「以前なら彼に同調するはずのなかった聖職者まで彼に追随していることだ」という。 ホールは、2年前にマイク・ペンス副大統領が南部バプテスト連盟で講演したときのことを振り返り、「お目覚め派の連中はペンスに背を向け、政治家の講演を禁止する決議を通そうとした」と語る。「宗教に政治を持ち込むなという話だったが、今は彼らがBLMや左翼的な思想を押し付けている」 今や「右翼」の代名詞に 福音派内部の左旋回に対抗すべく、ホールらも活発に動きだした。「マルクス主義に立ち向かえ」とか「大いなる目覚めを」といったスローガンを掲げた数百人規模の集会を何度も開いている。 それでもホールは、自分たちへの逆風を強く感じざるを得ない。現に南部バプテスト連盟を脱退する教会が続出しているからだ。「この戦いはひどく一方的で、こちらはお目覚め派の連中からやられるばかり。もしもトランプが(今度の選挙で)福音派の票を2%でも失えば、おしまいだ」とホールは嘆く。 南部バプテスト連盟のJ・D・グリーア会長は本誌の取材に応じなかったが、今年6月、BLMの考えは支持すると表明する一方で、「BLM運動は一部の政治屋に乗っ取られている。彼らの世界観も政策提言も私の考え方とは相いれない」と述べている。 BLM運動に反発する保守的な黒人牧師のグループもある。例えば「保守的な有色聖職者」を名乗る人たち。彼らが掲げるのは「オール・ライブズ・マター=誰の命も大事」」のスローガンだ。彼らが用意したパンフレットには、BLMをリベラルなメディアやマルクス主義に結び付ける主張が並んでいる。 「左翼の思想家が公民権運動を乗っ取り、黒人や有色人種の痛みを邪悪な政治の道具にしている」と言うのは、「保守的な有色聖職者」の一員であるフランシスコ・ベガだ。彼に言わせると、かつてアメリカ社会で主流だった福音派が、今では「右翼」や「差別などの問題意識が低い人」の代名詞と化している。 そのため、1970年創立の団体「社会活動のための福音主義者」も今年9月に「福音」の名を削り、「社会活動のためのキリスト教徒」に改名した。創立者のロン・サイダーは改名の理由について、「今や福音派はキリストの教えや聖書の福音を守る活動をする人ではなく、親トランプの政治活動家というイメージが広まっている」からだと説明している。 ただし、改名して「お目覚め派」に寝返ったのではないと、同団体の幹部ニッキ・トヤマ・セトは本誌に語った。「私たちは信仰に基づき、社会で最も弱い立場にある人々を常に気に掛けてきた。その活動がたまたま社会問題に重なることもあるが、それ以外の活動もたくさんある」 彼女によれば、同団体は当初から人種や男女同権など、進歩派と目されやすい問題に取り組んできた。「当時は社会正義の問題に携わることも異端とされていたが、私たちは信仰に基づく当然の活動と考えてきた」と彼女は言う。 ===== 一方、『社会的正義が教会へ──現代アメリカ福音主義の新たな左派』の著者ジョン・ハリスは、多くのキリスト教系刊行物が今は大きく左傾化していると指摘する。 2年前には複数のキリスト教指導者が「社会的正義と福音に関する声明」を発表。彼らは「世俗文化の価値観が人種、民族、女らしさや男らしさ、人間の性の分野において聖書の言葉の力を弱めていることを大いに懸念」すると述べ、「越えてはならない一線を明確に」しようとした。 信仰の力が問われる時 しかし流れは変わらない。南部バプテスト連盟の熱心な信者S・トルエット・キャシーの創業した大手ファストフード店「チックフィレイ」でさえ、今は現経営者ダン・キャシーからのメッセージという形で、白人至上主義との論戦に加わっている。 「この国では制度的な不平等や偏見について話すと批判を集めることになる」とキャシーは嘆き、「この国の民主的資本主義はごく一部の裕福な家族や個人、企業だけに恩恵をもたらし、今やアメリカン・ドリームは彼らとその子孫だけのものになってしまった」と指摘している。その上で彼は、私たちは今こそ「意識して困難な議論をすべきだ」と主張する。 皆が「間違いを恐れて議論を避ける」というキャシーの指摘は正しいかもしれない。 キリスト教系世論調査会社バルナグループの報告(9月15日付)によれば、白人キリスト教徒は1年前に比べ、人種間の不平等の問題に取り組む意欲が弱くなっている。「意欲がない」人の割合は昨年の23%から36%に増えた(非キリスト教徒を含むアメリカ人の成人全体でも昨年の20%から28%に増加)。 バルナ自体が「お目覚め」派になったという指摘もある。同社は最近、キリスト教徒に人種について議論させるためのさまざまなツールを導入した。また近く「人種間の正義統一センター」と共同で「多様性を超えて」と題する報告も発表する予定だ。 「白人キリスト教徒に、黒人キリスト教徒の体験を理解してもらいたい。アメリカにおける黒人教会の力について、私たちはもっときちんと説明すべきだと思う」。バルナのデービッド・キンナマン社長は本誌にそう語った。大統領選と新型コロナウイルスで揺れる時期だからこそ「信仰の力」が問われる、とも。 そのとおり。トランプの運命も信仰の力で決まる。 <2020年11月3日号掲載> ===== 「キリスト教徒の投票」について語るフィル・ビッシャー