<軍事政権を掌握するプラユット首相の退陣など民主化を求めるデモ隊は新たな段階に突入して......> 民主化要求を掲げた学生らを中心にしたデモ集会が連日続くタイのバンコクで10月26日、デモ隊の一部がドイツ大使館に向かった。 デモ隊が「プラユット首相退陣、国会解散、憲法改正」と同時に要求として掲げている「王政改革」で現ワチラロンコン国王が長期滞在を続けているのがドイツであることからドイツ大使宛の要望書を直接手渡すことが目的のデモ行進となった。 ドイツの協力が「王政改革」に不可欠 学生らを中心とした若者のデモ隊は、26日午後5時過ぎからバンコク市内中心部からドイツ大使館に向い、警察官が厳重に固める大使館前で職員に要望書を直接手渡した。 要望書は1年の大半をドイツに滞在しているワチラロンコン国王(67)がドイツでタイの国事行為をしているかどうかを確認するために「国王のドイツ出入国記録の開示」を求めているという。 地元メディアによると応対したドイツ大使館員は「デモ隊の声を真摯に聞く」と答えたとしており、デモ隊代表は「ドイツ政府がタイ市民の要望に応えることを望みたい」と期待を示したという。 デモ隊が要求している「王室改革」ではドイツ滞在中にタイの国事行為をワチラロンコン国王が行っていたことが判明すれば問題であり、「憲法改正による王室の有り方検討、改革」の正当性を訴えることができる、としてドイツ政府の協力が不可欠との立場から要望書を提出、協力要請となった。 「BNK48」も批判浴びて謝罪に 一方、デモ参加者や学生がドイツ大使館に向かう際、「ナチスの標章である鉤十字(ハーケンクロイツ)やヒトラーの肖像、ヒトラーのヒゲを模したものなどナチスに関連するTシャツや写真、イラストなどを掲げないように」との呼びかけがネットを通じて行われたという。 タイでは、第二次世界大戦で欧州戦線とはあまり関わりがなく、ナチスによるユダヤ人大量虐殺などの歴史的出来事への関心も薄かったため、過去にナチスドイツやヒトラーに関して国際社会やイスラエルの批判を浴びるトラブルが発生した経緯がある。 2013年、名門チュラロンコン大学の学生がイベントで片腕を挙げるナチス式敬礼をしたことが問題視されたほか、2016年には別の大学のイベントでヒトラーを模した服装で参加した学生が謝罪に追い込まれている。 また2019年にはアイドルグループ「BNK48」のメンバー1人がナチスの鉤十字がプリントされた衣装でテレビ番組に出演。在タイのイスラエル大使館から抗議を受けて謝罪に追い込まれている。 このときは当該メンバーが「歴史への無知が原因でした、許してください」とイスラエル大使に謝罪したとされている。 こうした過去のナチスに関わる悪しき事例は悪意や特定の政治的意図に基づくというより、「無知や誤解に基づく単なるファッションとしての利用」が大半とされている。 タイをはじめとする東南アジアでは、現在もナチスの標章が描かれたワッペンやヒトラーに酷似した人物がビーチで寛ぐイラストのTシャツなどが販売されており、イスラエルや欧米各国、日本ほど嫌悪感や問題意識は高くないのが実情だ。 ===== こうした事情があるとはいえ、今回の民主化要求デモには国際社会が注目しているだけに、ドイツやイスラエルなど関係国から反響を危惧するデモ参加者らが、ドイツ大使館へのデモ行進に先立ってツイッターなどを通じてナチスやヒットラーに関連した行為の禁止を呼びかけ、「もしそういう行為や服装などを見かけたら即座に中止するように注意してほしい」と訴えた。 これはこれまでのデモ、集会でも極力警戒に当たる警察などの治安部隊との衝突を避けるために「過激な行動を慎む」「タイ王室への侮辱に当たる言動には注意する」「警察部隊には無駄な抵抗はしない」などとデモ主催者や学生代表が呼びかけていることと同じ「あくまで平和的手段での民主化要求」を目指す狙いと同じ発想といえる。 こうした徹底した「トラブル回避」は今回の一連のデモ、集会でも治安部隊と間で大きな衝突や流血の惨事の発生を防いでいる一因との見方が有力となっている。 民主化要求デモは新たな段階に突入 こうした学生主導による今回のデモ、集会はその戦術だけでなく、「王政改革」を要求の大きな柱に掲げていることが過去の民主化要求運動と異なる大きな特徴となっている。 デモ隊が求める「憲法改正問題」などを協議するためプラユット政権は26日から臨時議会を招集している。しかし「プラユット首相の辞任要求」に対してはすでにプラユット首相自身が「辞める理由がない」と完全拒否の姿勢をみせており、打開策も落としどころも現段階では全く見通せない状況が続いている。 こうしたなか、26日にデモ隊がドイツ大使館に要望書を直接手渡す行動に出たことは、今回の民主化要求デモが国際社会にも支持を訴える新たな段階に入ったことを示す事例として注目されている。 ドイツ政府も10月8日にマース外相が「タイの国事行為がドイツ本土で行われるべきではないと考える」と発言したことをロイター通信が報道。タイ国王でありながらドイツのバイエルンにある4つ星ホテルを全館貸し切り、王室スタッフや「愛人」とされる多数の女性と1年の大半を過ごしているワチラロンコン国王へのドイツ国内での批判も高まっている。 マース独外相はデモ隊が要望書を提出した26日に「ドイツ政府はタイ国王の行動を注視している。もし違法行為とみなされることがあれば重大な結果をもたらすだろう」と警告したとロイター通信は伝えた。 こうした一連の動きは「王室改革」がタイ国内だけでなく国際社会をも巻き込んだ政治問題になろうとしていることの表れといえ国王自身、そしてタイ政府が今後どういう対応を見せるかが次の焦点となってきている。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など ===== ドイツでもタイ国王への抗議運動 アルプスを一望にする南ドイツのホテルに10月上旬までいたタイのワチラロンコン国王。現地ではドイツ人の人権活動家らによる抗議運動が起きていた。 BR24/ YouTube