<若者たちの抗議に対して義憤に駆られた野党議員がまさかの行動に──> 学生ら若者を中心に続くタイ・バンコクの反政府デモは連日、警察の警戒をかいくぐるように各所で行われている。これまでのところ治安当局との大きな衝突や流血の惨事は起きていないが、連日の大規模デモに治安当局は放水や催涙ガスなどで対応している。ただ一向に沈静化しないデモにプラユット政権は疲労と焦燥を強めている。 そんななか、10月27日に開会中の国会本会議の議場で野党議員の一人が突然自分の腕を刃物で切る自傷行為を行い、学生デモへの同情と当局による暴力行為の中止を訴えるという異常事態が起きた。 当時国会ではデモ隊が求めている「プラユット首相の退陣」「憲法改正」「国会解散」「王室改革」などのうち「憲法改正」を協議するとして、26日から臨時招集された議員による協議が続いていた。 腕を3回自傷して抗議、野党議員 27日の協議で演説を始めた野党「タイ貢献党」所属のウィサルン・テチャティラワット議員(64歳、チェンライ選出)は、突然左腕のワイシャツをまくり上げ、取り出した刃物で切り付け始めた。 ウィサルン議員は切り付けながら「もうデモの学生たちをこれ以上傷つけないでほしい。この私の行為を最後の苦痛とするべきだ」とプラユット首相への抗議の声を上げた。ただ当時議場にプラユット首相の姿はなかったという。 この自傷行為で議場は騒然とし、チュアン国会議長は思わずウィサルン議員の自傷行為から目をそらす様子が映像に残されていた。 その後病院で手当てを受けたウィサルン議員の傷は浅く、9針縫ったものの深刻な状況にないことが分かった。 病院で治療を受けたウィサルン議員は、地元メディアに対して「国会議長、他の議員の皆さんに混乱と騒ぎを起こしたことについて申し訳ないと思う」と謝罪した。 国会議場に刃物が持ち込まれたことへの疑問も出ているが、ウィサルン議員によると使った刃物は議場に到着した後に議会関係者から借用したものであると説明した。 ウィサルン議員は1986年から国会議員を務めるベテラン議員でタクシン元首相派の野党「タイ貢献党」に所属している。タクシン元首相は現在海外滞在中だが、東北部などの農村地帯では依然として高い支持を維持しており、今回続く反政府、反プラユット首相の学生運動に資金提供などで関与が噂されているものの、確認されていない。 異例の行為に賛否両論 今回の野党議員による学生デモへの同情の自傷行為は各方面に賛否両論を巻き起こしている。最大与党の「国民国家の力党」の議員はウィサルン議員の自傷行為を「まるでメロドラマのようだ」と批判したうえで「タイ国会のイメージを著しく損なった行為であり、議場に武器であるナイフを持ち込んだことは厳しく問われるべきことである」と厳しい姿勢を示した。 ===== これに対しツイッター上では「自分以外誰も傷つけていない行為に敬意を示す」「政府の圧制、今起きている問題を解決しようとしない政府への抗議であり、人々の闘いへの支持である」などとウィサルン議員の行為への称賛の声が相次いでいるという。 出口の見えない反政府運動への対処 プラユット首相は連日続く市民を巻き込んだ学生による大規模デモへの対処に苦慮している。10月15日に「5人以上の集会禁止」などを内容とする「非常事態宣言」を行ったものの、デモ隊側はこれを完全に無視。デモを継続したため22日に解除に追い込まれている。 このためプラユット首相は26日から臨時議会を招集して学生が求める要求の一つである「憲法改正」について前向きの議論を進めることを表明、協議が続いている。 プラユット首相は憲法改正のための「国民投票を実施する用意がある」ことまで表明しているが、デモ隊が求める「首相の辞任」は拒否し「王室改革」には否定的姿勢に終始している。 こうしたなか、ワチラロンコン国王が1年の大半滞在しているドイツでも政府が「もしドイツ国内で国王が国事行為をしていたら、それは問題だ」との認識を示すなど、「王室改革」は国際問題にも発展しようとしている。 バンコクでは国王支持派によるデモも起きており、反政府デモ隊との間で小競り合いも起きている。 今回の反政府デモに対し「憲法改正」で事態を打開しようとするプラユット政権側と、あくまで「プラユット首相辞任」と「王室改革」、さらに「議会解散」を求める反政府デモ側による攻防だが出口や落としどころが全く見えない状況が続いておりさらに混迷を深めようとしている。 [執筆者] 大塚智彦(ジャーナリスト) PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など ===== 義憤に駆られた議員が流血の抗議 タクシン元首相派の野党「タイ貢献党」所属のウィサルン議員がとった行動は......(問題のシーンは50秒ごろから) The Reporters / Facebook